第36話 ポールの改心

 雪の中、城門の前に立つ私。門の上からポールが見下ろしている。幽霊でも見るかのように、私をずっと見つめていた……


「子どもは?」


 離れの居間の暖炉の前を行ったり来たりしながら、ポールが訊ねる。


「クラリッサが預かったわ。手放したくなかったけど、あの人たちが連れていってしまって、それっきり……」

 なんとか微笑もうとした。


「クラリッサが?」

 ポールがかすれた声で言う。愕然がくぜんとして。


 私はポールの顔にはりついた驚愕の表情を無視して、話を続けた。

「あの子は赤毛だったわ。赤毛の男の子」


 あの子を腕に抱いたとき、どれほどの喜びが体を駆けめぐったことだろう。あの子の声を聞くと、半日続いた出産の疲れも吹き飛んでしまった……


「キャサリン、君にひどい態度をとったことはわかっている。でも、君のために赤ん坊を取り戻したい。力にならせてくれ。君は僕の妻だ。同じ過ちを犯したくない」

 へりくだった様子でそんなことを言うのだ。


 私はすぐには答えずに暖炉の炎を見つめていた……

「ダリアは?彼女はどうなるの?」


「出ていってもらおう。一ヶ月以内に。二度と彼女には会わない。子どもたちにも会わせない。キャシー、君を本気で愛してるんだ」


 ポールの言葉は甘く思いやりに満ちていて、一瞬信じてしまいそうなほどだった。彼の言葉を信じられたなら、どれだけ幸福だったろう……

 でも、彼はダリアの魅力のために私を裏切るはずだ。信じたかったけれど、信じられなかった。



「あなたが帰ってきてくれて本当によかった。お兄さまにはあなたが必要ですもの」

 フィーリアが白いヴェールに花の形の宝石を縫い合わせながら言う。きれいなヴェールだ。誰か花嫁でも出るのだろうか。

 針仕事に集中して猫背になっているフィーリアの、耳たぶのあたりで真珠の耳飾りが揺れている。


「本当にそうかしら」

 思わずぞんざいな口調になった。

「ポールは私のことなんか見向きもしない。ダリアの下僕みたいになっちゃって」


「本当よ」

 フィーリアが断言する。


 私はフィーリアが強い口調で言うのでちょっと驚いてしまった。


「ダリアは、あれは悪い女ですもの。あなたがいなくなって、お兄さまもヤケになってしまって……。またお酒を飲み始めたのよ。ある晩なんて、酒場に飲みに行った帰りに城門の前で寝ついてしまって、凍死するところだったわ」

 彼女がいたたまれない、という顔をする。


 

 今では私がクラリッサのスパイだということは公然の秘密だった。領地の誰もが知っていること。

 ダリアはいまだサンドンへと脱出せずに、ポールの領地に寄生している。


 彼女は私が宮殿にある金貨の山へどうやって近づくのか、知っていると思い込んでいた……

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