第9話 牢屋での出来事②
牢屋や檻の外を見渡しているとルナが連れられてきた扉とは反対側
3段の小さな階段を登った先にもうひとつ扉があり、その前に立っている兵士と目があった。
兵士はぼんやりとルナを見つめていた。
指先が何やら動いていたので注視してみると
見覚えのある、ふたつに折られた身分証明書があった。
バレているのだ。
私があの兵士から色々奪ったことが。
ゾッとしてすぐに視線を逸らした。
奴隷になればどうなるのだろうかと色々考えがよぎった。
奴隷としてではなく盗人としてここに連れて来られた自分はどうなるのだろうか。
ブーツの爪先に丸められたサイズ合わせのための革手袋が頭をよぎる。
床に
「なぁ!何してんだ!」
「何・・・?え、あぁ・・・」
「馬鹿野郎!買い取ってからやれよな!そういうことはよ」
自分に対しての会話ではないことを強く祈った。
「お前を 買って 殺さずに ずっと 苦しめてやる。」
「見えるか!?」
「お前が殺したやつだよ!俺の元同僚でペアだったやつだ!」
知らぬ存ぜぬを一貫して祈っていたが耳を疑う言葉に起き上がる。
殺した・・・?誰が・・・誰を・・・
もちろん、ルナは殺人を犯したことはない。
いや、正確には
決意したことはあるけど、その決行を許さなかったのは
・・・今はそばにいないステラだ。
嫌な予感がした。
まさか、だって、ステラはAIのロボットだ。
ルナの否定に兵士は一瞬− 間を置いて 憤怒の叫びを上げた。
恐ろしかった。今まで血走った目でこちらを見ていた男の兵士は
ルナの解答に一瞬、間違いなく表情が無くなったのだ。
−「勤務中のはずだが。」
叫びを一瞬で沈めた声が、その場の空気を一瞬でズンと重くした。
ルナは自分の肺が床にでも付いたんじゃないかと思ってしまった。
それほど 空気が重苦しくなった。
体を起こしておくことができなかった。酸素がうまく入ってこない。
「冥王様に光を捧げます!」
− 冥王?
聞いたことのない祈りのような言葉。
「ルーメン」ではないのか。
いや、そもそもルーメンは光に捧げる祈りだ。
その光を 捧げられる存在が 目の前にきたのだろうか。
冥王が出したナニカは 自身に向けられたものだと覚悟したがそうではなかった。
レーザー銃の音とは違う、だけど、人がひとり 確実に死んでしまった。
床に倒れる兵士、赤色の血を見て ルナはすぐに感じた疑問に蓋を閉じた。
兵士とメイオウサマのやりとりは全く頭に入って来なかった。
自身より背がずっと高い兵士よりも冥王と呼ばれる人物の背は高かった。
辺りの埃や塵がまるでその冥王に反発して避けているように感じた。
自身の髪を引っ張られた痛みでゴポゴポと水に浸かったような
遠くの方で聞こえていた音がハッキリと聞こえ正気にさせた。
顎を軽く上げられ、冥王と目が合う。
くすんだ白髪、透けるその隙間から綺麗な瞳が見えた。
深い青色に不思議と弾けるような白色が混じっていた。白いまつ毛のせいだろうか。
髪の先を指先で触られた時、ルナはステラとの約束が頭をよぎった。
「− 絶対に」
「ドブネズミ」と兵士に蔑む呼び方をされ
髪を手綱のように操られた痛みで思わず抵抗しようとした瞬間
冥王が兵士の手首を掴んだ。ハッとして顔を上げるが冥王はルナを見ていない。
「2億で買う」
2億とは、どれほどのお金の量か ルナはわからなかったが
困惑した様子の兵士を見てその金額は「ドブネズミ」には見合わない金額なのだと悟った。
思い切り体が持ち上がる。
重たい空気のせいで、足に力が入らなかったのに
冥王に手首を掴まれ、起き上がらされた瞬間
一瞬、宙に浮いたような 薄い紙一枚になったかのような感覚になった。
檻の世界を出る直前に、ルナは後ろを振り返った。
息絶えた兵士。
アタッシュケースを抱えてこちらを呆然と見る兵士。
俯く人々、こちらを恨めしそうに見つめる人々。
− 照子
扉が閉まる直前 こちらを見る照子と目を合わせることができた。
これから自身がどうなるか分からない不安で押し潰されそうだった。
照子は 無表情でこちらを見つめていた。
檻の扉が閉まる。
白く広い空間、高い天井、無数の窓、机
真剣な声、楽しそうな声、明るい空間。
行き交う人 人 人 人 人 人 人 人・・・
振り向くと 人の波で扉はもう見えなかった。
誰もがこちらを見て
「冥王様に光を捧げます。」 とお辞儀する。
その言葉に反応することもなく颯爽と人の波を割って歩いていく。
「あの」
ルナの言葉も 冥王は反応しなかった。
唇を噛み締め もう一度振り返る。
ルナの視界にはもう
白く明るい世界で行き交う人々しか映らなかった。
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