5 君の気持ちが知りたくて
いつもより数十分も早く家を出て学校へと向かう。春だというのにポッケに手を入れたくなるほど気温は寒い。
「もうちょっと寝てたかったな」
そんな気持ちを一人で呟きながらも学校へと向かった。
学校を一秒でも早く帰りたいと思うほど大嫌いな私が早く行くのにはもちろん理由がある。
「おせーよ
「おはようございます先輩」
「おはよう二人とも。もう来た?」
「来るわけねぇだろ。何分早く集合かけてると思ってんだ」
ベースの子を手に入れるために二人に無理強いし集合してもらった。昨日は私が取り乱してしまいメンバーに入れることを渋ってしまったが、謝罪と正式加入の声掛けをかね早くやって来た。
「結局、あの子で良いんですか先輩?」
今にも落ちてきそうな瞼を擦りながら彼女が質問してくる。声もいつもみたいにハッキリではなく溶けてしまいそうだ。
「うん。その代わり条件は出すよ」
「先輩が決めたなら良いですよ」
大きなあくびを落としながらまた目を擦る。よく見たら目の下には真っ黒なくまができていた。美人な顔の上にできているので余計目立っているが、夜通しやらなきゃ終わらない課題でもあったのだろうか。
「あんまりいじめんなよ。あの子メンタル弱そうだし」
「ベースが下手だったら下手って言うわよ」
「言葉は選べ」
「下手な人に下手って言ってる何が悪いの?下手な理由なんて練習不足以外ないじゃない」
今日も朝から
歌も楽器も最高点の基準はないにしても下手な理由は練習していないだけだ。私だって最初は聞くに堪えがたいレベルだったが練習して
話していた数分後に目的の彼女がやってきた。まさかこんなにも早くやってくるとは思っておらず心の準備はできていない。
「ほら、いけ
背中を押され、後戻りはできないしする気もない。私は彼女に話しかけた。
「あの、昨日の」
「あっ!昨日はありがとうございました!」
昨日嫌な態度で目の前から消えていったはずなのに深々とお辞儀をされる。
運動部でもないのにこの時間から来る彼女は眠そうな様子が一切なかった。私含めた三人は今にも横になりたい気持ちが出ているのに彼女からは感じ取れない。
「ベースやってくれるんだよね?」
「お前上から目線すぎだろ」
「お、恩返しできるものがそれならやらせていただきます!」
返事までハキハキとしていて漫画で出てくるような先輩を慕う後輩感がある。どこぞの天才後輩とは大違いだ。
「……一つだけ約束がある」
「な、なんでも聞きます」
「私の前で
彼女をメンバーに入れるにあたって私が考えた条件はこれだ。昨日曲名を聞いただけであんな騒いだのだから、こうでもした方がお互いのためでもある。
「わ、分かりました。約束します」
「絶対だからね」
不思議そうにしながらも頷く彼女に紙袋を差し出した。私が昨日選び抜いたベースの教本たちだ。彼女はお姉ちゃんのどのくらいのファンか知らないが、もし所有物だったと分かったらどのくらい驚くだろう。
「じゃっ、ベースは決まりってことだな」
「よろしくお願いします!」
深々と頭を下げる彼女はやる気に満ちている様子だ。その姿に嬉しそうに鈴芽ちゃんは拍手を送っているが、私は胸ぐらを掴みたい気持ちが半分を占めている。
実の姉を苦しめた曲を愛している彼女には一晩経っても許せない自分がいるからだ。でも、もう半分は曲の完成に一歩進んだ喜びなのだから甘くみてほしい。
「先輩ならそうすると思ってましたよ。そのために昨日徹夜で準備してきたものがあるので昼休みに」
「ごめん。昼休みは先生に叱られる予定がある」
やはり昨日の授業をサボったのと一言も言わず帰ったのがまずかったのか家に電話がかかっていた。担任が溜息を吐きながらお母さんに話したらしい。両親は他の家庭より何倍も娘に甘いから味方として担任に話をつけようかと提案してきたが、話がこじれて時間が減ってしまっても困るので大人しく叱られよう。
「先輩、この不良のせいですか?」
「まあ、否定はできないかも」
「おい!元はと言えばお前に引っ張られたんだよ!」
「どうせ今日の放課後も作戦会議なんだし、その時に言えばいいよ」
不貞腐れた顔をしながらもちゃんと受け入れてくれた。二人は文句を言いつつも私がバンドのことで何か言えば受け入れてくれる。案外二人も曲作りにスイッチが入っているみたいだ。
