8 天才は今
「はぁー」
わざとらしく大きな溜息を吐きながらベッドに飛び込む。寝不足な体に衝撃が伝わり少し痛い。
「
先輩と出会って数ヶ月。先輩のことも、同じバンドメンバーである二人のことも分かってきた頃ではある。
私の使命は曲を完成させ、ギターを弾くこと。ただ、その使命が果たせない。
先輩の理想、つまり
私は音楽の才能がある人間だ。先輩の好きな音楽は分かる。
でも、こんな曲はそんな汚い感情を向けた時点で終わると思う。それは、この曲を傷つけ、殺すようなもの。軽音部のあいつらと同等になってしまうのだ。
「分かってるはずなんだけどな……」
あの人は妹が全ての人間なのだろう。あんな小さな女子に自分の全てを託しているのは少し怖い気もするが、歌の全てから内樹糸透を感じてしまうんだ。
この考察は絶対当たっている。でも、何が足りない。足りない所を聞いたら先輩がわざわざ隠していることを無理矢理こじ開けてしまう。
そんな傷つくようなことは許せない。
あと気づいたことはもう一つある。他の曲と蜘蛛の羽は少し雰囲気が違うことだ。歌詞も他の曲とは違い手探りというか悩みながらも、一生懸命誰かに届くよう書いたということが伝わる。
「ラブソングはどうなんだろう……」
ラブソングは、先輩が絶対聴くなと釘を刺した歌だ。
でも、
先輩が最後の曲を聴いた時、あまりにもショック過ぎて自分を納得させるために考えついた結論だろう。
「……先輩、ごめんなさい」
私は先輩の想いに応えたい。この四人で最高の曲を演奏したい。そのためには、先輩との約束を破らせてほしい。
ついに私は再生ボタンを押してしまった。
「……あー、そうゆうことか」
これは「失恋ソング」なんかじゃない。
不器用ながらも一番愛している人に自分の想いを一生懸命伝える「ラブソング」だ。今までとは違いロックじゃないバラードだし、当時の先輩が寂しい曲だと感じてしまうのは確かだろう。それに歌詞も終盤になり段々と明るくなる。この曲は最後までちゃんと聴き、何を伝えたいのかを頭に置きながらじゃないと先輩は本当の想いを理解できない。
きっと、この歌を先輩はちゃんと聴いたほうがいい。でも、これは私じゃなく、いつか先輩が自分で知るべきだ。私の役割は違う。
でもこれで、
「……この歌、なんで作られたの」
この曲の投稿日は先輩の誕生日でもなければ、子供の日などの祝日でもない。新しい春でもない、七月に投稿されている。
といことは解散をした原因にあるのだろうか。
そして私は今までずっと触れていなかったことがある。
「
先輩からはよく話を聞く。それだけ
嫌な予感が私を伝う。
なぜ、Q.E.D.は人気絶頂の中解散したのか。
なぜ、最後の曲が今まで書いてこなかったラブソングなのか。繋ぎたくないピースがはめられていく気がして、自分が嫌になる。
そんな時に先輩の言葉がふと頭によぎる。あながち、寂しいという感覚は間違っていないということを。
別にラブソングを今まで通りロックでやっても良かった。なのに、バラードでやったのは本人が寂しいという想いを抱えて作ったからロックでは上手く表現できなかったのではないだろうか。
「まさか…………」
震える手は真実を知ろうと止まらなかった。こんなこと、あの曲を完成させるにあたって無視していいはず。いや、この事実を知ることで得られるものはある。
私は、Q.E.D.のギターである
「もしもし」
「すみません、
「なに?」
「
私の否定して欲しかった予想は当たってしまった。
♦
文化祭の屈辱を晴らすため、私たちは更に練習に取り掛かった。
そして八月のとある暑い日の夕方。今日はついに待ち望んでいた日である。
数日前、土曜日にはあの歌が完成すると
それは私の家に三人を泊めることだ。私の家からのほうが練習スタジオが近いといことに最近気づいた。そこで三人に家に泊まってもらうことですぐに出発できる。
それに夜はじっくり作戦会議や歌のコツを
そして今日は土曜日。朝からこのスタジオを借り、あいつらよりも何億倍も上手く演奏ができようになった私たちも前に目の下を真っ黒にし今にも転倒するのではないかと思わせる歩き方で天才は登場した。
「完成、しました……」
「本当!?」
「はい……」
「か、
「大丈夫です……それより、早く聴いてください」
気にするなと言う彼女は言ったそばからバランスを崩す。倒れそうになった
受け取ったスマホには何度も作り直した追跡がある。手も、きっと構成をノートに書いていたのか鉛筆の墨で真っ黒だ。
「いいから早く再生ボタン押してください……」
「ご、ごめん!」
最後に聴いた時とは違い、開始直後から明るいギターの音がする。前までは最初は少し落ち着き、どんどん盛り上がっていく曲調だ。新しい方が、お姉ちゃんの曲らしくて好きだ。
二番も少し変えた箇所が何個か分かった。ほんの少し違うだけで、何十倍も良く聴こえてしまうのは音楽の凄いところだと思う。
