第2話 女の子

 幼い顔で大柄な女の子だった。

 服はサイズが合っておらず、つんつるてん。   

 スカートが派手に破けている。

 肌は浅黒く、灰色の髪の毛には蜘蛛の巣と葉っぱを付けている。

 とてもかわいそうな状態だった。



 ヘンニが大きな体に似合わない機敏さで立ち上がり、女の子の前にひざを付いた。

 そして両肩に軽く手を置く。


「妹が人攫いにあったのは間違いないのかい?」

 落ち着いた声で女の子に問いかける。



「ヘンニおばちゃん、あのね、朝ね、二人で裏通りを歩いていたらね……、知らない男に肩を掴まれて……」

 女の子は途切れ途切れに話し出す。ヘンニは辛抱強く聞いている。


 ちなみにヘンニは三十代。双子の子持ちである。

 おばちゃんは間違ってない。


 あっと『輝ける闇』の他のメンバーは、シオドアが23歳、ネリーは22歳。スザナとアタシはピカピカの20歳ね。



「金切り声を上げて助けを求めなかったの?」

 ネリーが座ったままで言った。


 ネリー、あんた子供にも容赦ないね。

 ロイメにゃ大嘘ホラ吹くヤツもいるし、確認は大事だけどさ。


「なんかいきなり眠くなって……、体が動かなくなっちゃって……、妹と二人で気がついたら知らない家にいて……」


 ネリーの顔色が変わった。

「睡眠の術? 魔術師が関わっているの?」



「その家には他にも女の子が2〜3人いて……、暴れたんだけど変な首輪をはめられそうになって……、妹は首輪をはめられた途端大人しくなっちゃって…」


「……隷属の首輪をロイメに持ち込んだのか」 

 シオドアが小声で言った。


「こうなったらわたし1人でも逃げるしかないって、いろいろ突き飛ばして3階の窓から飛び降りたの!追いかけてきたから逃げて逃げて、えっぐ……えーん!」


 そこまで言うと女の子は火がついたように泣き出した。


 ヘンニが女の子を抱きしめる。



「ヘンニ、その子は背が高いけど、トロール族かハーフトロール族なの?」

 ハーフトロール族であるスザナが質問する。


「ハーフトロール族だよ。妹もそうさ」

 ヘンニが答えた。


「歳はいくつ?」

 アタシは聞いた。


「えっぐ、あと1月で10歳、妹は8歳、えっぐ」

 女の子が泣きながら答えた。


 ネリーが無言で天を仰ぐ。

 シオドアが立ち上がった。

 アタシもびっくり。

 てっきり13〜4歳ぐらいかと思った。

 トロール族もハーフトロール族も子供の頃から大柄だって聞いてはいたけど。



 人身売買やる奴等にもピンからキリまであるわけ。

 幼い女の子狙いは、ダメ。

 親に金を払わず無料ただで調達するのは問題外。

 今回は、キリキリの連中だ。とっちめてやらないと。



「人さらいも隷属の首輪も、ロイメに放置するわけにはいかない」

 リーダーシオドアが宣言した。


「この子の妹も助けないとね!」

 副リーダーもヘンニも続ける。


 アタシ達はうなづく。


 『輝ける闇』、探索クエスト開始。


「さらわれた少女達を悪党から助け、隷属の首輪を発見せよ」




 その後、とりあえず早くスムーズに進んている。


 シオドアが実家のコネを使ってロイメ衛兵隊に働きかけた。

 シオドアの実家ストーレイ家は都市国家ロイメ建国に関わる名門なのだ。

 

 にしても。


「スゲー早いね」


 ロイメで奴隷売買は犯罪だけど、それにしても動きが早い。早すぎる。

 アタシに言わせれば、おかみってのはこんなに早く動くようなもんじゃない。


「ハーフトロールの幼い女の子を狙ったのが気にかかる。魔術師や隷属の首輪も関わっているみたいだ。単なる人さらいじゃなさそうだ」

 シオドアが答える。


「つまり?」


「人材も道具アイテムも恵まれすぎている。

 組織的な人身売買、特に異種族の若い女を集めて売りさばくたぐいの連中かもしれない」


 それはつまり。


「何でそんな面倒なことするんだ?

 金持ちならロイメの花街で遊べばいいだろ。数は少ないが異種族の女もいるぞ」

 スザナが至極まともな意見を言う。


「それでは満足できない連中だろう」

 シオドアが答えた。


 つまりつまり、毛色の違う異種族の少女で遊びたい。

 それも管理されてるロイメの花街ではない所で。

 そういう連中ってこと?


「激ヤバ変態じゃん!」

 アタシは思わず口に出していた。


 人身売買としてもキリキリキリのも一つ下だってば!



 それでも衛兵部隊が、女の子が逃げた家に踏み込むには捜査令状がいるんだってサ。

 そして、捜査令状が出るにはちょっと時間がかかるらしい。


 いつものおかみになってきたよ。



「僕たちは衛兵隊を囮にして、問題の家に侵入する」

 シオドアリーダーは言った。


 OK。冒険者ならではの任務ってわけね。




 侵入部隊は、シオドア、アタシ、ネリー、スザナの四人組。

 ヘンニは衛兵部隊といっしょに行動する。


 女の子が逃げ出したのは、商業地区と倉庫街の間にある、集合住宅タウンハウスの一軒だった。

 集合住宅タウンハウスの裏は運河に面している。

 急がないと、さらった女の子達を船でロイメから運び出されてしまうかもしれない。



 隣家の住人は、家賃3ヶ月分で部屋を明け渡すことに同意した。


 家賃を出したのはもちろんシオドア。実家の金だって言ってたけど。

 お金って本当に役に立つよね。



「ロイメ衛兵隊の者だ!」

「とっととドアを開けな!」


 住宅街の一角にガラの悪い声が響きわたる。

 なかなかの迫力だ。近所迷惑度は百点ね。



「家主は今、留守です。出直してください」

 衛兵に応対しているのは男の声だ。

 意外に礼儀正しい答え方だ。



 本当に堅気が、堅気を装えるぐらいの本物マジモンの悪党か。


「入れな!家主が留守なら中で待たせて貰うよ!」

「どけ、邪魔だ!」


 まあ、声を聞いてるだけなら衛兵隊の方がガラが悪い。そりゃもうマチガイナイ。



「うちの主は善良なロイメ市民です。いきなり衛兵に押しかけられる謂れはありません!お引き取りください」

 表の男は粘ってるようだ。



 辺りを見回すと付近の家は窓の鎧戸やカーテンを閉じている。

 ただし、隙間から人影が見える。関わりたくないけど興味はあるらしい。


 さぁ、表の玄関で思いっきり騒いで注目を集めてもらいましょう。

 

 

 衛兵達が時間稼ぎをしているうちに、アタシ達は女の子達を救出するか、人身売買の証拠を見つけなきゃいけない。


 『もう遅い』にならないうちに。


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