第31話 治療院にて

「俺はおまえのことを信用してないからな!」

「そうかい。じゃあそっちの患者の手当からよろしく頼む」

「聞けよ!」

 そう怒鳴りつつも、レンは花子が示した怪我をした男性のもとへとずかずか進んでいった。

 根が真面目なのだろう。

 薬の調合を終えた花子は、レンとともに診察を行っていた。

 治療院には少ないが入院患者と外来の患者がいる。大抵の病や怪我は花子の治癒術で治療可能だが、生まれついての体質による体調不良や治療自体は終わっても体力や魔力の消耗が激しい者は入院してもらっているのだ。

 また、花子のような治癒術師がいなくても治療システムが回るようにと治癒術を使うほどでもない軽傷に関しては薬を処方したり手当をしたりという対処を第一選択として行っていた。

(案外あっさり受け入れられたな)

 花子の指導通りに手当を行うスタッフ達を見て腕を組む。

 元々治癒術師による治療をメインに据えていたリジェル王国での治療院ではこの手法はなかなか受け入れてもらえず、患者やスタッフの中には怒り出す人もいた。貴重な治癒術師を常に確保できるわけではないことや、治癒術師にも休息が必要なことなども説明を行ったが手作業で行う物理的な手当や薬は手抜きで価値が低いと考える人間が多かったのだ。それも苦情のたびに花子が出張って治療優先度の高い患者から対処を行うことを説明し、はねのけることでここ数年は落ち着いていたが、落ち着くまでにそれなりの労力と年数を要した。

 それに対してこのエリスフィアでは手当に対して不満を訴える人間は少ない。おそらく治癒術師そのものがほぼいない土地柄ゆえなのだろう。もともと治癒術に頼る慣習もなく民間療法に頼っていたがゆえに尋ねればすぐに治療を行ってくれる治療院に対して不満を覚える人は少ないようだ。

(想定よりもうまく回りそうだ)

 レンの様子をちらりと見る。彼の技術は確かだ。いくつか知識や技術のすりあわせは行ったものの、怪我に対する治療に関しては彼のほうが優れているだろう。なにせ傷口の縫合まで彼は行えるのだ。聞いた話では彼の祖父が元々そういった戦場医のような立場にいた人らしく、経験則と実践により編み出された治療技術を受け継いでいるらしい。レスターも一部知識はあるようだが、彼よりもレンのほうが手先が器用だったらしく、縫合などの一部技術に関してはレンにしか引き継がれていないようだ。

(あと数人ほしいな)

 手先が器用そうな人間を集めて講習会でもやらせようか、と花子はレンのことを見つめながらにやにやともくろんだ。

 と、その瞬間、肩を震わせてレンがすごい勢いで振り返った。そしてその首筋にたった鳥肌を押さえるように手でさする。

「おまえ、今なんかろくでもないこと考えただろ!」

 どうやら感が良いようである。

 花子は肩をすくめると「まさか」と答えた。

「わたしは常に公明正大なことしか考えていない。どこに出しても恥ずかしくない立派な思考をしている」

「嘘だっ!」

「もちろん、嘘だ」

「はぁっ!?」

 声をあげるレンに花子はにこにこと微笑む。

「思考をつまびらかにできる人間などそうそういるものか。本当は恥ずかしくて人に見せられないようなことばかり考えている」

「た、たとえば……?」

「例えば? そうだな……」

 少し考えるそぶりをしてからにたり、と花子は不気味に笑ってみせた。

「本当に知りたいのか?」

「えっ」

「知ってしまったらもう戻れないぞ」

「そ、そんなことっ! 脅しのつもりかっ!」

「言うぞ、いいんだな」

 真剣な目で花子はレンのことを見つめる。彼はごくり、と唾をひとつ飲み込んだ。

 その耳元に唇をよせ、花子はささやく。

「猫の胴体は思っているよりも長く伸びる」

「……は?」

 ぽかん、と口を開くレンに、花子は唇をつり上げて微笑んだ。

「それを今考えていた」

「…………っ!! ばっ、馬鹿にしやがって……っ!!」

「さて、じゃあ入院患者さんでもわたしは見に行くかな」

 くるりときびすを返して花子は歩きだそうとして、ふと思い立ったように振り返った。

 ぐるりと首を曲げて振り返る花子にレンはびくりと肩を揺らす。

「よければきみも一緒に来るかい?」

「……いっ、いってやらぁっ!」

 元気いっぱいに拳を突き上げるレンのことをともなって、花子は入院病棟へとゆっくり歩き出した。

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