前回問題だった二番の終わりからがとうとう流れ始めた。
「……どうですか。これがダメだったら私」
「
「素直に言ってください……」
「最高だよ!」
聴いている最中に私は思わず笑みがこぼれてしまった。
興奮した心臓は体中に鼓動を鳴り響かせる。指は震え、先ほどまでスピーカーから最高の歌を流していたスマホを落としてしまいそうだ。
「ええと、どこから感想言えばいいんだろ!私の完璧な理想そのまま出されて、えっと、哉子ちゃんはやっぱり音楽の天才だよ!!」
上手く感動した感想を言葉にする頭も口も回らない。なんて言い表せばいいんだろか。少なくても一日は考えさせてほしい。この曲の隅々の良さを語らせてほしい。
この天才に今はとにかく感謝を伝えたい。
「……先輩が満足したようで良かったです。もう、後悔はないです」
「うん!本当にありがとう
「先輩が、笑ってくれて、良か……」
「
重いまぶたは閉ざされ、全身の力が抜けた
「
「ほんと、あの曲の完成度やばかったしな……もう今日は寝させてあげたほうが良さそうだな……」
「じゃあ、私の家行こうか」
二人が片付けをしている間も私は
「
「関係ないだろ!あと、哉子をおぶって歩く体力はもうない」
「私体力あるので任せてください!」
紅葉ちゃんに起きる様子もない
「凄いな
「
「
「おうよ!って、ちょっ、お前」
「案内がするから。早く行こ」
反論される前に扉を開け出ていく。私も先ほどの興奮で疲れたんだ。楽器二つを持つ体力なんて残ってないことくらい察してほしい。
後ろで私の名前を連呼する女性のことは気にせず、早歩きで自宅へと一同は向かった。
「ただいまー」
「おじゃまします!」
「はぁ……はぁ……お邪魔します……」
一人ランニング後のように疲れている
「まあ!いらっしゃい!」
「これが
「だからお父さん。友達じゃ」
否定する前に
「今日はお邪魔します!
さっきの疲れは吹き飛んだのか、爽やかな挨拶を私の両親にする。それに続き、
「こちらこそ
「今日の晩御飯奮発しちゃった!楽しみにしててね!」
「お母さん普段通りでいいよ」
「ダメよ!
「だから友達じゃ」
「ありがとうございます!」
四十五度の角度で頭を
「ところで、その背負ってるお友達は?」
「疲れてちょっと寝てるだけです!」
「あらそうなの。晩御飯までに起きるといいわね」
「この子は食べるの好きなのですぐ起きると思います!」
「あらそう!なら良かったわ!」
そんな単純な人間では無いと思いたいが、彼女の食い意地は確かに存在する。これは良い勝負なのかもしれない。
「あと三十分くらいでできるから。それまでゆっくりしててね。あ、お布団も敷いてあるからね!」
「わかったー」
大げさな両親の態度に溜息をつく私は二人より先に自分の部屋に向かう。
自分の部屋は人が見ても引かれないほどには片してあるはずだ。棚に置かれてある趣味の漫画やグッズも全て王道である。あとは部屋の壁にお姉ちゃんのポスターやTシャツを飾っている。普通の女子高生の部屋だ。
「入っていいよ」
「お邪魔っしまーす!」
「お邪魔しま、おっ、おお……」
「何?部屋が変って言いたいの?」
「いや、そうじゃないけど……」
「凄い!Q.E.Dの限定グッズがこんなにたくさん!」
「お姉ちゃんの妹だからね」
昔からお年玉は全部お姉ちゃんに使ってきた。自分の手で大好きなお姉ちゃんの功績を手に入れたかったから。それでも、お金に限りがあり全ては手に入れられない。そしてらお姉ちゃんは私の誕生日にその年に出したCDやグッズを全部プレゼントでくれたのだ。
だから私の部屋には全てぼQ.E.D.が出した物がある。熱狂的なファンでも手に入れられなかっらものも山ほどあるのだから
「
「分かった!もう起きそうだけどね!」
「……ご飯食べたい」
「あ、起きた」
「お腹、空いた……え?ここどこ?」
目覚めたら知らない場所にいた彼女の反応は現代にタイムスリップしてきた侍みたいだ。第一声がご飯食べたいなのは、やはり食い意地が相当高いといことだろう。
「
「あ、なるほど。って、ここ先輩の部屋ですか?」
「うん。そうだよ」
「……オタクですね。予想通りです」
「だからオタクじゃない
「同じ絵が透明な板に印刷されてるのばっか飾ってるじゃないですか。てか、同じ絵飾って意味あります?」
「違うよ。ほら、ポーズとか服とか」
間違い探しをするように目を薄める姿はあまりにも大げさなんじゃないかと思う。
「てか先輩、こういう男がタイプなんですね。なんか意外」
「漫画みたら好きなるよ。絶対泣かないし、強いし、笑顔がいいし。お姉ちゃんみたいで」
「……ここでもシスコンですか」
「だからシスコンじゃないって」
いつものシスコンいじりをされる。何度ただお姉ちゃんが世界一好きと言って訂正しても聞く耳を持たない。
