第18話 路翔とルナ


エレベーターの扉が左右に開くと、心地よい風がルナの被っていたフードを脱がせた。

扉の向こうには暗い空を背景にチカチカと白や黄色や赤の光がまたたいていた。


「光がっ!すごいっ!!!」


思わず両手を空に掲げながらルナは無邪気にひらけた空間を走り出した。

屋上は飾り気もなく黒いタイルだけが綺麗に貼られているような場所だった。


「この建物は日本にあるどの建物よりも高い摩天楼まてんろうと云われてる。」

「どうしてそこまで高くする必要があったんですか?」

「コレだよ。」


ミチカケは胸ほどの高さの扶壁ふへきに寄りかかり空を指差した。


「この光は何?」

「・・・ステラ。」

「え?」


空を見上げながら伺っていたルナは、ミチカケの返答に思わず目を合わせた。


「ステラは星って意味だ。」


ステラの声がルナの中でまた響く、ステラの声だ。

−『ルナは僕が守る。』

ステラはどうして、守ろうとしてくれたのだろうか。


「この空に輝く光をステラと云うんだ。」

「・・・地上からは、見えないのに。どうして光ってるの。」

「見られなくても、ずっと光ってるんだ。空は。」


背伸びして扶壁ふへきの向こうを見下ろすと煙が空を覆い隠しているのが分かった。


「空はずっとここにある。」

「・・・昔、ステラに言われたんです。」

「・・・」

「光は、失われたわけじゃないって、希望はあるってずっと昔に。」

「ステラを見せたときに、お前は"喋らないのか"と聞いてたな。」

「・・・」

「自らをステラと名乗った、とも言っていた。」


ルナは小さく頷いた。


「お前が言うステラとは、何者なんだ。」


下唇の裏を、ルナは口内で強く噛み締めた。

今、目の前にいる人物が自分にとって、味方かどうか定かではない。

しかし疑念を抱くその人物は昔ステラが言った「希望」を見せてくれている。


「・・・私が知ってるステラの情報は、貴方にとって価値があるの?」

「・・・あぁ。」

「じゃあ・・・教える・・・そのかわりに。」


声が震えた、無知な自分が情けなかった。

本来敵であるだろう人物にこんなことを言うしかない自分が虚しかった。


「私に・・・世界の事と私自身のことについて教えてください。」


生温かい水滴が頬をつたった。

ミチカケが眉を寄せてしゃがみ込んだ。

視線が合わさり、ミチカケの手のひらがルナの頬を撫でた。


「俺の名前はミチカケ、路翔みちかけと書く。この世界をべる王の一人、この国の冥王だ。」

「・・・私の名前はルナ、どう書くかは分からないです。ステラには・・・私は星のかけらだ、と言われた事があります。」


路翔みちかけの目が見開いて小さく何か呟いた気がしたが

目の前にいて聞こえないということは、きっと何も声に出してなかったのだろう。

心地よい風が二人の髪を揺らした。


「お前を2億で買って悪かった。」

「なんで謝るんですか。」

「あの2億は後々お前を守る盾になる。そして、この金の首飾りも。」

「え、返しますよ。全然。」

「そういう意味で言ったんじゃない。」

「はぁ・・・」

「鼻水が出てる。」

「な、泣いたからっ」


ズビッと力強く鼻を啜るルナの姿を見て路翔みちかけがハハハッと眉を下げて笑った。

声を出して笑う事ができるのか、と人間味ある姿にルナは内心驚いた。


「王様は私と子を成すつもりなんですか。」

「意味をわかって言ってるのか。」

「私が子供をうっぶ」


路翔みちかけがルナの頬を思い切り引っ張った。

前も思ったがこの人は叱るときに頬をつねる癖でもあるのだろうか。


「馬鹿なこと言うな。」

「でも、多分そういう雰囲気で言われてましたよね。」

「俺は生涯誰とも婚約しないし、俺の子供を産ませるつもりもない。」

「なんでですか。コンヤクってなんですか。」

「・・・」


聞こえているのかいないのか、路翔みちかけは立ち上がって再び空を見上げた。


「ステラは人間か?」

「いえ、猫です。」

「猫は喋らないだろう。」

「猫型AIロボットです。」


「・・・なるほど。」


路翔は口元に手を置いて「そういうことか・・・」と呟いた。


「どういうことですか。」

「どこで出会った、親から受け取ったのか。」

「・・・いえ、ゴミ山の中で拾いました。」

「どの辺りだ。」

「・・・分かりません。」

「ゴミ山ということは、壊れていたのか。」

「ハイ、それで直してもらったんです。」

「・・・直してもらった?」

「・・・ステラに助けて、と言われたので。」

「親に直してもらったのか。」

「父も母もステラと出会った時には死んでます。」

「・・・」


気まずい空気が流れる。


「あの、王様には分からないかもしれないんですけど、人間っていうのは大体みんなグループ、あ、コミュニティをきずいて助け合って生きてるんですけど。」

「お前は俺を馬鹿にしてるのか。」

「それで、いくつかコミュニティに属していたことが私にもあって、初めに入った所で直してもらいました。」

「直せるほどの人物だったのか。」

「ハイ。」

「名前はわかるか。」

「えーと確か、ワトさんって言ってました。」

「ワト・・・?人間にしては珍しい名前だな。」

「多分・・・」

「なんで曖昧なんだ。」

「5歳の頃ですよ。」

「ワトとお前は何のコミュニティーに所属していたんだ。」

「コミュニティーの名前ですか?」

「あぁ」


「えっーと・・・確かNo.ナンバーっていうグループでした。」



路翔みちかけの顔が地上から見える灰色の雲に負けないくらいに曇った気がした。



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