重くたって水着を着たい!(3)

「真白さん、もうちょっとです! さあ!」


 修一さんの声を聞きながら、私は必死に全身の力を振り絞り、プールの水をかき分けました。

 水が……苦しい。

 腕が痛い……


 でも、頑張るのです真白。

 愛する人の喜ぶ顔が見たいのでしょう?

 愛する方のために生きて……死す。

 これこそが女子の本……懐……


 力尽きそうになって沈みそうになった私の腕を、修一さんの手が力強く掴むのを感じました。

 ああ……

 顔を上げるとそこには優しく微笑む修一さんのお顔が。


「よく頑張りましたね、真白さん。よく……ここまで」


「修一さん……私……やりました」


 そう言いながら、私は感激で潤む瞳を修一さんに……って、はへ?

 私は……一体、何を?


 ハッと我に返った私は、目の前の修一さんのお顔をポカンと見ました。

 えっと……私はなぜ、こんなに無我夢中で泳ぎの特訓を?


「えっと……どうしました、真白さん?」


「い、いえ……大丈夫……です。へへ……」


 そう言いながら、私は修一さんと二人っきりになって以降を思い返しました。


 ●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇


 加奈子さんと緻密にくみ上げたプランA。

 泳げない私はそれをフル活用し、修一さんに


「修一さん。私、泳げないの……教えて欲しいな♪」


 と甘えて、庇護欲を刺激すると共に、さりげなく密着する!

 そして、加奈子さんと立てた目標。


「帰りまでに一回手を繋ぐ!」


 この水をも漏らさぬプランを達成すべく、私は昴と加奈子さんと別れた直後、早速修一さんに言ったのです。


「しゅ……修一ひゃん……私……お、泳げ、およげ……ない……教えてくらひゃ……あ痛たた」


 いけません、緊張のあまり舌を思いっきり噛んでしまったではありませんか。

 いたた……


「大丈夫ですか。舌……噛みました?」


「ら……らいじょうぶ、れしゅ……」


「そっか……真白さん、泳げなかったんですね。任せて下さい。僕、地元が海の近くだったんで、叔父から泳ぎはみっちり習いましたから。お任せ下さい」


 おおお。

 天国のお婆様……神様は真白に味方して下さいました。


「じゃあ……お願いします」


 ペコリと頭を下げた私は、修一さんと共にいざプランA。

 そして……本日の最終ミッションである「修一さんと手を繋ぐ!」

 これを何としても実践するのです……


 私たちはまがりなりにも交際したてのカップル。

 街を見ると、腕を組んでいたり彼氏に密着してたり、何か食べさせて頂いてたり。

 カップルのお作法としては、ああいう物なのでしょう。

 であれば、私も修一さんの彼女として何としてもそこを目指したいところ。


 そして願わくば明日以降のミッション「交換日記をする」に繋げるのです!


 ●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇


 ……の、はずだったのですが修一さん、私を連れて25メートルのプールに向かい、そこからはひたすら水に顔を浸ける、に始まりクロールの動きの練習から、実際に5メートルを泳ぐ特訓に。


 しかも!

 特訓中の修一さんは……ああ、なんとお厳しい……はわわ。

 まさにコーチと選手。


 そして、何とか5メートル泳げるようになった今。

 特訓開始後初めて見る笑顔に、私は思わず胸が……ときめく。

 はああ……いつもお優しい修一さんの、厳しいお顔も……いいかも。

 えへへ……真白、新しい扉開いてしまいそうです。


「じゃあ、休憩したら次は10メートルのクロールを目指しましょうか。今日中に10メートルの動きを身体に染み込ませましょう」


「はい!」


 ……あれ?

 って、いけません!

「はい!」じゃないのですよ、真白!


 ここには……イチャつきに来たのですよ!

 それを叶えるために、このような自害も考えるようなはしたない水着を着ているのです。

 うう……なぜ、男性方の視線がやたらと。


「えっと……修一さん。私、そろそろ……疲れたかも」


 えっと……次のセリフは……


「あ、甘い物でも……一緒に」


「あ、いいですね。じゃあ練習はこのくらいにして、何か食べましょうか」


 おお……ふふふ……やりましたよ、加奈子さん。

 私たちの本懐まであとわずか。

 この近くに例の屋台があるのはリサーチ済み。

 そこであの切り札を。


 近くのベンチに修一さんを案内すると、私はいそいそとスマホを見ながら目当てのスイーツの屋台に向かいました。


 そう。

 私と加奈子さんの切り札。


「カップルドリンク。カップルストローハート型付き」


 赤くて甘々なストロベリージュースにハート型のチョコ。

 そして……ハート型のストローを双方使用した際に、お互いの顔を認識する距離は……まさに甘い桃源郷のごとし。


 こ、こ、これ……これでしゅ。

 これなら……いける。

 さあ、落ち着いて注文を。


 店員さんの前に立った私は、周囲を見回しながら小声でそっと店員さんに


「あ、あ、あ……あの、その……カ、カップ、カップ」


「……はい?」


 笑顔を絶やさずご対応下さる店員さん。


「カップル……カップ……えっと、その……」


「えっと……大丈夫ですよ、お客様。落ち着いてゆっくりご注文下さい」


 ああ……何たる天使の様なお方。

 が、頑張らないと!

