第7話 冥王様


元同僚が昨晩殉職じゅんしょくした。

今夜通夜に行く予定だ。


訃報ふほうを聞いたのは今朝の話。

昨晩は仕事終わりに行きつけのBARバーで同僚たちと呑んだくれていた。


馬鹿にみたいに笑って

馬鹿みたいに高い音を鳴らして酒を酌み交わしている時


アイツは既に死んでいた。


・・・のだろうか?

どうか、壮大な冗談であってほしい。

実際、まだ遺体は目にしていないのだから、可能性はある。


うめき声とひとり言が耳に水でも入ったみたいにこもって聞こえた。

嗅覚は家に忘れてきたのか、全く気にならず、いつもより快適に過ごせた。


左手に持ったふたつに折れた身分証明書を

反転折りを繰り返して労働の時が過ぎるのを待った。


そういえば、アイツは冗談もあまり通じないような面白くないやつだった。

風でひるがえそうとしても、アイツは動かなかったし、断固として乾かなかった。

ずっと湿ってて、絞られて、そのまま乾いたタオルみたいなやつだった。


の くせに アイツには立派な奥さんがいた。

声がとにかく静かで、そして心地よかった。

ついでに顔もスタイルも良かった。


一緒にペアを組んでいた頃は深夜の仕事終わり

アイツの自宅にそのままお邪魔して酒を酌み交わしたこともあったっけな。


「・・・い、おい、なぁ! 何してんだ!」


隣に立っていたペアに腕を掴まれた。


「何・・・?え、あぁ」


目下に怯えた様子の汚い風貌ふうぼうの人間たちが見えた。

いつの間にかおりの向こうに銃口を向けていたようだった。


「馬鹿野郎!買い取ってからやれよな!はよ・・・」


的確な言葉に力無く笑って「確かにな」と返す。

銃口を向けられていたは床に伏せってうずくま

ではない様子だった。


右手で柵を掴んで力強く揺する。

傍にいた奴隷たちはネズミのように隅の方へけた。

空気を読んだようにの周りだけ空間が開いた。


「なぁ、おい、お前のこと、買ってやるからな?」

「おい、聞こえてんのか?ドブネズミ!くっせぇよなお前ら本当」

「お前を 買って 殺さずに ずっと 苦しめてやる。」


眼球が飛び出るくらいに目を見開いて檻の向こうのソイツを罵倒ばとうした。


「分かったから」とさとすように背中を叩いて檻から引き剥がそうした同僚を振り払う。


「見えるか!?」


檻の中に腕を突っ込み、ふたつに折れた身分証明書を突き立てる。


「お前が殺したやつだよ! 俺の元同僚でペアだったやつだ!」


うずくまっていたソイツはようやくピクリと反応して起き上がりこちらに顔を向けた。


「こ、殺し・・・?」

「こ、コロシ・・・てない。し、しら、知らな、い。」


動揺した様子のに胃液が出そうな感覚がした。


「お前が殺したんだろうがぁ!!!!!!!!!!!!」


檻を激しく揺らすと奴隷たちが悲鳴を上げた。



−「勤務中のはずだが。」



その一言で 場が静まり返る。

空間をいましめるような、全身を押さえつけられたような感覚。

檻の中に身分証明書が小さな音を立てて落ちた。


に光を捧げます!」


覚醒した同僚が頭を下げる。


「め、冥王様に光を捧げます。」


慌ててそれに続いた。

この国の最高権力者である

ここまで間近にしたのは初めてのことだった。


「奴隷を買いに来た。」


同僚の喉から聞いたことのない高い音が漏れた。

気管に唾でも入ったのか袖で口元を押さえて咽せる同僚を他所よそに思考をフル回転させる。


「お、恐れながら、冥王。こちらは最低ランクで価格も価値も低い者ばかりでして」

「冥王様には最高ランクの奴隷を・・・」


言葉をかき消すようにせる同僚に向かって冥王が何かを向けた。


ドンッ・・・ と重たいもの同士がぶつかった様な音が鳴る。