「あなたも来てね。もうバンドのベースなんだから」
一歩引くようにして私たちを見ていた彼女と目を合わせた。貼り付けたような笑顔は、素なのかぶりっ子特有の猫かぶりなのか分からない。
「は、はい!」
圧をかけるようにして言ったのに彼女は嬉しそうに受け入れた。そもそも彼女に拒否権なんて存在しない。
あの、
「じゃあ、放課後ね」
今日選ばれた作戦会議室は常連のカラオケだ。
私の予想では最近出来た値段設定が少々高いカフェだと思っていたが、気をゆるしていない人と美味しい料理を食べたくないとのこだわりでカラオケになった。意外というか、それほど食事にこだわりを持っていたことに驚きだ。
「自己紹介からいくか?」
三人の中ではまだコミュニケーション能力が高い鈴芽ちゃんが話を進める。
目的のために集まっているだけだから話すことは一つ。しかし口下手な私は切り出し方が分からないのでとても助かる。
「私は
「お前が全部説明すんのかよ」
やれやれと言った感じで私を見るが、自己紹介を済ませてあげたのだから感謝してほしいくらいだ。
「楽なので助かります先輩」
「甘すぎだろ
「じゃあ、どうぞ」
一番端に縮こまるように座っている彼女に自己紹介を頼んだ。昨日とは違う猫を被ってきているのか、素がこれなのか分からない。ベースを弾いてくれれば文句は無いから構わないが。
「
聞きやすい声と大きさで自己紹介をしてくる。
しかも、その場で立ち上がり、腰を曲げる角度は九十度に達しているのではないかと思うくらいに頭を下げてきた。まるで運動部の挨拶みたいな自己紹介を終えると鈴芽ちゃんと私は思わず拍手をしていた。
「よろしく
「こちらこそよろしくお願いします。って、そんなかしこまらなくていいんだよ!」
「ありがとうございます!
「先輩……!」
「呼び方嫌でしたか?」
「いや、物凄く嬉しい!私のことを脅してくる後輩と、敬意もない生意気な後輩しかいないから!」
ちょろい先輩は
「私も好きなように呼んでいいよ」
「……
「じゃあ、
「じゃあ、今日の作戦会議をお願い」
「はい。じゃあ、これどうぞ」
鞄から数枚の紙の束を一人一人に渡していく。何かと思い、紙に書かれているものを見れば納得した。
彼女の目の下が黒い理由はこれだ。
「楽譜です。とりあえず一番の」
「凄い……!凄いよ
「先輩が喜んでくれたなら良かったです」
かすかに笑みを浮かべる彼女は満足そうだった。
楽譜はただ譜面が印刷されているだけではなく、
「お前、天才なんだな……」
「知ってる」
「なんだか
「え?」
目細め、笑みをこぼしながら紅葉ちゃんは呟いた。初めてみる笑顔は今までと少し違うように思える。きっと、これが素なんだろう。
そんなことより彼女は今お姉ちゃんの曲みたいだと言った。記憶が正しければこのカラオケの時に全部説明する予定だったはず。誰かが口を滑らした覚えはない。
「あっ!すみません!独り言が」
「なんで、お姉ちゃんの曲だって思ったの?」
食い気味に
「えっと、私、
「ううん。だって、それ正解だし」
「正解……?え、あの、
「うん。
「へ?」
「そこから説明始めたら話が混んがらがるような……」
「え、ええええええええええええー!?!?」
彼女の驚愕した声は部屋中に響き渡った。前回の
説明がめんどくさい私は鈴芽ちゃんに全任せすることにした。
時系列に沿い、分かりやすい説明を聞いている大ファンな彼女は開いた口が塞がる様子が見えなかった。その姿に心の中で笑う私の隣では、変わらず不機嫌そうな天才様が脚を組み終わるのを待っている。
「まとめると、こいつの姉ちゃんの未完成な曲を完成させて演奏したいってわけ」
「うん。合ってる」
「本当はお前が説明すんだよ!」
冗談交じりに怒りながら頬を引っ張られる。かすかに痛い。
「私なんかがそんな重大な役を大丈夫でしょうか……」
「精一杯練習すれば上手くなるって!あたしも始めたばっかだし!」
大ファンなバンドの曲を完成させるとなれば自身も多少無くなるだろう。そんな彼女を気遣い優しくフォローをしている
「今は一日何時間くらい練習してるの?」
「えっと、平日は五時間。休日は十二時間くらいですかね」
