第8話 霧喰(前編)





 数日後……ガラガラと音を立てながら獣道を進んできた一台の馬車が、その村に到着した。

 そこはモルス大森林から一番近くにある村、シルワプルス。

 便宜上村と表現したが、実際のところは集落に近い。民家は数えるほどしかなく、至る所に田畑が広がり自給自足の生活をしている。

 とは言え、森に派遣される兵が立ち寄ることから、宿屋と酒屋は数軒建てられていた。

 馬車は村の中央付近で止まる。

 そしてキャビンの扉は開かれ、ヨハンとエリスは降車する。ヨハンは大きく体を伸ばし、爽やかな空気を吸い込んだ。


「やっと着いたかぁ。久しぶりの馬車は、やっぱり疲れるね」


「そ、そうだな……」


 エリスは適当に返事をしつつ、チラチラと馬車に視線を送る。ヨハンは彼女の視線に気付き、素朴な表情で尋ねた。


「エリス? どうかした?」


「いや、私がどうという話ではなくて……」


 エリスが口ごもった頃、キャビンからは、残る一人が降車する。アウメリアである。

 胸を張り、真っ赤なドレスを靡かせながら優雅に降りるその姿は、まさしく貴族令嬢であった。

 そう、ドレス姿なのである。

 辺鄙な村のど真ん中に、まるで風景にそぐわない格好のアウメリアが降り立ったのだった。

 ざわつく村人。気にもしないヨハン。腕を組み仏頂面のアウメリア。

 長閑な村に降臨した混沌に、エリスは頭を抱えながら素朴な疑問をぶつけた。


「アウメリア嬢、何度も言っているが、これは魔物の討伐任務なんだぞ。不満なのは察するが、その衣装、何とかならなかったのか?」


「あら、陛下からの勅命に服装の指定はなかったはずよ? 勅命には従うわ。でも、何を着ようが私の勝手よ」


 もはや意地になっているのが傍から見て取れた。


「ヨハン、お前からも言ってやってくれないか。危険な任務だと言うのに……」


「アウメリアさん、森では決して一人にならず、必ず僕かエリスの近くにいてくださいね」


 アウメリアは「わかってるわよ」とぶっきらぼうに返事をする。

 二人のやりとりに、エリスは更に頭を抱えた。


「ヨハン、そうじゃない。もっとこう、根本的な問題をだな……」


「エリスの言いたいことはわかるけど、根本的なことを言うなら、アウメリアさんが編成されたこと自体そもそもあり得ないからね」


「それは、そうだが……」


「下手に機嫌を損ねて単独行動でもされたんじゃ、それこそ面倒だと思うよ。それにああ見えて、アウメリアさんってガッツあるから大丈夫」


「ガッツとかそういう問題では……はぁ、もういい」


 エリスは、諸々諦めることにした。


「――ねえねえ」


 ふと、アウメリアは足元から声が聞こえたことに気付く。

 彼女が視線を送ると、そこには小さな少女がいた。茶色の三つ編みに、歳はせいぜい五歳前後程だろう。

 少女はキラキラとした瞳をアウメリアに向けており、無視もしにくく、アウメリアはため息混じりに声を掛ける。


「……何か用? 言っておくけど、本来私は、あなたなんかが気安く話しかけていい相手じゃ――」


「お姉ちゃん、お姫様?」


「…………」


 アウメリアは話をぶつ切りにされ、眉をややひそめる。

 しかしながら、幼い子供相手に怒りをぶつけては貴族の名折れ。

 やむなく、アウメリアはしゃがみ込んで、少女に目線を合わせた。

 

「お姫様? 私が?」


「うん! だってお姉ちゃん、すっごく綺麗だし! 服もカッコいいし! わたし大きくなったら、お姉ちゃんみたいな綺麗なお姉ちゃんになりたい!」


 純粋無垢なベタ褒めに、アウメリアは満更でもない気分になる。


「……あなた、中々見る目があるわね。名前は?」


「リラ!」


「ではリラ。覚えておきなさい…。例え大きくなっても、あなたはあなた以外にはなれないの。だからこそ、自分を磨きなさい。研鑽を重ねなさい。そして自分を誇りなさい。そうすれば、いつの日か必ず、あなたは美しい一人の淑女になれるわ。わかった?」


