12. お酒とミルクと貸しと借り
日が落ちて街の通りに酔客が多くなった頃、露店のおっちゃんは戻ってきた。
少なくとも警備兵たちはいなかった辺り、おっちゃんの事は信用していいようだ。
「ついてきな」
そういうおっちゃんの後を、俺たち三人は歩いていく。メディナたちはマントを被り、俺は俺で背負う剣はマントの内側。警備兵に見つからなければいいのだが。
人込みを掻き分け通りを歩き、いくつかの路地に入り込んでいく。
それを繰り返していくと人気も街灯も殆どない、うらびれた路地へとたどり着いた。
路上に座り込んでいる人、転がる酒瓶、壊れた樽、壁にかかった汚物の跡。変な臭いも漂ってくる。
「神都にもこういう場所があるんですね」
「まぁな。ヒトが生きていれば、上手くいく奴いかない奴、浮かんでいく奴沈んでいく奴色々あらぁな」
「人族も魔族も、それは変わらぬか」
人々の信仰を集める大聖堂や美しい街並みの神都の裏側って奴か。
そんな路地に入ってしばらくして、一軒の民家の前でおっちゃんは止まった。窓から少し明かりが漏れている。
「着いたぜ」
おっちゃんに促されて、俺を先頭に扉を潜る。
民家かと思いきや、そこは酒場だった。看板もなかったし、つまり『そういう』店らしい。さほど広くない室内にいくつかのテーブルと、奥にカウンター。
テーブルに数人、ガラの悪そうな男たちが酒を飲んでいた。カウンターには客が一人。こちらに背を向けているので顔は見えないが……髪型と体つきからして女のようだ。
頬に傷のある、グラスを磨いていたマスターが俺たちを見た。
「あんたらがクルッツの言ってた、外に出たい客人かい」
「そうだ」
最後に入ってきたおっちゃんーークルッツが答える。
マスターは俺たち一人ひとりをじっくりと見る。
「ふん、二人は魔族か。じゃあ、お前だな」
マスターが俺を指さした。
「俺はクルッツに借りがある。だからお前だけだーー他の二人はきちんと料金を払ってもらおうか。一人頭金貨で十枚」
「なっ!?」
俺が驚いた顔を見せると、クルッツが俺を手で制した。
「おいおい、随分と阿漕な事をいうじゃねぇか」
「そうか? だが借りは一つ、だからそこの男はロハでいい。他の二人は金を取る。筋は通っているだろう」
「なるほどのう。確かにその通りじゃな」
そこでメディナが前に出た。目深に被っていたマントのフードを脱ぐと、露わになる白い肌に黒髪、尖った耳。
成り行きを面白そうに見守っていた酔客たちが俄かにざわめいた。
つかつかとカウンターに歩み寄ると、
「……んっ、く、この……ふぬっ」
背の高い
ラデさんに手伝って貰って座ったメディナは、
「おや。客が席に着いたというのに、注文も取らぬのか?」
挑発的な口ぶりでマスターに話しかける。
仕方なくマスターが問いかけた。
「ミルクでいいかい、お嬢ちゃん?」
クスクスと嘲りを含む笑い声。
「そこのメイドさんに酌をさせてくれるんだったら、俺がお嬢ちゃんのミルク代を出してあげるぜ~! ……いえ、何でもありません」
調子に乗って下品な要求をしてきた男にはラデさんの氷点下の視線が向けられる。
「全く、魔族に向かってお嬢ちゃん呼ばわりか。確かに長寿な魔族の中では妾は若造扱いじゃが、それでもここにいる誰よりも歳をとっているはずじゃがな」
「え、そうなの?」
俺がラデさんを見ると、彼女はこくりと頷いて囁く。
「魔族は先天的に強い魔力を持つ方程、歳を取りにくいのです。なので私たちは見た目通りの歳関係ではなく、お嬢様の方が何歳かですが年上なのです」
そう教えてくれた。
そうなのか。となると、ラデさんとメディナは一体何歳なのだろうか……いえ、考えてません。レディの年齢がいくつかなんて考えてませんからその冷たい視線はやめてくださいラデさん凍えてしまいます。
「しかしせっかくマスターが勧めてくれたのじゃ、ならばミルクを頂こうか。
「ふん。生意気なお嬢ちゃ……お姉さん……えー、お嬢さんだ」
ウイスキーグラスに入ったカウボーイがメディナの前に置かれる。
「ふふん。いただこう」
不敵に笑ったメディナがグラスを一口煽る。
そして、
「……きゅう」
顔を真っ赤にして突っ伏した。
「おま、そんな酒に弱いくせになんで不敵な顔でカウボーイなんて頼んでんだ!?」
「ふぇへぇ……? アレッククク、おひー、よ、よつごひゃったら? ふわー……」
ダメだ。
完全にトンじまってる。
『カウボーイ』はウイスキーをミルクで割ったカクテルだ。
砂糖も入っているので口当たりは甘くて柔らかくて飲みやすいが、それでもウイスキーのカクテルだ。アルコール度数は結構高い。
それにしたって一口で潰れるメディナは弱すぎだけどな!