「「え」」
どこから出たか分からないドスのかかった声が重なった。ベースを新しく始めたと言っていた時は趣味の一角としてだと思っていたが、その練習時間は全国大会に向けて練習する体育会系の部活だ。猫を被った姿がぶりっ子な彼女からは想像ができない。
「良く集中力切れないな」
「いえ、そんなこと無いです!」
「練習時間が長くても、上手くならなきゃ意味ないわ」
水色の付箋に何かを書きながら、冷たい言葉を言い放つ。あえて言ったであることは確かだが、そのセリフは本心である。
「お前は……」
「これはあんたにも言えるわ。下手な演奏は絶対に許さないから」
「が、頑張ります!」
冷酷な女王に怖がらず素直な言葉を出せる姿は正統派主人公に思える。女王の氷は全く溶ける様子は無いが。
「じゃあ、これ」
先ほど
「この日に合わせるから。それまでに八割は出来るようにしてきて」
「は!?」
「完璧とは言ってない。八割」
音楽初心者からしたら八割も相当な壁だと思うが、天才女王様の言う通りに従った方がここはいいだろう。それに完成度が高いという点に早くて困ることはない。
「返事ははいしか許さないから」
「「はっ、はい!」」
「で、先輩」
立っているせいで
「歌詞は?」
「ちゃんと考えてはいるよ。ただ納得いくものが……」
「仕方ないですね。合わせる時には一番でいいので完成させてください」
「うん」
「おい!
運が良いことに私は同盟には入らなくていいみたいだ。
いつの間にか恒例の言い合いが始まったらしく、私は優しく見守る。さっきまで鬼みたいに怖かった
こうして作戦会議は賑やかな形で幕を閉じることになった。
有線イヤホンを耳にしながら、シャーペン片手にノートの前に座っている。持っている手は先ほどから動く様子は無かった。
「うーん。どういう歌詞がいいんだろ……」
背もたれに寄りかかりながら独り言が止まらない。全く定まらないからだ。
元々私は音楽の才能が一ミリも無いことが分かっていた。歌や楽器と違いセンスという名の才能を身につけることは難しい。
更に言えば、私の場合は天才と言われた
作詞に関しても今まで音源を聴き書いてきたので一つの曲に何十個もの歌詞が存在する事態になっている。それはどれ一つ納得いくものは無かったから。こちらに関してもセンスはおそらくないが、その代わりお姉ちゃんのことは世界で一番理解している。それを信じて書くしかない。
「……こういう時は気分転換」
重い腰を持ち上げる。クッションが洗濯中で椅子に敷くことができず固くて仕方なかった。
しかし、自分の部屋より曲の親となるお姉ちゃんの部屋にいた方が良い歌詞が書けると思い我慢したのだ。
机の引き出しには作詞ノートが入っており、お姉ちゃんになった気持ちで自分のノートの隣に広げた。どちらも、びっしりと書いてあるがお姉ちゃんのノートには一番伝えたいことが明確になっていてそこから広げている。一方、私のノートは定まっておらずぼんやりと思いついたことを雑に書いている。おまけに端には羽の生えた蜘蛛の落書きを何体も誕生させた。
二つのノートとシャーペンを鞄に入れ、お姉ちゃんの部屋から離れる。昨日変えたばかりの正常な時計が私を見送ってくれた。
冷たい向かい風が体に凍みる。今私は家から十何分の場所にある土手を歩いてる。家を出る時に後ろからお母さんに上着を着てと言われたが断って来たのは間違いだった。特別短くも長くもないスカート丈がゆらゆた揺れ続けている。
「……寒い」
もう桜も散り夏への準備に取り掛かっているはずなのに気温は冬なのが不思議だ。
気分を上げるために先ほどの使い込んでいる有線イヤホンとは違い、好きな漫画のコラボグッズとなっているイヤホンを付けてきた。傷つけるのが不安であまり使っていないが、今日は歌詞を考える大事な日だから構わない。
もちろん流している曲は私が愛してやまない蜘蛛の羽だ。
歩きながら一度お姉ちゃんの曲の特徴を整理する。
かなり簡単にお姉ちゃんの曲の特徴を言うならば、明るくてかっこいいだ。お姉ちゃんは昔、曲は聴いていて笑顔になるものが良いと言っていた。だから、お姉ちゃんのほとんどは二曲を除いてひたすらかっこいい。分かりやすく言うならカラオケで盛り上がる曲だ。