「よくわかんないけど……わかった!」


「うん、いい返事ね」


 そんな二人を見ていたヨハンとエリスだったが、視線を向けることなく、エリスは小声をヨハンに送る。


「……なぜアウメリア嬢が討伐部隊に編成されたと思う?」


 少し、ヨハンは思考を巡らせた。


「……それは、わからないな。それこそ、王のみぞ知るってやつじゃないの?」


「もしや陛下は、アウメリア嬢を危険な任務に派遣させ事故として処刑するつもりなのだろうか」


「それはないよ」


 ヨハンは即答する。


「確かに王という立場にはなったけど、ジークはそんな陰険な性格はしてないよ。仮に処刑するつもりなら、有無を言わさずド派手にやるだろうし」


「あー、そう言えばそういうお人だったな、陛下は。それとヨハン。旧知の仲とは言え、陛下を名前で呼ぶな。誰かに聞かれたら事だぞ」


「こんなところで誰が聞くのさ。それに、僕の評判なんて既に最低なわけだし。聞かれたとて、誰も気にしないって」


「…………」


 エリスは黙して俯く。

 彼女の胸の奥底で、チクリとした針の痛みが響いていた。




 ◆




 夜になると、村からは人の音が消える。

 外を歩き酒場まで向かったヨハン達だが、辺りは驚く程静かで、風で揺れる木々の音だけが微かに聞こえる。灯りは少なく、景色の奥は暗闇で見えない。

 それがやけに薄ら怖く、アウメリアは、無意識に背中を丸めていた。

 酒屋に到着し、夕食を取る。

 大衆食堂での食事と聞き、当初は断固拒否の姿勢を取ったアウメリアだったが、やはり空腹には勝てず、苦渋の決断を以て店へと来ていた。

 そして料理を頬張ったアウメリアは……。


「美味しい! これ、すっごく美味しいわね!」


 ……大変ご満悦であった。

 テーブルには野菜や果物、野生動物の肉など、天然素材を存分に活かした郷土料理が並ぶ。どれも濃厚な香りが混じる湯気を立て、その味は前述の通り、侯爵家令嬢が歓喜に震えるほどであった。

 彼女が子供のようにはしゃいでいると、酒屋のウェイトレスが話しかけてきた。


「お客さん、いい食べっぷりね!」


 エリスは彼女一礼する。


「堪能させて貰っている。とても美味しいと、主人に伝えておいてくれ」


「アハハ! お父さんも喜ぶよ!」


 すると彼女は、トーンを下げた。


「お客さん達、このまま村に泊まるんだよね? 外へ出る時は、気を付けてね」


 アウメリアはフォークを止めた。


「気を付ける? 何かあるの?」


「最近どうにも霧に日が増えたのよ。この辺りって昔から変な伝承あるからさ。気味が悪くて仕方ないよ」


 ヨハンは伝承という言葉が気になった。


「伝承? どんな?」


「なんでも、霧が人を食うんだって」


「霧が……人を……」


「まぁたぶん、大昔に霧に迷ってしまった人がいたんだろうね。ごめんねお客さん、食事の邪魔しちゃって」


「いやいいんだ。興味深い話をありがとう」


 ウェイトレスが厨房に入ったところで、エリスはそのまま事務連絡を行う。


「本体の到着は明日の朝になる。合流後、そのまま大森林へと入る予定だ」


 アウメリアは少し不安げな様子で、料理をつまみながら尋ねた。


「いきなり森に行って大丈夫なの? 着いた途端に襲われて全滅なんて笑えないわよ?」


「その点については問題ない。森に部隊の一部が先行している。もしも危険な気配があれば調査は中止し、今後の対応を再度検討する手筈になっている」


「要するに今夜はしっかり英気を養えってことですよ、アウメリアさん」


 ヨハンはへらへら笑いながらエールを飲んでいた。

 顔は赤く、呂律もなにやら回っていない。


「ちょっとヨハン、いつの間にお酒を飲んだのよ。っていうかそんなに飲み過ぎて大丈夫なの?」


「アハハ、大丈夫ですよ大丈夫」


「全然そうは見えないんだけど……」


 するとエリスはパンを食べながら言う。


「アウメリア嬢、ヨハンなら放っておけ」


「え? でも、どう見ても飲み過ぎじゃ……」


「なに、見ていればわかる」


「???」


 アウメリアは首をひねりながらも、エリスの言う通り少し様子を見ることにした。

 そして、数分後。


「すぅ……すぅ……」


 顔を真っ赤にさせたヨハンは、机に伏せて眠っていたのである。


「この通り、ヨハンは酒に弱いからな。飲み過ぎる前に勝手に寝るんだ」


「そ、そう……」


 アウメリアは呆れるように椅子の背もたれに寄りかかった。



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