「お嬢様!? お嬢様ァ!? そんな……お、お嬢様ぁぁあぁぁぁ!!」
動かなくなったメディナを揺さぶるラデさんの慟哭がバーの中に響き渡る。
うん、メディナ死んでない。酔い潰れただけなんだわ。
「ーーくッ!」
メディナを介抱しながらラデさんがマスターを睨んだ。
「いや今のやり取りで俺が『よくも!』みたいに睨まれるの理不尽過ぎない? だよな。だよね!?」
マスターが辺りの客に助けを求めた。
「いやでもさぁ」「弱い者いじめみたいでカッコワリーしさぁ」「め、メイドさん敵に回すのコエーしよぅ」「な、なんだろうあの目……向けられるとゾクゾクする。ゾクゾクしたい……もっと俺を、に、に、睨んで欲しい……! あっあっ」
「おまえらッ! 全員今すぐ耳揃えてツケ支払いやがれ!」
ざわめていた客たちが揃ってそっぽを向いた。
マスター、孤立無援。
あと最後のはラデさんにお酌を要求した奴だ。なんか新しい世界への扉が開きかけてないかい? 大丈夫? え、手遅れ? そうですか、はい。
さておき。
「ええと話題を元に戻すけどさ。外に出してもらえるの、一人だけ?」
「お、おう。あとの二人は金を頂くぜ」
「ふーん。ところでおっちゃん。おっちゃんのマスターに対する貸しって何なのさ?」
普通に考えると、警備兵に追われている奴を不正規な手段でどうにか街の外に連れ出すって結構アレな話なんだけど、一人分とは言えそれをタダでやってくれるって相当デカい貸しだよな。
スツールに座って尋ねると、クルッツのおっちゃんが答えた。
「こいつの嫁さんなんだが、俺が紹介した」
「ほう」
「……コイツは俺の奢りだ」
俺とクルッツのおっちゃんの前に酒の入ったグラスが置かれる。
「あと、こいつが娼館通いにハマッた時、嫁さんに事情を誤魔化してやった」
「ほほう」
「おっと今日の俺は寛大だからな。もう一人、ロハで外に連れて行ってやらなくも無いかなァ! あとお腹減ってない? なんか摘まむモン出そうか? 鴨肉のハムがあるぜ。ワインとチーズと合わせるとこれまた絶品でな」
更におっちゃんが続ける。
「んで、ハマッた娼婦に金を貢いだ挙句に捨てられて文無しになった所で嫁さんにバレそうになったのを、金を貸して助けてやった」
「それはそれは」
「他にもアレとコレとソレも――ああ、あれもだ」
クルッツのおっちゃんが指折り数える。
貸し一つどころじゃねーぢゃん。
「三人と言わずに百人でも街の外に連れてったらァ! あとおめぇら市場行って最高級の肉と魚を買ってこい、俺は今すぐこの方々をコース料理で持て成さなきゃなんねぇからな!?」
「ぶぅーぶぅー!」「こんな夜中に市場なんて開いてねーよ」「横暴だ! 職権乱用反対!」「はんたーい!!」「ああ、もっと睨んでくれ……!」
「うるせぇ黙れツケ払え! ……ちょっとお待ちくださいねクルッツさんとお連れの皆様、腕によりをかけますんで」
「ちょっと待つってどれくらい?」
「ええと、ダブルコンソメ仕込むんで……明後日まで」
「急いでるんだっつーにそんなに待てるかぁ!!」
全く。
俺は叫ぶと喉の渇きを覚えたので、目の前のグラスを掴んで一気に煽った。
…………って水じゃねぇか!!
「あっ、普通に間違えた」
ちくしょうメェェェェ!!
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