【ギルド編】
第15話 ギルド
王国民は、王の加護の下にある。
王国憲章を元に規定された数多くの法、令を遵守することで、その身は、集落は、街は、国の温情を受けるのである。王国騎士団や王国兵による警備や検挙も、それに付随される。
しかしながら、その加護を拒絶する者達もいた。
国に護られるということは、国に縛られるということ。税の徴収や活動の制限など、一定の不自由を強いられるということ。
当然と言うべきか、その体制から逸脱したいと考えた者達は一定数存在した。
彼らはコミュニティを形成した。
国を頼らず、人を選ばず、自らのことは自らの力だけで成すという強い決意の上、国からの干渉を受けない、彼らだけの組織を作った。
それが、ギルドである。
彼らは国の最西端に拠点を作った。
そこは隣国に程近く、王国も大きな動きを見せにくい場所であった。
自由極まるギルドは人を呼び、拡大し、いつしか国に並ぶ程の勢力を得ていった。
王国の前王は、これを良しとしなかった。
度重なる勧告を発布し、王国に伏すよう迫った。
無論そのような勧告など暖炉に焚べられ、王国とギルドの緊張は、一時開戦間近まで高まっていた。
それを解消したのが、現王たるジークフリード・グランセリス・ヴェルハイムである。
彼はその豪腕で電撃的に王――つまりは実父を失墜させ、新たな王となった。
そして彼が王となり、真っ先に向かったのは、驚くべきことにギルドの街であった。
敵陣とも言える場所であるにも関わらず、彼は一名の従者だけを連れ、ギルドマスターの前に立った。
そして彼は、尊大極まる口調で宣言した。
「面白い。好きにしろ。ギルドが何をしようが俺は知らん。だが、俺に牙を向けるのは許さん。心得ておけ」
かくして、王によりギルドの自治権は認められる。
ギルド自治区、ウルベリタス誕生の瞬間であった。
◆
ウルベリタスの街は、昼夜を問わず賑やかで、まるで生き物のように脈動している街だった。
その中心にはギルドの拠点がそびえ立ち、その周りに、喧騒と混沌に満ちた市場や酒場、鍛冶屋が立ち並ぶ商業区が広がっている。
街の空気は常に熱気を帯び、何かが起こるのではないかと感じさせるほど緊張感がある。
昼間はもちろん賑やかだが、夜になるとその賑わいは一層激しくなる。
通りには酒の匂いと煙草の煙が漂い、酔っ払った商人たちが大声でやり取りを繰り広げ、何やら言い争う声が絶え間なく響いていた。
その日の夜、街明かりも届かぬ裏路地では、また新たな死体が発見されていた。
その死体は、顔面を上に向けたまま、肉体は壁際に寄りかかるように座していた。
眼窩は見開かれ、そこに浮かぶ恐怖の色は、生前最後に見た光景の凄惨さを物語る。
特徴的なのは、その胸部。
そこには大きな穴が空いており、まるで食われたかのように、心臓が抉り取られていた。
現場に立ち尽くすのは、ギルド調査団のセリスとイーシェ。
だが二人とも、これが初めてではないことを知っていた。
「またかよ……これで八人目だぜ」
セリスは苛立ちを隠そうともせず、死体から顔を背けて吐き捨てる。
片やイーシェは死体の前にしゃがみ込み、指先で胸の傷をそっとなぞった。
「また心臓……心臓ばっかり集めて、儀式でもやるつもりかしら?」
「知るかよ。どっちみち正気の沙汰とは思えないぜ」
「いずれにせよ、早く解決しないと。これ以上犠牲者が出ると、いよいよ王国側も動き出しかねない」
「つっても、手がかりなし。完全に手詰まりだな……」
セリスは腕を組んだまま、空を仰いだ。
「……それで? ゼルディアさんは?」
「マスターなら助っ人を呼びに行くって言ってた。知り合いを連れてくるみたい」
「知り合い? 誰だよ」
「さあ。マスターの人脈は広いし……でも何か、とんでもない人を呼びそうな気がするけど……」
