第30話 お留守番


「ルナ・・・」

「・・・ヴィ」

「クッ・・・何の音だそれは」


明け方、布団から出た肩を叩かれ、ルナは路翔みちかけに起こされた。

羽毛布団の上でルナの体の形をかたどるように眠るブックカバーや犬たちが

まだ眠たげにモゾモゾと動いて再び眠りにつく。


「な゛んですが・・・」


起きがけのルナの声はまだガラガラでその声に路翔みちかけは声を震わせていた。


「・・・1日、部屋を空ける。今夜は帰ってこれない。」

「どこに・・・いくんですか」

「夜は宮家みやけのところだ。食事に招かれている。」

「宮美さんの家ですか・・・?」

「正確にはアイツの実家だな、で行く、少し遠出になるから帰ってこれない。」


天王星である宮美さんは「宮族」と言って家柄らしい。

この塔にてがわれているワンフロアは宮美だけの空間で親族は別の場所に住んでいるようだ。


そして、地下鉄。

どうにも都市内で路翔みちかけが利用しているような車を見かけず、神様の末裔はみんな飛行移動しているのかと思ったが、それは違ったようで、都市や国、海を渡って国同士をも繋ぐがあるらしい。

細長い車のようなものだ と路翔みちかけからは教わったが、ルナにはどうにも想像つかなかった。


「犬猫のご飯・・・」

「お前のも、キッチンの保管庫に冷やして全部入れているから、それを。」

「わかりました。」


ここでようやくルナはと起き上がった。

起き上がる気配に気づいた犬たちが瞬時に立ち上がりベッドから降りたが

ブックカバーだけは相変わらず定位置で丸まって寝ていた。


起き上がったルナの頭を路翔みちかけがポンポンと叩く。


「分かっていると思うが、このフロアと屋上以外の行き来は禁止だ。」


ルナは先日の書斎での一件を思い出し、ドキリとして返事の声が少し詰まった。


「は、イ」

「お前、この前書斎に入っただろう。」

「へ」

「・・・本の戻し方が違った」


ルナは枕元に眠るブックカバーに目をやった。

ブックカバァァァァー!!!! と内心叫んだ。


「ごめんなさい・・・」

「ブックカバーが本に擦り寄っていても、無視していていい。」

「でもご飯とか」

「書斎の中に置くか、後であげたらいい。」

「ごめんなさい・・・」

「いい、細かく説明していなかった俺が悪い。」


ルナは新聞紙の件について触れられず心底胸を撫で下ろした。


「見たか?」

「ヒェ」

「なんだその声は」

「突然で」

「・・・読んだな。」

「ご、ごめんなさい。」

「何を読んだんだ。」

「え」

「読んだんだな。」

「・・・ごめんなさい。」


まんまとハマってしまい、ルナは不安な目でベッド下にいる犬たちに目を向けた。

とはいえ大半の犬たちがもう部屋から出てしまっていて、

兄弟犬の双葉ふたば有人ありひとだけが部屋の中を動き回っていた。


「俺が隠していなかった、不安にさせたな。」

「あ、そんな、でもあの」

「気にするな。」


ルナの言葉をさえぎるように路翔みちかけが続けた。


「気にするな、わかったな。」

「・・・ハイ」


やはり、踏み込んではいけないものだったのだ、と気づいて素直に頷く。


「それじゃあ、行って来る」

「あ、じゃあ」


布団から出ようとするルナの頭に路翔みちかけが手を置いた。


「まだ起きる時間じゃない、寝てろ。」

「いえ、目が覚めちゃったので」

「・・・お前な」


路翔みちかけの呆れた声にルナは漠然ばくぜんとした表情を浮かべた。

頭をカリカリといて「分かった、ならエレベーター前まで。」と言って

部屋を出る路翔みちかけの背中をルナは追いかけた。


「じゃあな。」


扉が閉まる直前、ルナは思わず手を振りそうになったが

中途半端に上がった手を片方の手で押さえ何もない様子で見送った。


チャッチャッと犬たちの足音がエレベーター前から遠ざかっていく。


少し早い朝、いつもより長い一日が始まりそうだ。


−−−–−−−–−−−–−−−–−−−–


その日の夜


きらびやかな灯りの下

木製の長テーブルには豪勢な料理がズラリと並んでいた。


「当家の宮美は冥王様にご迷惑をおかけしていませんか?」


当の宮美はその場にはおらず、都市外での任務で遠征中だ。


「彼女の聡明さと戦術にはとても助けられていますよ。」


路翔みちかけは問いかけ主の顔を見ることもなく、

静かにナイフとフォークを動かして食事を口に運んでいた。


「光栄でございます。」


男性がそう言って恐縮しながら路翔みちかけに頭を下げた。


「冥王様、そろそろ明星みょうじょう様を迎えるつもりはありませんの?」


一瞬動きが止まるも、路翔みちかけは口元を拭いて「えぇ」と答えた。


「金星に迎えられた者の負担は計り知れません。」

「まぁ、お優しい」


内装とは打って変わり、装飾のない簡素な服装をした女性が口元に手を当てて上品に微笑んだ。

合図に気づいたのか肩を縮めていた男性が「冥王様を招かせて頂いたのは・・・」と声を震わせながら話し始めた。


冥王様の明星みょうじょうに捧げたく・・・」

「以前にもお断りしているはずですが。」

「そ、そうなのですが、宮家は先祖代々続く名家ですので、やはり冥王様に相応しいかと」


怯えて話してはいるが、その態度と反する内容に思わず路翔みちかけは鼻で笑いそうになった。


「宮家はでしょう。」


路翔みちかけの言葉に木製の机が膨張して音が鳴り、それを合図に場が静まり返った。

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