二曲のうちの一曲。蜘蛛の羽は暗くはなく、かっこいい曲で雰囲気はそこまで変わらないが今までとはかなり違う部分があった。それは歌詞が弱い自分が傷つきながらも進むという内容だ。今までとは違い、弱い所なんてないお姉ちゃんが書いた歌詞の雰囲気に元からのファンは戸惑った者も多かったが、天才内樹繋結が作った曲だからすぐみんな好きになった。
しかし、その次に出した曲が今でも名作と言われるドラマの主題歌であったため埋もれてしまった。この曲も大好きだが、なければもっと多くの人に蜘蛛の羽が届いたと考えると少し寂しくなる。
そしてもう一曲。それは私が唯一大嫌いで、お姉ちゃんを殺した曲。
「寒っ!って、あっ!」
突然吹かれた強い風に耳に付けてたイヤホンが取れてしまう。地面に落ちるギリギリでキャッチしセーフ。
キャッチした直後、土手の降りた所に作られているサッカーコートに視線が向いた。昼間は小中学生が利用しているが夜は人の気配なんて無い。と思っていたら暗闇から一人の人物が現れる。きっと遠くに行ったボールを取って戻ってきたのだろう。
「こんな寒い中頑張ってるな……って、え?」
薄目でもう一度確認するが間違ってない。私が物凄く知っている人物である。そして、まだどう向き合えばいいかわかっていない人物。
お姉ちゃんを殺した曲を愛しているベースの円紅葉だ。
「
大声で名前を呼びながら彼女の元へと向かう。無視しることも考えたが、歌詞のアイデアが浮かび上がる可能性もあるから話かけることにした。
「
「わかっ」
その瞬間、硬い何かにぶつかった。その正体がレンガだと気づいた時には自分の体は転がっていた。
「
出逢ってから聞いた声で一番可愛くない声を紅葉ちゃんは出していた。
叫ぶように私の名前を呼ぶ彼女が私の元に寄った時には自分の体は止まっていた。幸いにもある程度下った所で転んだのが救いだ。全身痛いけど。
「痛い……」
「大丈夫ですか!?起き上がれますか!?」
「うん。平気。痛いけど」
「そりゃ血出てますもん!少しじっとしててください!」
手にもっていた大きめの巾着袋から水筒を取り出す。女子高生が使っている可愛らしく小さい物ではなくスポーツ選手が愛用しているような水筒だ。
蓋をあけると脚の血が出ている箇所に水を垂らす。すると今度はフリルの付いたハンカチで拭きだした。
「先輩、少し沁みますよ」
魔法のポケットかと思うくらい次々と道具が出てくる。お母さんが持っていそうな消毒液をコットンに浸し消毒し始める。
「痛い!」
「もう終わります!あと絆創膏付けるだけです」
「あ、そのメーカーの絆創膏、お姉ちゃんが持ってたよ」
「え!?
パッと目に星が宿ったと思うくらい輝かせながらこちらを見てくる。絆創膏で盛り上がるほど熱心なファンだとは思っていなかった。
「
「うん。幼稚園の時にお姉ちゃんが貼ってくれたの同じ」
「……先輩ってシスコンですか?」
「それ
「……素敵ですね!」
「でしょ」
褒める彼女に少しばかり心を開こうと私は決心する。私から何か話しかえようと思った所、彼女が私の手元を指さす。
「
さっきキャッチしたイヤホンを握りしめたままだった。周りの雑音を消すように、いつもより大きな音量で聴いていたせいだろう。
「……蜘蛛の羽ですか?」
たまに訪れる風音以外聞こえないこの場所には、イヤホンごしから聞こえる微かな蜘蛛の羽が響く。大音量で聴いていたとはいえ、握りしめた状態で音は小さいのによく気づいたと思う。
「私、蜘蛛の羽大好きです」
「私も。一番好きだよ。辛い時とかずっと流してるし」
「分かります。私もサッカーで辛い時とかずっと聴いてました」
「サッカー?」
少し寂しそうに目を細めながら彼女は頷いた。
考えてみれば、この場所にサッカーボールを持って来ているということは目的は一つしかない。
「私。ちっちゃい時からサッカーやってたんです。成長するにつれ伸び悩むこととか人間関係とかで辛い時にこの曲に助けられました」
「へー。今もやってるの?」
「……中学生の時、チームの女子からいじめられたんです。きっかけは、その女子が好きな男子が私のことを好きになったらしくて」
女子小学生のいじめる理由一位とも思える内容で彼女はいじめられたらしい。確かに、彼女は男子が好きそうな可愛らしい顔をしている。