同僚が後ろに向かって直立したまま床に倒れた。

ドクドクとひたいからが流れている。


急いで冥王に視線を戻す。

見たことのない形の武器を手に持っていた。


「な、なぜ・・・」

「ネズミだった。片付けておけ、奥の人間を近くで見たい。寄せろ。」

「ネズミ・・・?」

「・・・勤務中のはずだろう。」

「あ、は、ハイッ」


兵士が一人目の前で殺されたこともあり、

奴隷たちは誰一人として口を開かずその場を動かなかった。


檻の鍵を開けてうずくまっていたドブネズミの

泥で固まった髪を掴み、引きりながら檻から出した。


「今朝、捕まえまして。」

「そのぉ、大変汚いですし、冥王様の」


眉をしかめて話す自分と冥王の目が合った。

シルバーの長髪、透ける前髪から青と白で瞬くような眼が見えた。

おおよそ「人間」には見えなかった。

そして口では何も言わないが「黙れ」と言われているようだった。


「・・・申し訳ございません。」


冥王はドブネズミの顎を勇敢にも掴んで軽く持ち上げ、左右に振った。

次に泥で固まった真っ黒な髪の先を手に取り、数回指先で触ったあとに顎から手を離す。


「コイツを買う。」

「エ?????? あ、ソウデスカ。」

「・・・」

「ア、えート、アノ。そウデすね、書類ヲ、・・・でスね。」


ドブネズミを引きりながら、書類を取りに行こうとすると腕を掴まれた。

「え」と振り返る頃には胸に、やけに重みのあるアタッシュケースを押し付けられていた。


「2億で買う」

「ニィ??????」


ありえない角度に首が曲がる。

金の価値観が終わっているのか。


「1億がコイツの値段で、もう1億はだ。」

「あ、ソウデスカ・・・」

「お前、俺の言っていることを理解しているのか。」


アタッシュケースの中身を確認するなんて出来なかった。

冥王から目を逸らした瞬間、殺されるかもしれない。

この重みが金の重みであるのなら、本当に2億渡されたのだ。


そもそもの話、今管理を任されている最低ランクのこの檻の奴隷たちは

無料タダから30万程度で買える最安値のやつらだ。

それに2億出すと言っているのだ、価値観を間違えているようにしか思えない。

だが、ここで「お金の価値観違いますよね。」など言ってしまうと

それが自分の遺言にでもなるかもしれない。


目が回るくらいに考え込んでいると、今度は自分に同僚と同じものが向けられた。


「ヘ・・・」

「何も言うな。」

「あ、いやでも、1億で買われたことは言わないと」

「偽造しろ。そう、お前の上司に伝えろ。」

「は、ハァ、あの では 誰に言わなければ・・・」


。」


「ルクス教にですか?まさか」


顔色ひとつ変わらず命令してくる王に戸惑いを隠せなかった。

口元を指で隠して思考をめぐらせた。


そもそも、ルクス教団と冥王はそれぞれこの国での役割が違う。

教団がこの国を主に運営しており、冥王様はこの国の象徴なのだ。

つまり、この奴隷たちを最終的に管理しているのはルクス教団。


冥王は そのルクス教団に奴隷を買われたことを隠蔽しろと言っている。


「・・・上司に伝えておけばいいんでしょうか。」

「そうするといい。」


武器が下げられ、胸を撫で下ろす。


「今夜は通夜らしいな。」

「は・・・?」


ドブネズミの手首を掴んで無理やり立ち上がらせながら冥王は言った。


「その1億で供花くげでも買えばいい。」


冥王は涼しげにそう言ってこの場を去って行った。


怯えた奴隷たちと息を引き取った同僚と重たいアタッシュケースが残った。


「価値観ちげぇ・・・」


思わず声が漏れた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る