第34話 妖刀と夢の跡 2
ひとまず、灯媛を避難させることになった。
なにしろ彼女は生まれたばかりで戦闘力がゼロだから、万が一にでも襲われたらひとたまりもない。
しばらくは健介の家で過ごさせるしかないだろう。
本人はむっちゃ喜んでたけどね!
そしてこの機会だから、健介の母親にも事情を知ってもらった方が良い。
あかやしとの関係ができてしまった以上、同居している家族は知らぬ存ぜぬってわけにはいかないんだよね。
私みたいに一人暮らしだったらごまかす方法はいくらでもあるけどさ。
「けど、左院くんを一人にするのも危ない。紫、頼んだぞ」
「あいあいさー」
牛鬼モードの紫が、おどけた仕草で敬礼する。
最も戦闘力の高い形態だ。
ウシぬいでは、さすがに護衛にならない。
「けどさ? 私まで狙われるかな? 犯人の狙いはあやかしなんだよね?」
事務用椅子をきこきこ動かしながら、私は首をかしげる。
こう見えて、ただの人間なんですよ。
「いやいや、マナは完全にこっち側さ。一般人で押し通すには、あやかしの知り合いが多すぎるよ」
紫が言い、丹籐寺が大きく頷いた。
一番に狙われるのがあやかしだとしても、私はその次くらいに危ないらしい。
丹籐寺より危ないくらいなんだって。
不本意だねー。
調停者なんて、あきらかにパンピーじゃないのにねー。
「けど、あやかしの味方じゃない。左院くんはあきらかにあやかしの味方だから」
重々しく言う丹籐寺。
判定ラインはそこってことかぁ。
特殊な力を持っているか否かではなくて、妖怪の味方かどうか。
「でも、なんでそこまであやかしを殺そうとするんだろう?」
「それは本人に訊くしかねえな。動いたぞ」
首をかしげる私に、熊吉親分が視線を向けた。
いまのいままで、誰かと電話していたのである。
丹籐寺と紫、そして私が席を立った。
「若松緑地公園だ」
事務所から歩いて十分くらい。八幡通沿いにある函館市総合福祉センターに隣接した公園だ。
ただ、ある一定の層にとっては違う言い方の方がわかりやすいだろう。
箱館戦争を語るとき、まず欠かせないのは土方歳三だ。
蝦夷島政府総裁の
新撰組の鬼の副長として勇名と悪名をはせ、一貫して明治新政府に対して膝を折らず、戦い続けて戦い続けて、乱戦の中で命を落とした。
その生き様と死に様は多くの人に愛され、函館では毎年、土方歳三コンテストが執り行われている。
全国津々浦々から土方愛に溢れたイケメンや美女たちが集い、土方に扮してラストシーンを演じるのだ。
「所長、出てみない?」
「出ないよ?」
写真に残ってる土方もイケメンだったけど、うちの所長も負けてない。
いや、むしろ勝ってる。
「七ゲーム差か八ゲーム差くらいで」
「マナはなんの試合をやってるんだい?」
歩きながら飛ばした私の冗談に紫が笑う。こいつは土方って感じじゃないな。細すぎるもん。
こっちは箱館戦争の前に死んでるから、出番がないけどねー。
ともあれ、土方が死んだとされる場所は市内に何カ所かある。
死体が見つかっていないから特定できないのだ。
だからこそ異世界に渡っていたり、網走監獄に繋がれていたり、いろんな作品のネタに使われるんだけどね。
で、いま向かっているのが、土方が死んだとされている場所のひとつで、一本木関門の跡地ね。
ここで最後の防戦指揮を執っていたらしい。
「ただ、それも微妙ではあるんだけどな」
「そうなの? 所長」
「前に行った四稜郭と同じでな。一本木関門はそこまで重要な拠点じゃない。たしかにここが陥落したら弁天台場が孤立するんだが……」
軽く首を振る丹籐寺。
函館港はもうすでに死に体で死守しても意味がない。時間経過とともに状況は悪くなる一方だから、とっとと戦線を縮小して五稜郭に戻るべきだ。
そして残存戦力を糾合して、敵陣どこかを一点突破し、明治政府軍参謀の
分の良い賭けではないが、一発逆転にはそのくらいの奇策が必要になる。
「その程度のことを、土方ほどの用兵巧者が判らないとは思えないんだ」
ふうと肩をすくめたりして。
すごい。
「なにを言ってるのかさっぱり判らなかったよ」
「素人の女性にぺらっぺらと軍略を語るからモテないんだって、丹籐寺は死ぬまでに気づけばいいねぇ」
紫も呆れ顔ですよ。
まったくですよ。私も函館の女のたしなみとして、多少は箱館戦争の知識があるけど、戦略だの戦術だの判るわけがない。
「うぐぐぐぐ……」
「遊んでる場合じゃねえぜ、丹の字。そろそろ見えてきた」
悔しがってる丹籐寺の肩を、ぽんと熊吉親分が叩いた。
そういえばこの人の名前の由来も、箱館戦争のときの人物じゃなかったかな。
月明かりが照らす小さな公園。
一つの影がたたずんでいる。
なんだか、ドラキュラのときと似たようなシチュエーションだ。
違うのは、その足下に若い女性が転がって呻吟していることだろう。
「
思わず声を上げてしまう。
熊吉親分の配下の
たぶん今回も、熊吉親分の指示で犯人が現れそうな場所を探っていたのだろう。
「クソきたねえ足をどけろ。人間」
飛びだそうとする私を、前に腕を広げて止めた親分がドスのきいた声を放った。
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