第32話 海王と対面


エレベーターの扉が閉まった。

落ち着きなく興奮して鼻息荒くしている兄弟犬と違って

メインクーンのブックカバーは優雅に毛繕けづくろいしていた。


「あれ?」


ブックカバーの足元には金色のネックカフが置かれており

エレベーターの中の光に反射して輝いていた。


「持って・・・き、ちゃ、ダメ うぅ・・・」


足元を見ていると目眩めまいがして座り込む。


・・・? 


ゾクリとして天井を見上げる。


エレベーターの扉が左右に開いた。

白い廊下に白衣を着た人々がまばらに立っていた。

以前、人工光じんこうこうステラを見学しにきた時より人は少ない気がしたが


それより



空いたエレベーターに気付いて数名の研究員が驚いた表情をした。


「だ、誰だっそんな格好かっこうでっ!!」


ルナは慌ててタオルと絨毯じゅうたんで身体を隠し

細い腕を前に出して金色のネックカフを見せた。

ネックカフに気付いた者たちが一斉に「あ、明けの明星様っ」と頭を下げた。


「あ、ハイ」

「あの、ソレデハ・・・」


裏返った声で扉の「閉」ボタンを押して扉が閉まり始めると

まだ状況の理解は追い付いていないものの、ひとまず安心した。


それも束の間


閉まる直前で「待って待って」と慌てた様子で

てのひらが入り込んできてエレベーターを止められた。


「帰らないでよ〜せっかく来たんだからさぁ〜」


犬たちが威嚇している。

再び扉が開いた。

ルナの目の前には青い尖った髪をした白衣の男性が立っていた。

薄い色の付いたふちの細いメガネの奥で嘘くさい笑みを浮かべている。


「こんにちは〜明けの明星様〜」


ルナの腕に手が伸びた瞬間、兄弟犬がその男に噛みつこうとした。


「ダメッ!!!噛んだらっ ゔっ・・・」

「顔色悪いね」


下にある絨毯じゅうたんごとルナはエレベーターから引き出された。


「顔が青白い、ウン、ちょっと酸っぱい匂いする。吐いたの?ダイジョウブ?」

「・・・」

「HAHAHA、野良猫みたいな睨み方しないでよ〜 オーイシ」

「ハ」


青髪の男性の後ろに黒髪オールバックの黒スーツを着た男性が立っている。


「自律神経調整剤持ってきて、あと白湯さゆと毛布とこの子が着れる服」

「すぐに」


オーイシと呼ばれた男性は優雅に

しかし迅速にその場を離れていった。

戸惑うルナの顔をニコニコとしながら観察してくるこの男に

既にルナは嫌悪感を抱いていた。


「すぐに持ってきてくれると思うんだけどねー、それまでこれ着てよっか」

「いや大丈夫です」


白衣を脱いで寄越よこしてくる男の手をルナは振り払った。

その光景を見た周りの研究員がざわつく。


「・・・大丈夫、怯えてるだけだ。」


「え」

「ウン、オレね、海王なんだ〜」


忠臣ちゅうしんらしき人物が研究員を引き連れて頼まれていたものを持ってきたようだ。

彼らの手には毛布や服が抱えられていた。

目の前にいる人物が海王星の王様である事を知ったルナは血の気がひいた。


「ご、  すみませ・・・」

「イイヨイイヨ、腕 出してね。」

「え」

「ウンウン」


プツ・・・と左腕の静脈に注射針が刺されていた。

怯えたルナが手を引こうとしたが力が強すぎて引き戻せない。

注射痕にテープが貼られ、肘を圧迫するように掴みながら

海の名を持つ王様は笑ってルナを見ていた。


まるで


しばらくして腕を離されるとルナを囲んでいた兄弟犬が立ちはだかった。


「いいの?君たちのご主人様、素っ裸で恥ずかしい思いするだけだけど。」

「考えたら分かるでしょ〜」


海王と呼ばれる青髪の男は立ち上がり

苛立った様子でボソリと「頭の悪い犬だな・・・」と呟いた。

あまりに小さすぎてルナには聞こえなかったが

いつも隣にいる彼をよく知る男だけがその言葉に気付いていた。


「ハイ、着なよ服。」


バサリと投げられた服にルナは戸惑とまどったが

黒スーツの男性が毛布で目隠ししてあげなさい、と研究員に指示を出し

ルナを囲うように毛布で壁が作られたため、その隙に渡された服に着替えた。

服は以前、人工光ステラの周りに掛けていた人間たちが着ていた服と同じ服だった。


「着替えたらこっちおいで〜白湯さゆでも飲んで落ち着きな〜」


廊下を曲がった向こうのフロアから招く声が聞こえたがルナはそれを断った。


「か、帰ります・・・」

「明けの明星様、顔色が優れません、少し診てもらった方がいいかと。」

「でも、来たらダメだと言われてるので・・・」

「冥王様にはわたくしから連絡します。それと」


「海王様は研究者でもありますが、医師でもあります。何かあればわたくしが・・・」


2匹の兄弟犬も黒スーツの男性には威嚇しなかった。

黒スーツの男に抱き抱えられた際に足元をチラリと見たが

黒猫のブックカバーが見当たらず、ぐしゃぐしゃの絨毯じゅうたんと白いタオルと


金色のネックカフだけが落ちていた。


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