「とんでもない人ねぇ……」
フゥゥ……と、セリスは深く息を吐き出した。
「……あの人のことだ。ドラゴンを連れてきても驚かねえよ」
「…………」
それは言い過ぎ……とも言えないイーシェであった。
◆
王国辺境、ウォレス領、領主の屋敷。
モルス大森林から戻り二週間が経過した頃、屋敷には、またもや客人が来ていた。
「ガハハハ! ずいぶんと立派なところに住んでるじゃねえか! 羨ましいなあ、ヨハン!」
「そ、そうですね……」
ヨハンは眉を引き攣らせながら、応接間のソファに座っていた。
そして彼の目の前で豪快に大笑いするのは、隻眼の大男だった。
赤黒い皮膚に、片目を覆う眼帯。分厚い腕は鋼のように膨れ上がり、背には巨大な大剣を背負っていた。
その異様な風貌に、同席していたアウメリアは紅茶を入れるダンゴに小声で尋ねた。
「ねえダンゴ、この人は?」
「ギルド所属の、ゼルディア様でございます」
「ギルドのゼルディアって……まさか、隻灼のゼルビア!?」
アウメリアは思わず立ち上がる。
「左様でございます」
「…………」
アウメリアは言葉を失い、改めて大男を見た。
彼女が驚いた理由は、彼の肩書にある。
ギルドはその巨大さから、運営を司る中心人物が複数名存在する。
彼らはギルドメンバーの意を汲み、運営指針を立て、時に王国へギルドの総意として意見を述べる。
そして今、ウォレス領を訪れている大男。
ギルド自治区が誇る四人のギルドマスターの一人、隻灼のゼルディア・ゼルベリオスである。
ゼルディアはヨハンを見ながら、満足そうに腕を組んだ。
「しかし、ヨハン。お前も随分と変わったなぁ。丸くなった……とは違うな。やるべきことを見定めた――そんな感じだ」
「買い被り過ぎですよ。あくまでも生活のために今の仕事をしているだけですから」
「ガハハハ! そういう返しをするところが、昔とは違うって言ってんだよ! “学校のケルベロス”って言われてた頃が懐かしいなぁ!」
ピシッ、と。
ヨハンはティーカップを片手に固まる。
「……ケルベロス?」
アウメリアである。
ギルドの重鎮を前に積もった緊張は、瞬く間に好奇心で上書きされていた。
「ヨハンの士官学校時代の渾名だよ! 誰にでも噛み付く! 誰にでも吠える! 全方位に敵対心を見せて、頭一個じゃ全然足りねぇ! だから、ケルベロスだ!」
「ちょぉぉっと教官。そろそろその辺でやめてくれません?」
またもアウメリアは反応する。
「教官?」
「ゼルディア様のことですよ。ゼルディア様は、ヨハン様の士官学校時代に武芸の外部教官をされておりましたので」
ダンゴからの補足説明を受けたアウメリアは「ふーん……」と呟くと、凶悪にほくそ笑んだ。
「マスター・ゼルディア、ヨハンについて他に面白い話はないの?」
「おう! たくさんあるぜ! こいつ、入学したその日によぉ!」
「待って待って待って! 用件! 何か僕に用件があったんでしょ!?」
ヨハンは慌てて話題を逸らし、ゼルディアはまたも「ガハハハ!」と豪快に笑う。
続けてパァンっと片膝を叩くと、ヨハン達に切り出した。
「最初はヨハンだけのつもりだったが、そこの嬢ちゃん、中々の気骨じゃねえか! 気に入ったぜ!」
「それはどうも」
「じゃあ俺からの依頼だ! これは、ギルドの総意と捉えて構わねぇぜ!」
ギルドの総意――その言葉に、ヨハンとアウメリアはわずかばかりに緊張する。
そして、ゼルディアは本題を告げた。
「ヨハン! それと嬢ちゃん! 説明は後からするが……とりあえず、ギルドに入ってくれねえか?」
「…………はい?」
ヨハンとアウメリアは、綺麗にハモって疑問符を浮かべていた。
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