ラブソングが聴けるまで
ひーろい
1 桜と共にやってくる
「とびっきりのラブソングじゃん……」
三分十四秒はあっという間だった。
再生が終わって、イヤホンは何も発していない。
その代わり、勝手にこぼれ落ちる涙の音が再生され始めた。
あの時の私は、涙を流すなんて思ってもいなかっただろう。
♦
窓から桜の花びら一枚がやって来る。もう四月半ば。
桜は散り始め、終わりを迎えているが、人々は新しいスタートを始める。
私の高校にも新しいスタートを踏み出す者が二百人程やってきた。期待と憧れを膨らませている者、もう無理だと絶望している者もいるかもしれない。
しかし、この教室にいる一年は少なくとも全員前者だろう。ニ、三年生だってまだまだ青春とやらを心にでも掲げて楽しい日々を過ごしている。
私一人を除いて。
「ほんと、お前は周りに迷惑をかけるよな!」
目の前の顧間はB4サイズの紙を見ながら笑っている。その顔は人間の邪悪な心をそのまま映したようで、私には醜く見えた。
「急に退部届なんか出しやがって」
先程から私が言い返さないことを良いことに日々の怒りやストレスをぶつけ続けられている。
顧問が手にしている紙は私が書いた退部届。退部する一番の理由は部活にいても何の意味も無くて、大嫌いだから。
私をにバカにし傷つける言葉を吐き続けるメンバーも、それを見て笑う部の人間も、そいつらの味方をする顧問もOBも。
こいつらが良しとする音楽も。
「……すみません」
「ほんとだよな!お前となったメンバー可哀想だわ!」
「……はい」
「てか、お前がメンバーに良いって言った曲センスのセの字もないしな!」
私の敵がケラケラと嘲笑う。
血が出るんじゃないかと思うくらい自分の手に怒りをぶつけるよう握った。
私は歌も音楽の才能も無いけれど、この場にいる奴らが良いと思っている曲よりも私が好きな曲の方が絶対に正しい。
あいつらが好きな曲は彼氏がクズでそれでも愛している私とか、失恋して悲しんでいる自分が可愛くてしょうがないと歌っている、私にとっては最悪で気持ち悪い恋愛ソングばかり。
でも、この部活ではそのクソみたいな曲が正しい。
音楽って、歌って、どんなに悲しくて傷ついた時も味方でいてくれて背中を押してくれるもの。なのに、あんな気持ち悪い曲が正しくて、私の好きな歌をバカにされ見下される部にいることなんて無理だ。
だから部活をやめる。
「ずっと下向いててうける」
「泣いたらおもろいけどね」
同級生は私に可愛らしい笑い声を聞かせるかのように話している。残念ながら、こんな所で泣くほど私は弱くないが。
私には絶対にやり遂げないといけないことがある。そのためにも音楽ができる者とバンドを組む必要があった。
でも、無理だった。
昔から人と関わるのは苦手で、最初は仲良くても段々と人の気持ち悪い所が見えてきて糸のようにぷっつりと切れる。それの繰り返し。
きっと糸が目に見えていたら私の周りには数えきれないほどにパラパラと落ちているだろう。
ところで、この顧問はいつまで私でストレスを発散しているのだろうか。
そろそろ私の心にも、大きなヒビが入りそうだ。
今日は部の人だけでなく体験入部の一年生もいる。
怒鳴り笑う顧問なら入りたくないと正常な人は考えると思うが、目の前の奴は違うらしい。
「お前は音楽向いてないよ!」
そんなのお前に言われたくない。
「歌もへったくそだし!」
大丈夫。私は間違ってない。
「もう音楽なんて辞め」
「あのー!」
体験入部の一年生が大きな声を出す。
声の元に視線をやれば、レスポールの黒色ギターをぶら下げて堂々と立っていた。
「えーと、弾きます」
「なんだ、あい」
コードが教室に鳴り響く。
風が吹いたのかと思った。
強風で、厄介と思う人もいるかもしれない。
でも、心地良くて、嫌な物をすぐ消し飛ばしてくれそうな。
そんな音だった。
「凄い……」
彼女は続けてギターを鳴らし始めた。力強くて、でもどこか優しさがある。そんな演奏。
彼女のギターの腕前は少なくともこの教室にいる誰よりも上手いだろう。もろろん、自称バンドマンのギター担当の0Bよりもだ。
「なんだあの一年……」
顧問はぽつりと呟いた。
今教室にいる全員が彼女に夢中になっているだろう。私もその一人だ。
そして今気づいた。彼女の弾いている曲は、私が世界で一番愛している歌、自分の味方でいてくれる歌だ。
私は確信した。
彼女との出逢いは運命だと。
「ありがとうございましたー!」
彼女の演奏は終わった。
皆が衝撃から目を覚め拍手しようとした瞬間、彼女はギターをケースにしまい荷物を持ち帰ろうとする。
「ありがとうございました! 用事を思い出したので帰らせていただきます!」
「あっ、ちょ、君! うちに入部し」
「ありがとうございました!」
清々しいほどにハッキリと言う彼女を周りは自い目で見ていたが、私だけは笑みをこぼしていた。
「もう話は終わりましたよね。私も帰ります」
「あっ、おい! お前!」
床に置いたリュックを素早く取り、その子を追うように私は走った。走りながらリュックと大きな期待と緊張を背負う。
「あの」
「なんで……あっ! さっきの」
