抗争は避けられない③
灰色の雲の隙間から、夕日の橙色が覗く空。二つの色は対立し、これから
校舎の屋上に横並びで立つミキホ、マメオ、そしてシゲミ。ミキホとシゲミはブレザーを、マメオは黒いスーツを着ているが、側から見て「学校に来るための装い」だと言えるのは、左肩にスクールバッグをぶら下げているシゲミのみ。ミキホは背中に
三人の目的はもちろん、ただ学校に来ることではない。これから襲撃してくるであろう死軍鶏組を迎え撃つこと。戦いのフィールドとして、開けた屋上を選んだ。
彼女たち三人の他に、浜栗組の組員が総出で死軍鶏組を待ち構えている。校庭の中心では、蟹沢を筆頭に七十名ほどが待機。さらに二十名が校舎内を巡回している。侵入してきた死軍鶏組の刺客を、まずは校庭で迎撃。もし校庭を抜けて校舎内に入り込む者がいたとしても、巡回する二十人の組員を超えなければミキホには届かない。その上、シゲミも協力している。死軍鶏組に対して守りながら攻める布陣だ。
「組長、リオ the チェーンソーのヤツはどこにいるんです?」
マメオが、自身の右隣に立つミキホに質問する。
「アイツも市目鯖の敷地内にいる。が、場所はわからねぇ。身を潜めてやがるんだろう。まぁ気にするな。放っておけ」
「放置でいいんですか?」
「ああ。どのみちアイツは作戦に従うようなタマじゃねぇ。私たちが気にしなきゃならないのは、リオが暴れ出したら巻き込まれないようにすることだけだ」
「たしかに……ヤツの強さは無茶苦茶ですからね……」
生唾を飲むマメオ。その直後、シゲミが三歩前に出て、二人のほうへ振り向いた。
「リオちゃんが個人行動をしてるなら、私も一人で動かせてもらうわ。前にも言ったけど、協調性がないの。それに今の私たちが連携したところで付け焼き刃。お互いに足を引っ張るだけだと思うから。いいわよね? ミキホちゃん?」
「一理あるな……構わない。シゲミも好きに動いてくれ」
ミキホの承諾を得たシゲミは、前を向いてスタスタと歩き、屋上から校舎の中へと消えていった。シゲミの背中が見えなくなると同時に、マメオが「組長!」と大声を出す。
「今、シゲミと普通に話せてましたよね!? ちょっと前まで顔を見ることすらできなかったのに!」
「そのことか……まぁな。私なりに成長したんだよ」
「いやぁさすが組長だ! 素晴らしい! 俺もシゲミにボコられたり、トラバサミにかけられたり、高圧電流を流されたり、奈落の底に落とされたり、マムシを頭から振りかけられたりした甲斐がありましたよ!」
「ああ。お前の助力あってのことだよ。改めて礼を言うぜ、マメオ」
尊敬する組長から感謝の言葉を伝えられ、マメオの顔は溶けかけのアイスクリームのように緩んだ。
−−−−−−−−−−
校庭では浜栗組の組員たちが集まり、それぞれが持つ武器を、いつでも使えるよう手入れしている。拳銃の弾倉に弾が入っているか確認する者。日本刀の刃を布で磨く者。ウニの針の本数を数える者。各々がベストな方法で来たるべき時を待つ。
蟹沢は右手に持った拳銃を三人に向け「止まれ」と口にする。おとなしく言うことを聞き、足を止める三人。
「テメーらが死軍鶏組だな?」
蟹沢の問いかけに対し、鯨川が口を開く。
「いかにも。浜栗組全員の命をいただきに参上しました」
「で、たった三人でカチコミか……随分と舐め腐ってくれてるようだな」
「いいえ。舐めてなどいません。これが我々死軍鶏組の最大戦力。総力を挙げて、アナタ方を皆殺しにするつもりですよ」
「そうかい。だったら、『もっと友達を増やしときゃ良かった』と地獄で後悔することになるだろうな」
引き金に人差し指をかけ、弾丸を発射する蟹沢。その銃声が号砲となり、蟹沢の背後に立ち並ぶ組員たちの内、銃火器を装備した者が一斉に射撃を始める。鯨川に向かって飛ぶ無数の兇弾。対して鯨川は、左右の腕を大きく広げた。腕の動きに合わせて、鯨川の正面にある空間が水面のように歪む。そして、前進する弾丸を全て空中で静止させた。推進力を失った弾丸は、雨のように地面に落下する。
