第33話 大金泥棒

 やっと森の中から寝室へとたどりついた時だって生きた心地がしなかった。夜が明けるまでベッドの上でまんじりともせずに過ごす。


 空が白み出すとすぐに、ギルバートの寝室の前に行って扉を何度も叩いた。彼は扉を開けると寝癖頭にチュニック姿で驚いたように私を見ている。かく言う私も顔を洗っただけで、あとは寝起きそのままの格好かっこうだった。


「話があるの」

 声をつまらせながら言う。


 ギルバートは素早く私を部屋の中に入れた。


「朝早くに押しかけてごめんなさい。でも……」


「キャシー、謝る必要はないよ。君と僕はずっと前からの友達なんだから。一体何があったんだ、聞かせてくれ」


 ギルバートの声は穏やかで優しい。彼の声を聞いていると、気持ちが落ち着いてきた。


「ゆうべ、ダリアのあとを尾けたの。雪が光ってまぶしくて眠れなかったのよ。なんとなく窓の外を見たら、ダリアがどこかに行くところで……」


 ギルバートは銀の水差しから水を注いで、私に差し出した。一口飲むと、早鐘を打っていた心臓もひんやりと冷え、落ち着きを取り戻す。


 私は頭の中を整理して、昨夜目撃したことを話し始めた。

 森の中でダリアがウォルター・クラインと密会していたこと。二人が愛人同士で、おそらくウォルター・クラインに私を襲うようにそそのかしたのはダリアだろう。


「おそらく?」

 ギルバートが口を挟んだ。


「この前の晩、ダリアが変なことを言ったのよ。ウォルター・クラインが来たんじゃないかって私が怖がっていると、『殺してやる、なんて私は言ってない』って笑いながら言ったの。それに私のお腹を見たときだって……」


 そうだった。妊娠に触れたのだって、ダリア流の悪辣な嫌味だったのだ。ポールが妊娠に喜ぶどころか悲しむのを知っていながら、『赤ちゃんでポールを喜ばせている』と言った。


 ギルバートはダリアとクラインの計画を頭の中で組み立て直している。私は見聞きしたことを自分の推測をすべて説明した。


 国王が亡くなる前、ダリアは国庫から大金を盗み、雪の牢獄に隠した。ポールと離婚しても、いつでも取りに戻れると思っていたのだろう。だが、国王の急死、ポールの再婚と計画は狂ってしまった。摂政となって実権を握ったクラリッサはダリアの逮捕命令を出す。さらに、『雪の牢獄』にはクラリッサのスパイのキャサリンがいるので金を取り戻すにも一筋縄ではいかない、というわけだ。


「ねえ、あなたはクラリッサが王を毒殺したと思う?」

 私はそう口に出してしまってから、ドキッとした。


「クラリッサが夫殺しだって、キャシーは思うのかい?」

 ギルバートは眉一つ動かさない。


「クラリッサは王を愛してなかったわ。王もクラリッサに十分な敬意を払わなかった」


「おまけにダリアっていう愛人まで作っていた。君はこれは全部、クラリッサがダリアに仕掛けた罠だって言いたいんだね?」


「そうよ、華麗なる復讐といったところ」

 私はギルバートを真顔で見返しす。


「そうだな」

 ギルバートはニヒルな笑みを浮かべた。


「ダリアはポールが蔵相になったから、国庫の残りの金貨の山のありかを知っていると思ってるのよ」


 クラリッサに捕まれば一生牢獄の中だろうに。さらなる金貨を求めるとはよっぽど金好きなのだ。


「クラリッサに手紙を書くわ。それから……」


「離れの塔の金貨はダリア達よりも先に探し当てて宮廷に運ぼう。道中、僕には選りすぐりの兵士たちがついているんだ。心配ない」


 私はギルバートをじっと見つめた。すがるような目で……


「あなたについていきたいわ。ここにはいられないの。昨日、ウォルター・クラインは私を殺すつもりはないって言っていたけれど、気が変わるかもしれない……」


「キャサリン、君はポールの妻だ。夫婦は一緒に暮らすものだろう……」

 ギルバートは慎重に言った。


「ポールは私のことなんか興味ないのよ。一度は彼が愛してくれてるって思ったわ。ダリアが私たちの家に乗り込んでくる前にはね。でも、そんなのくだらない妄想だった。ギルバート、こんなこと言わせないでちょうだい。みんなが私たちの結婚は失敗だって思ってるの。

お願い、迷惑はかけないから宮殿まで連れていって……」


「妊娠してる身だ。君を危険にはさらせない」

 ギルバートはそう言って目を伏せる。


「耐えられないのよ。ポールは、あの人は私を辱め、殺そうとした女を私たち夫婦の寝室の中に招き入れて寝ているの。ダリアを愛してるんだわ。あの女の言いなりなのよ。

あなたが宮廷まで連れていってくれたら、なんだってするつもりよ」

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