「もう全部嫌になって、大事な試合をサボったんです。その時も蜘蛛の羽を聴いていました」
「へー」
「そのチームの中で私が一番上手かったかたボロ負けしました。ざまあみろって感じです」
「良い性格してるね」
「それでサッカー辞めて、できなかった事たくさんしようと思いました。髪とかも伸ばして可愛くしたり!新しく進むことは間違ってなかったみたいです」
「……それは蜘蛛の羽があったから?」
わざとらしく質問すれば、彼女はクスッと笑い頷いた。その笑顔を見て誇らしく思える自分がいた。お姉ちゃんの曲はやっぱり凄いんだ。
「あの、ぶりっ子口調も?」
「げっ、見てたんですか」
嫌そうな声と顔を彼女は見せる。固定の笑顔ではなく、本当は表情が豊かな人なのだろうと勝手に予想する。
「見たよ。まあ、そういう子がいるって哉子ちゃんが言い出したのが始まりだけど」
「あはは……噂といかいじめの延長が高校にもあるんですよ。孤立してたら何かあった時に大変だと思って。男子はああいうのちょろいので」
「私高校入ってずっと一人だよ」
「……すみません」
分かりやすく気まずい顔をする彼女を見ると少し心が開いた気がした。
座り疲れた私は芝生に背を預ける。すると彼女も真似するように寝ころんだ。
「
「気分転換、です」
紅葉ちゃんは乾いた笑いをする。多分、この言葉は表面上だろう。
本当はサッカーに未練があってここに来てやってしまうという感じだろうが、それを指摘するのは可哀想だから言わないでおこう。
「先輩はなんでここに?」
「歌詞考えに来た」
「なるほど」
目の前に広がる星たちを見ながら話しを再開する。星に興味が全く無いから分からないが、なんだか少し綺麗に見えた。
「なんで、蜘蛛の羽が一番じゃないの?」
「先輩、それ言うなって」
「……歌詞の参考になるかもだから。今だけ許す」
もう一生話すことがないであとう、あの曲の話をする。取り乱すくらい考えるだけで嫌になるはずなのに、今は自分でも驚くくらい冷静に聞けている。
「……歌詞に関しては蜘蛛の羽が一番好きです」
一言目があまりにも予想外で思わず彼女の顔を見る。しかし私に構わず星に向かいながら彼女は好きな理由を言い続ける。
「私は「Q.E.D.」の中でも曲を作る
「はい。もう禁止」
「怒ってます?」
「ノーコメ。やっぱり、その曲のこと考えたくすらないや」
「そうですか」
自分の一番好きな曲を嫌いと言われたのに彼女は怒る様子も悲しむ様子も無かった。私には理解できないが、彼女は好きな曲を否定されても落ち着いていられる冷静な人なのだろう。
「よく怒らないね」
「気分は悪いです。私はあの歌が大好きですから」
「うん」
「でも
「なにそれ」
「どっちも好きってことです」
目線を星から私に彼女は向けると、歯を見せながら笑った。今までで一番良い笑顔だと、なんとなくだけど感じた。
「
「……アドバイスどうも」
そろそろ時間だと思い私は立ち上がる。脚の痛みはまだあるけど、どこか心が少し軽くなった気がする。それは今、歌詞が浮かび上がってきたからだろうか。
「私はもう少し残ります」
「うん。気を付けて」
転び落ちた時に飛んだ鞄を回収し、今度はゆっくりと足元を見ながら上がる。
「そうだ。
「先輩なので」
「
「考えときます!」
ハッキリとした声で返事を返される。
小さく手を振り、慎重に上がり進める。ようやく元の場所に戻った時、私を呼ぶ声がした。
「またね!
堅苦しいのか無いのか、微妙なラインだがさっきより大きく手を振り返してあげた。
彼女は綺麗にゴールにシュートを決めだす。それを見た私も家に向かって走りだす。
『歌詞。書けた』
数文字のメッセージを
無我夢中になっていた私はひたすた込めたい想いを歌詞にし、今まで書いたものとも比べながら微調整を行い、ようやく納得する歌詞が完成した。
『明日、じゃないや。今日見せてくださいね』
送った一分後に
なぜ、この時間帯に起きているのか聞きたいが私はもうエネルギー切れだ。お姉ちゃんのベッドに倒れるようにダイブし、眠りについた。
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