「俺の腕は空間を歪め、あらゆる物体の運動を停止させる。弾を何発撃ち込もうが、俺の前では無意味です」
にわかには信じられない鯨川の言葉だが、現に蟹沢たちが放った弾丸は蠢く空間に飲み込まれ、死んだように動きを止めた。鯨川という男は、そういう能力を持っている人間なのだと、認めざるを得ない。
「空間を歪ませるだと……そんなことが……」
奥歯を噛み締める蟹沢。再び引き金を引くが、鯨川が歪めた空間により、弾丸はまた停止する。意味のない攻撃を繰り返す蟹沢を見て、鯨川は鼻で笑った。
「無駄だと言ったはずですよ。ただ、攻撃できないのは俺も同じ。防御専用の能力なものでね。そこで、攻撃に関しては他の組員に任せています」
鯨川の左隣に立っていたアユナが真上へ大きく跳躍する。その高さは、すぐそばに建つ校舎の最上階、四階とほぼ等しい。アユナは空中で口を大きく開き、肺に大量の空気を送り込む。そして、地上にいる浜栗組の組員たちに向けて思い切り吐き出した。アユナが吐いた空気は炎の竜巻となり、驚愕の表情を浮かべる
猛火が体に燃え移り、浜栗組の組員たちは悶絶。その場でのたうち回った。
勝ち誇った笑顔を作り、しゃがみながら着地するアユナ。
「ウチの吐息は炎を纏う……目に映る全てを焼き払う、巨大な火竜の息吹さ!」
左肩に灯った炎を手で払いながら、蟹沢はアユナを睨む。死軍鶏組の防御力も、攻撃力も、蟹沢の理解を遥かに超えたものだった。わずか三人で、百人近い浜栗組に全面抗争を仕掛けてきたのも納得の強さ。理解を超えていることが納得を生むという不可思議な状況に、幾多の修羅場を潜ってきた蟹沢といえどパニックに陥りかける。
「こんな人間……いや、化け物が存在するとは……だが、こちらもやられてばかりではない」
蟹沢の言葉からその意思を汲み取り、一人の組員が駆け出す。黒いパーカーに深緑のスウェットというラフな身なりをした男。左手に
男は悶える組員たちの間をすり抜け、短距離走のオリンピックメダリストでさえ羨むであろう速度で、ブラックバス鱒野へと接近する。瞬く間に、常人ではまともに応戦できないほどまで距離を縮める。常人では。
「悪くないスピードだけど、私とは相性が悪いドン。動きは見え見えザウルス」
ブラックバス鱒野はそう言うと、キスができそうなくらい目前まで迫っていた男の腹部に、右の拳を突き刺す。拳は男の腹から背中まで貫通していた。
「私の両目は、生き物の筋肉の微細な動きを見切り、次の行動をほぼ百パーセント予測できるのよん。
男の腹部から右腕を引き抜くブラックバス鱒野。男は即死しており、力なく崩れ落ちる。浜栗組が誇る腕利きの殺し屋でさえ、一矢報いることすらできなかった。
三体の怪物。その力を目の当たりにし、まだ立つ力が残っている組員たちはジリジリと後退する。どんな武器を使っても太刀打ちできない相手に、戦意喪失してしまったのだ。蟹沢も例外ではない。このまま戦い続ければ全滅するのは確実だと直感し、足が前ではなく後ろに進む。
「数千名の構成員を抱える鮮魚会。その中でナンバーワンの武闘派集団である浜栗組……この程度ですか。肩透かしですね」
鯨川の言葉に賛同するように、アユナとブラックバス鱒野が笑う。口だけでも抵抗したい蟹沢だが、幼稚園児にもわかるくらい戦況は不利。どう足掻いても勝ち目はなく、返す言葉さえ見つからない。
鯨川たちはゆっくりと前進し、後退する浜栗組をさらに追い詰める。死を覚悟する蟹沢。その耳の中で響き渡る心音は、死の訪れをカウントダウンしている。
そんな音を掻き消すように、ブウウウウウンという激しいエンジン音とともに、浜栗組と死軍鶏組の間の地面から土煙が立ち込め始めた。何かが地中にいて、今にも這い出ようとしている。
地面に直径三メートルほどの丸い穴が空いた。中から飛び出てきたのは、鳴動するチェーンソーを握った女子高生・リオ。両足で着地し、死軍鶏組と向き合う。
「獲物が三匹……楽しませてくれよなぁ」
リオは不敵に笑いながら、舌なめずりをした。
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