「えっと、さっきはありがとうございました」
軽くお辞儀をし顔を上げると、彼女は不思議そうに私を見つめていた。
近くで見る彼女の印象は年が近いとは思えない程の気品を感じる。長く綺麗な薄茶の髪はハーフアップでまとめられており、飛び出すように走ったにも関わらず全く崩れていない。顔もメイクをしてないのに生まれ持ったバランスと大きな瞳が彼女の美しさを象徴している。おまけに制服はどこも着崩しておらず、みんなが憧れる優等生みたいだと思った。
「気にしないでください。あの人達を見ていたらム力ついたのでやっただけです」
見た目からは想像できないような発言に驚いた。
優等生みたいな人だから怒りも自分の中で抑えそうなのに自分に素直らしい。
「軽音部辞めるんですか?」
「うん。ちょっと疲れちゃって」
「あんな人達とやってたら音楽嫌いになりますよ」
なかなかにいい性格をしている子だ。見た目とのギャップに驚くもこっちの方が私は好きだ。
「あなたは軽音部入らないよね?」
「もちろんです。あんな人達がいる所にいたくありません。それに……」
「それに?」
「人のこと見下してる癖に全員私より下手なんですもん。何も良い所ないのに先輩面されるなんてごめんです」
彼女は自分のギターが誰よりも上手いと心から確信していた。もちろんそれは正しい。あの空間にいる誰よりも彼女は上手かった。
「では、もし音楽続けるなら頑張ってください」
「えっ、ちょっ」
急に彼女は私との会話を終わらせる。
確かに彼女からしたら話すことはもうないが、それにしたって会話を終わらす段階というものがあると思う。
彼女を逃がしたらもうチャンスは訪れないと思った。私は自分の本能に従うように腕を掴む。
「待って」
「はい?」
彼女は止まって振り返ってくれた。
しかし咄嗟に彼女を引き止めてしまったので上手く言葉が出ない。
それでも私は頭をフル回転させ、ゆっくりと口を開いた。
「私、どうしてもやらなきゃいけないことがあるんです。絶対にやらなきゃいけないことがあるんです。でも私の力だけじゃダメだと分かっていたので軽音部に入りました」
彼女は何か言いたげな表情をしているがそのまま聞き続けてくれている。
これ幸いと、話を続ける。
「でも無理でした。あの人達とはどうしても合わなくて、一人でやり遂げないといけないと覚悟したんです」
「……はい」
「そんな時にあなたと今出逢って確信しました」
私の確信は間違っていない。
誰にも言わず、計画に相応しい共犯者となる人物と出会えるのを待ち望み続けていた。
それが彼女なのだ。
震える足を抑えながら一度息を吸って覚悟を決めた。
「私と、曲を完成させて欲しいんです」
「……無理です」
「……え?なんで?」
ここまで私が勇気を出して初めて人に言ったのに、彼女はためらいもなく断った。
思わず私は間抜け声で彼女に断った理由を問いつめる。
「あなたがそこまでしてでもやりたい音楽があるのは分かりました」
「うん。だから協力して欲しい」
「無理です」
「でも私、あなたに力を」
「だって私、音楽嫌いなんです」
初めて彼女が笑った。
笑ったと言っても子供が見たら逃げるんじゃないかと思うくらいに薄気味悪い笑顔だ。
彼女は音楽が嫌いだからという理由で断ろうとしているのかは分からないが、私にとってそれは理由にはならない。
だって私も同じだから。
「私も音楽嫌いだよ」
「え……」
彼女は表情を崩し、不気味な笑顔から一変する。
私が言いたいことに対し、信じられないのか目を見開いている。
「えっと、私の味方でいてくれる、背中を押してくれる音楽は好き。でも、それ以外の音楽は大嫌い。考えるだけでおかしくなりそうなくらい嫌いなのもある。あんなの音楽の価値を下げるだけ」
「……ははっ!」
「え?」
彼女は笑いだした。
私が言ったことはそれほどおかしかっただろうか。でも馬鹿にして笑っているというよりは嬉しそうな笑顔だと私は感じた。
「面白いですね」
「ありがとう?」
「……面白い。いいですよ」
「えっと……」
「協力してあげます。あなたのやりたいこと」
心の中で大きくガッツポーズを掲げる。断わられた時はどうしようかと思ったが、まさか
こんなに早くやっぱり協力するという展開になるとは思わなかった。
どうやら私の言葉が彼女に刺さったらしい。
「ありがとう! 本当に助かる! どうしてもこの曲を完成させないといけないの!」
「そんなに完成させたい曲があるんですか?」
いつもブレザーのポケットに入れているそれを手に取り、彼女に渡した。
「……音楽プレイヤー? 今どき?」
「その中に入っている曲を完成させたい」
「……なるほど」
「貸すから聞いて」
壊れないよう、ハンカチで包みでブレザーのポケットにそれを入れた。
高一の頃から肌身離さず持っていたから、手元に無いことに少し違和感を感じてしまう。
「私の名前は
「
私の想いはやっと今、動き出す。
あと少しだけ待っていてほしい。あなたの最後の音楽が、あんな曲で終わらないように私頑張るから。
待っていて、最愛の人。
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