すると|紅葉ちゃんも私の棚を覗き込む。この子は二人よりも脳が普通の女子高生だから二次元の物とは関わりが薄そうだ。
「あ!これ孤独のヒーローのキャラだよね!私も弟が漫画全部持ってて分かるよ!」
「あー!あれか!あたしも妹がアニメで見てたから分かるわ!面白いよな!」
「え、そんなに有名なの?」
「かなり今話題だよ!一年ぐらい前にアニメ化して、人気爆発!みたいな!」
「色んな所でコラボしてるし、よく最近見かけるよな!」
「私は連載初期から見てるけどね」
意外にもこの漫画は世間では流行っているみたいだ。王道な展開は一般に好かれやすいし、キャラが魅力的であるから当然ではある。
もし、今もQ.E.D.があったなら主題歌を担当することになっていたのだろうと見ていて思う。
「じゃあ先輩のイヤホンもそれのやつですか?」
「うん。限定だから買った」
「めっちゃファンじゃん!……って、
部屋の端に置いておいた紙袋に気づかれる。その紙袋の中には先ほどから話している孤独なヒーローの最新刊までが入っている。
「売るんだよ」
「……は?」
「え?」
「先輩こんなヤバいくらい好きなのに、なんでですか?」
「えーと、ネタバレになっちゃうから……」
「大丈夫です。私見てないんで」
「あたしは見てるけどな」
「先週の最新話でね。絶対泣かないキャラなのに、作者が泣かしたの」
思い出すだけで腹が立つ。
一話からずっと孤高のヒーローとして戦ってきたのに、絶対絶命のピンチに悔しさで涙を流したのだ。
あのキャラは、どんなに悔しくても、どんなに辛くても泣かないのに。
「……え、それだけですか?」
「うん。解釈違いだもん。作者は何も分かってないよ」
「で、でも」
「まあ!キャラも変わるから!な!」
「あのキャラは泣かないよ。何があっても」
「
「でもでも!気に入らない展開とかあるよね!少しわかるかも!」
「まあ、先輩が急によく笑う人になったら解釈違いにはなりますね」
「それは確かに!」
お姉ちゃんも、あのキャラも弱いところなんて無いんだから。
「そうだ。私ベッドでいいよね」
「あ、私ベットじゃないと寝られません」
「えー」
私も敷布団では寝られない派の人間だ。気持ちは分かるが、ここは私の家だ。譲る気持ちはない。
「
「先輩がいいなら私はいいですよ」
一人で寝るにしては広いが、二人で寝るには狭い。それに、これは偏見だが哉子ちゃんは寝相がとても悪そうで嫌だ。
「じゃあ、私お姉ちゃんの部屋で寝るよ」
「部屋の主がいなくなってどうすんだよ……」
「お姉ちゃんの部屋の布団のほうが寝心地いいし。枕も」
「そういえば、
枕を取りに行こうとドアノブに手をかけた時、紅葉ちゃんの何気ない質問に私は止まる。
「あー……聞くタイミングなかったけど私もずっと気になってた。今一緒に住んでんのか?」
「えっ、今日いるの!?」
「よくお姉ちゃんの部屋で寝たって言ってるけど、一緒に寝てんのか? まあ、
ずっと秘密にしていた。
いつか言わなきゃいけないって。
絶対話題に出るから、困らせないためにも私から言わなきゃって。
でも、この事実を言葉にするのが私は嫌で、まだ乗り越えてもいないから。
「二人とも、事情があるか」
「……死んだよ」
「え」
「……お姉ちゃんはバンドを解散してから三週間後に死んだよ」
認めたくない事実を自分の口で言うのは、こんなにも辛いんなんて初めて知った。
「う、嘘だろ……」
「えっ、でも、えっ……」
信じられていない二人とは裏腹に、
多分
今お姉ちゃんはどうしているのか。
なぜ未完成の曲を私がやりたいのか。なぜ、困った時にお姉ちゃんに頼らないのか。
それでも聞かず素直に協力してくれた彼女は、私の一番の共犯者だ。
「……脳卒中ってお母さんは言ってるけど本当は違う」
「無理に言わなくても」
「あの最後の曲に殺されたの」
「え……」
私の考察は間違っていない。
「あの曲が受け入れられなくて、苦しくなったからお姉ちゃんは自殺した」
「そんな……」
「いや、えっ……」
「だから私が証明する。お姉ちゃんの歌が正しいって」
言葉を失う二人と、かける言葉が見つからない天才。
二人はお姉ちゃんの歌に救われえていたから傷つくのも無理がないだろう。言うタイミングを間違えた気がするが仕方ない。
「だからお願いね。私の計画に協力して」
「……もちろんです。私の全てをかけて協力します」
「ありがとう」
「ご飯よー!」
「はーい」
重い空気の中、嬉しそうなお母さんの声が響いた。そろそろお腹が空くタイミングだからちょうどいい。
「暗くさせてごめん。でも、そういうことだから」
全ては私のお姉ちゃんのため。
「最高の演奏をしようね」
私と共犯者たちは、あと数歩でもう計画を実行できるのだ。
だから、あと少しだけ待っていて。
最愛のあなたへ、届けるから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます