犬耳軍人遭難中〜帰還を目指して現代地球でダンジョンに潜る〜

小龍ろん

第1話 辺境の惑星、地球

 半ば倒壊したビルの屋上から地上を見下ろす。


 それなりに発達した文明の痕跡は見えるが、今は見る影もない。アスファルトはひび割れ、その隙間から雑草が顔をのぞかせている。路肩にはちらほら自動車が止まっているが、ここから見てもはっきりとわかるくらい朽ち果てていた。


「参ったな、これは。運良く生存可能な惑星に緊急転移できたと思ったら、廃墟じゃないか」


 なぜこんなことになってしまったのか。少し振り返ってみようか。今の状況を端的に説明するなら遭難中と言うしかない。


 つい先刻の話だ。俺の乗る戦闘艦は夜影連邦軍の奇襲を受けた。あわや撃沈というところで、偶然にも突発的なワームホールが発生。一か八かで飛び込んでみれば、データベースに登録されていない宙域だった。戦闘艦の大破まで秒読みといったところで、運良く生存可能惑星を発見。大慌てで緊急転移を実施して、今に至る。


 振り返ってみても、この事態を避けられたとは思えない。強いて言うなら艦隊出動しなければ良かったのだろうが、軍人の身分で命令無視などできるはずもない。つまり、避けられない運命だった。


 まぁ、宇宙の塵として漂わずに済んだだけましか。


『サーチ完了しました。やはり、未開拓宙域ですね。近隣から勢力識別信号は発信されていません』


 端末から涼やかな女性の声が聞こえる。戦闘艦サポートAIのステリアだ。緊急転移の前に、この端末に無理やり詰めこんできた。辺境惑星で生き抜くには、彼女の助けは不可欠だろう。


「要救助信号は出したか?」

『出していませんよ。このボディの出力では大した意味がありませんから』

「ああ、そうだったな」


 戦闘艦に乗っているときと同じサポートを期待することはできないか。


『ですが、朗報です。この辺りは廃墟のようですが、少し先に現地民の拠点を発見しました』

「そうか! 人がいるのか!」

『少なくとも、一定以上の知性は持っているようですね』


 どうやら、俺の幸運も捨てたものじゃないらしい。


『データを拾いました。現地民はこの星を“地球”と呼んでいるようです』

「地球か、了解。言語解析は進んでいるか?」

『それなりに。現地民と接触するまでには終わらせておきますよ』


 さすが、ステリア。頼りになるな。これなら憂いなく現地民と接触できるな。


 地上に降りた俺は、廃墟を探索することにした。目指すは現地民の拠点。おおよその方向はわかっているので、ひとまずはそちらに進む。


 しばらく歩いていると、どこからか金属を擦り合わせたような音が聞こえてきた。


『ヴォルフ、正面方向から接近する生体反応があります。形状はタヌキのようですが、それにしては反応が妙ですね』


 ステリアからの警告に、光銃を手にして、身構える。


「何だ?  敵性生物か?」

『その可能性は高いですね。真っすぐ、こちらに向かってきます!』


 騒音の主はすぐに姿を現した。およそ1mほどの大きさで、ステリアの報告通り、タヌキのような見た目をしている。


「なんだあれは!?」


 だが、銀色に輝くメタリックなボディは俺の知るタヌキとはまったくの別物だ。少なくとも、天狼星周辺の生態系では見たことがない。


『来ます!』


 警告と同時に、タヌキ型生物が猛スピードで襲いかかってきた。俺は素早く身をかわし、即座に光銃で反撃する。


 光線は敵側面に命中した。火花が散り、タヌキ型生物が一瞬よろめく。しかし、すぐさま体勢を立て直し、再び猛攻を仕掛けてきた。


「効いてないわけじゃないみたいだが、威力不足だな」


 ずんぐりとした見た目からは想像もつかない素早さで、タヌキ型生物が迫ってくる。かわしつつ、連続して三発撃ち込んだ。命中するたび、表面に小さな穴があくが、それでもヤツの勢いは止まらない。それどころか、銃撃による傷が目に見えてスピードで修復されていく。


「それは反則じゃないか?」

『どうやら高い自己修復能力を持っているようですね。とても興味深い』


 厄介な相手だ。光銃のエネルギーも無尽蔵ではない。このまま撃ち続けても、こちらが攻撃手段を失うだけだ。勝ち目はないだろう。


 かといって、逃げるのも容易ではない。あの機動力では背後から一気に追いつかれる。


 俺は咄嗟に周囲を見回した。廃ビルの残骸、倒壊した壁、散乱したコンクリート片。何か利用できるものはないか。だが、有効な武器になりそうなものは見当たらなかった。


「くそっ、何か手はないのか!」

『ヴォルフ、私に考えがあります。光銃のリミッターを外しましょう。残るエネルギーを注ぎ込めば倒せるはずです』


 ステリアの提案に、俺は眉をひそめた。たしかにそれで光銃の威力は増す。だが、リミッターは必要があるからこそ、設定されているのだ。


「暴発の危険性は?」

『当然あります。ですが、アレを倒せなければ、どの道助かりませんよ』


 冷静に事実を突きつけるステリアの言葉に、苦笑せざるを得なかった。


「クソッタレだな。だが、やるしかないか。オーケー、ステリア。やってくれ」

『了解です。出来る限り、こちらでも暴走を防ぎますが、強い衝撃は与えないでくださいね』

「精々気をつけるよ!」


 タヌキ型生物は依然として激しく攻撃を仕掛けてくる。素早い動きで近づき、鋭い爪を振り下ろす。動きが単調なのでどうにか避けられているが、体力は確実に削られていく。長くはもたないな。


 だが、焦ってはいけない。これからやるのは一度限りの荒業。外したらおしまいだ。


「くっ……!」


 俺はあえて、廃墟の隅に追い込まれるように後退していく。背中に壁がぶつかる。勝利を確信したのか、タヌキ型生命体は真っすぐ飛びかかってきた。


「かかったな!」


 光銃の引き金を引く。その瞬間、眩いほどの閃光が視界を覆った。思わず目を閉じる。そうでなければ目を灼かれていただろう。


『命中しました。対象の消滅を確認』


 ステリアからの報告にほっと息を吐く。光が収まり目を開けると、そこにタヌキ型生物の痕跡はなかった。完全に蒸発したらしい。


「危険な惑星だな。地球ってのは」

『そのようですね』

「コイツは……まだ使えるのか?」


 手にした光銃の眺める。外から見る限りでは問題なさそうだが、内部の機構が無事とは限らない。


『オーバーヒートを起こしていますが、冷却して整備すれば問題はありません。どちらかといえば、エネルギー残量が問題ですね。大半を注ぎこみましたので』

「……本当に、よく爆発しなかったな」

『私の制御技術のおかげですね』


 その通りなのだろうが、自分で言うか。以前から思っていたが、AIにしてはお調子者な気だな、ステリアは。

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