13. 白石とペンギンとプリンとオレ
13. 白石とペンギンとプリンとオレ
白石とオレはカフェにしばらく滞在した。周りの女性客に紛れて、なんだか自分が場違いな気もしたが、白石が楽しそうにしているのを見ているとまあいいかと思えた。
外に出ると、午後の陽射しが少し強くなっていた。カフェの前に広がる街並みは相変わらず賑やかで、行き交う人々の声や遠くから聞こえる車の音が混ざり合っている。
「いやぁ……すごく美味しかったですね!」
白石は満足そうに両手を広げ、深呼吸をした。その顔には本当に今日の外出を楽しんでいるという感情が溢れている。
「そうだな」
オレは単調な相槌を打つ。別に不味くはなかったし雰囲気も良かった。ただ、白石ほど素直に感動を表せないだけだ。
「今度来た時は別のメニューも頼んでみよっと!」
次に来る予定があるのかこいつは。でも、こういう無邪気にはしゃいでいる姿は、本当に可愛らしいと思う。そう思って、ほんの少しだけ白石の顔をまじまじと見ていると、ふいっと彼女と目が合った。白石の瞳が太陽の光を反射してキラリと光る。
「どうしました先輩? もしかしてキスしたくなりました?」
そう言って意地の悪い笑みを浮かべながら白石はまたしても距離を詰めてきた。顔が、またしても熱くなるのを感じる。心臓がドクンと跳ねた。
「そんなわけないだろ!」
思わず語気が強くなる。なんでこいつは、いつもいつもこうなんだ。
「えー、じゃあなんで私の顔を見てたんですか?可愛いなぁって思ってたんじゃないんですか?」
「うぜぇ……」
これ以上話すと泥沼だ。ただでさえ赤くなった顔を隠すようにオレは足早に駅の方へ歩き出した。白石はケラケラと笑いながら、楽しそうにオレの後をついてくる。相変わらずこいつはオレをおちょくってくる。まあ、それもこいつの個性だからいいんだけどさ。この、人をイラつかせる天才的な才能も白石という人間を形作る一部なのだろう。
繁華街のメインストリートを歩いていると、様々な店が目に飛び込んでくる。ファッションビル、雑貨屋、飲食店、そしてその一角に、ひときわ派手な光を放つ建物が見えた。ゲームセンターだ。けたたましいゲームの電子音と、景品カウンターに並べられた色とりどりのぬいぐるみが外からも見て取れる。オレが特に意識するでもなく、その前を通り過ぎようとしたその時だった。不意に隣を歩いていた白石が、ぴたりと足を止めた。
「あっ!先輩!あのぬいぐるみほしいです!まだ時間ありますし、ゲームセンターに寄って行きましょう!」
白石の視線の先を追うと、ゲームセンターの入り口近くにあるクレーンゲームの中に、目的らしきものがあった。それは、青いペンギンのぬいぐるみだった。つぶらな瞳と、まるっこいフォルムが確かに可愛らしい。白石は目をキラキラさせて今すぐにも飛び込みたいといった様子だ。
「ゲームセンターか……まあいいけど」
正直、あまり得意ではない分野だが、白石のあんなに楽しそうな顔を見せられると、断る理由も見つからない。それに、このまま駅に向かうよりは、少し寄り道する方がせっかく外に出かけているのだから、もう少し楽しみたいしな。
「やった! じゃあ行きましょう!」
オレの返事を聞くなり、白石はオレの腕を掴んで、ゲームセンターの方へ引っ張っていく。一歩足を踏み入れた瞬間、耳をつんざくようなゲームの音が全身を包んだ。格闘ゲームの派手な演出音、レースゲームの爆音、そしてクレーンゲームの軽快なBGMがごちゃ混ぜになっている。ネオンカラーの照明がチカチカと点滅し、独特の活気と熱気がフロアに満ちていた。白石は迷うことなく、目的のクレーンゲームコーナーへ向かっていく。
このUFOキャッチャーは結構景品の種類が豊富で、その中の一つ、ガラスケースの奥に鎮座する白石が欲しがったペンギンのぬいぐるみ。それが今日の標的らしい。白石はゲーム機の前に立ち、目を輝かせながらオレを見た。
「先輩! 私の彼氏なら、あのペンギンちゃんをこの箱から救い出してください。私は先輩の愛を信じてますよ!」
「だから彼氏じゃねぇだろ! なおさら取りたくないんだが?」
また始まった。この、当たり前のように彼氏扱いしてくるやつ。しかもそこで愛を試すとか本当に意味が分からない。
「えっ?! どうしてですか!?」
「なんでもだよ!」
もう説明するのも面倒くさい。全く……こいつと一緒にいるとツッコミ疲れるんだよ……心の中で盛大にため息をついた。結局、白石は「先輩ならきっとできる」「頑張れー」「私のために!」などと言って、横からちょっかいを出したり、煽ったりしながら、オレに何度も挑戦させた。100円玉を投入するたびに、どんどん財布が軽くなっていく。アームは弱く、なかなかペンギンを掴めない。イライラしながらも、白石の熱い視線を感じつつ黙々と操作を続けた。
そして何度目かの挑戦。アームがペンギンを掴み、ゆっくりと持ち上がる。今度こそ頼む!祈るような気持ちで見守っていると、アームはそのまま景品口までペンギンを運び、コトリ、と小さな音を立てて箱の中に落ちた。
「取れた!」
思わず声が出た。白石も「やったー!」と歓声を上げる。
「ほらよ」
「ありがとうございます!大事にしますね!」
白石は両手でペンギンを抱きかかえ、満面の笑みを浮かべた。その顔には、心底嬉しそうな感情が溢れている。
「はいはい」
素っ気なく返事をしたもののそんなに喜んでくれているのを見ると、まあ苦労して取った甲斐はあったのかもしれない。こうやって、一つのぬいぐるみでこんなにも喜んでいる姿を見るとやっぱり女の子なんだなって改めて思う。同時にこいつもこんな普通のことで喜ぶんだなって思った。
「あの、先輩?」
白石が、抱きかかえたペンギン越しにオレを見上げる。
「なんだよ? 他にも取りたいぬいぐるみがあんのか?」
「ううん。やっぱり先輩は優しいなって思って。結局、ペンギンちゃんを一生懸命取ってくれましたし。私は、愛されてますね?」
「うるせぇ……」
またそれか。優しいとか、愛されてるとか。そういうことを、こうも簡単に真っ直ぐな瞳で言ってくるのがどうにも苦手だ。気恥ずかしくてつい強い口調になってしまう。
「そのペンギンのせいで金がなくなったから、しばらくプリンは買わん」
「えぇ!?あっ!でもそのプリンも、私のために買っておいてくれてますよね? 先輩が食べてるところ見たことないし!ねぇねぇ先輩、私のためなんですよね?素直じゃないなぁ~」
白石の目が、獲物を捕らえたかのようにキラリと光る。そして、またしてもオレの顔を覗き込み、矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。くそっ、本当にうぜぇ……全部お見通しとでも言いたげなその顔が癪に障る。
「うるせぇ。もう帰るぞ」
「あ~ん!待ってくださいよ~」
でもこうやって、くだらないやり取りをしながら、たまには白石と外で遊ぶのも悪くないなと思うオレがいるのだった。不当な約束で始まった今日だけど、結局、振り回されながらもなんだかんだで楽しい一日になっている。
白石は嬉しいそうにペンギンのぬいぐるみを抱き抱えながら歩いている。このペンギンみたいに知らず知らずのうちに、オレの気持ちはこいつに掴まれているのかもしれない、なんて柄にもなくそんなことを考えた。
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