 私は何度も深呼吸して、注文に挑み直します。


「えっと……その。それ……カップ……カップ……痛い!」


 突然後頭部にペチン、と叩かれた様な刺激が伝わった後、聞き覚えのある男性の声が。


「カップルドリンク一つ。カップルストローハート型付きで、って言いたいみたいです。なんで、それでお願いします」


 へ?

 驚いて横を見ると、そこには……これはこれは。

 昴と加奈子さんが立って居るではありませんか!

 そして昴は憮然と。

 加奈子さんは苦笑いをそれぞれ浮かべています。


「あれえ? 二人もこっち来てたんだ! わあ、偶然だね」


「まあな。来て良かったよ。お前一人のせいで……後ろ見てみ?」


 ハッと見てみると、そこには何とも大行列が……


「はああ……このお店、凄い人気なんだね……」


「お前のせいだよスカタン! ドリンク一つ頼むのにどんだけ時間かけてんだ!」


 そう言いながら、店員さんの出して下さったドリンクを受け取ると、私に向かってズイと突き出しました。


「ありがとね、昴。この恩は忘れないよ。お礼に、帰ったらこの前ヨミカキ様の企画で当たった、ヨムハムって言うハムスターのストラップあげるよ」


「いらねえよ。それよりとっとと列から離れて、修一さんのとこに行け」


「そうそう。後、そのハートチョコは両方をお互い咥えてから、パキって割って食べるんだからね。ファイト、真白」


 そう言ってニッコリと笑う加奈子さんの笑顔が……眩しい。

 そう!

 二人がこの屋台に来てると言うことは……はああ……二人にいよいよ春が!


「昴、加奈子さん。姉として、親友として。二人の末永い……」


「だからとっとと列離れろ! 邪魔だ!」


 ●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇


 二人と別れた後、私は修一さんの所に向かいました。

 カップルドリンク、カップルストローハート型を宝物のように抱えて。


「あ……これ、よろしければ……」


 そう言いながらテーブルに置いた私は、顔が熱くなりすぎてフラフラしています。


 ああ……心臓が破裂しそうです。

 倒れてしまいそう。

 下品とか……はしたないと思われたら、どうしましょう。


 泣きそうになりながら顔を上げた私は……

 え?


 なんと、これはこれは……


 修一さんもお顔を真っ赤にして、戸惑っているではありませんか。

 そして……そっとストローをお取りになって「じゃあ……一緒に……」と!


「い、いいの……ですか?」


「はい。僕で良ければ……って恥ずかしいですね。嫌じゃ無いですか? 僕とじゃ」


「そ……そんな! これは修一さんと私のために……修一さんとイチャつく! って言うミッションの……あ」


「え……イチャ……つく」


 えっと……

 私は自分の顔が引きつるのが分かりました。

 言っちゃった……

 どうしましょう……


「あの……嬉しいです。そう言ってもらって……あの、大丈夫ですよ。真白さんさえ良ければ、いつでも……僕は」


「へえ!? それは……じゃあ、手を……手を……握るとか!」


「僕もそうしたいです。後で……いいですか?」


 はああ……ここは天上の世界ですか。

 まさに地上に落ちた最後の楽園。


 やりました……やりましたよ、加奈子さん!

 私たちの本懐は叶ったのです!


 うふふ……では、最後の一押しとして、加奈子さんとの計画には無かったけど、昨夜フッと浮かんだ、真白オリジナルの作戦!

 この最後の一押しで修一さんと私の仲は……完璧です。


 えっと……このポーチに……っと。

 あったあった。


「あの……修一さん。では……次に目をつぶって頂いても……よろしいですか?」


「え? あ……はい」


 修一さんは顔をさらに真っ赤にすると、急いで目を閉じました。

 私は防水ポーチに入れていた物……二つのネックレスを、一つは自分に。

 もう一つを、そっと修一さんの首にかけました。


「目を開けて下さい」


「あ、これ……ネックレス。ボトル型ですね」


 そう。

 ペンダントトップが青い香水のボトルのような形になっている、私のお気に入り。


「はい。この形と色はずっと一番好きで。だから……愛する方と一緒に、お揃いで着けたかったのです」


「……嬉しいな。有り難うございます。真白さんから初めてのプレゼントだ。大切にしますよ」


「ふふっ、私だと思ってぜひお願いします。これで私とお婆様は修一さんがどこにいても見守っております故」


「……へ? お婆様?」


「はい。そのペンダントトップは中が空洞なのです。だから、お互いのペンダントトップの中にはお婆様の遺骨の欠片を入れてあります。それゆえ、私とお婆様二人の思いがこもって……はへ? 修一さん、お顔の色が優れないですが……何かあったのですか? お顔も引きつっておられて」


「い、いや……はは……嬉しい……な。ありがと、ございます……」


「良かった! 気に入って下さって! 肌身離さず着けて頂けると幸せです。私もお風呂でも寝るときでも着けておりますので。あ、良かったら修一さんの髪の毛の先も切らせて頂ければと。それも私のペンダントに入れておきたくて……」


「あ……えっと……それは、また今度……」


 はて?

 修一さん、ますますお顔の色が悪く……

 心配ですね。

 何かあったのでしょうか。


 そうそう!

 この真白オリジナルの作戦。

 後で昴と加奈子さんにも報告しましょう。


 二人ともビックリして喜ぶでしょうね……ふふっ。

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