第15話 思いがけない再会
宮殿の窓から見える空は真っ暗。街は金かなにかのように暗闇の中に浮かび上がっている。
暗がりの廊下、扉の奥から声が聴こえてきた。
「レオ、あたしの部屋に来なさいよ」
アンが命令口調で叫んでる。
「いやだね。うるさい口をふさいでおけよ」
レオの反応は冷たい。
「いいから来るのよ」
アンは諦めなかった。
弟は舌打ちをして声を荒げる。
「私のほうがあんたより早く生まれたのよ。だから言うことを聞きなさい」
「女の子より男のほうがえらいんだぜ」
レオが言い返した。
「あっそう。でもね、来なかったら後悔するわよ。とびっきりかっこいいナイフを持ってるんだから」
かぎ穴からのぞくと心底うんざりした顔のレオが見える。
「後悔しないさ。早く自分の部屋に帰れよ」
「いやよ。だって夜に一人は寂しいんですもの」
アンがちょっと甘えた声を出した。高慢ちきな表情の裏に、困ったような、寂しそうな色が見え隠れする。
「ずっと部屋を分けたがってたくせに」
レオが低い声で言うと姉を、もう一つの部屋へとつながっている扉の方に押し始めた。
「わかった。白状するわ。心配事があるの。レオにも関係することよ」
アンが慌てて言う。
「この宮殿に母さんがいるの。昨夜見かけたのよ。廊下からお母さんの歌声がしたの。ほら、機嫌のいいときに歌ってくれた子守唄があったでしょう。それを歌ってた。廊下に出たらお母さんがいたのよ。赤いレースのドレスを着てね、きれいだったわ」
「嘘だね。ダリアが僕らのところに戻ってくるわけないじゃないか。愛人の王様だって死んだんだ。今頃外国で贅沢してるよ。アンは寝ぼけて幽霊を見たのさ」
レオは途端に表情をけわしくした。
「でも本当よ」
アンが少女らしい甲高い声で言い張る。
「あれはお母さんだった。振り返ってあの緑の目で見たもの。それで何も言わずにどこかに行ってしまった。ねえ、もしあの母さんが偽物だったら、私に話しかけるはずでしょう?」
「知るかよ。そんなのお前が生み出した亡霊だよ」
アンは唇をかんで、頭を横にふった。
「あたし、やっぱり母さんに会いたいんだわ。ねえ、キャシーに言ってみるのはどうかしら。何か教えてくれると思わない?」
「アン、それはダメだ。絶対ダメだよ。俺がかわりに調べてやるよ」
レオが引き止める。
「どうして?あんたキャシーが嫌いなのね。きれいで優しい人なのに。私はキャシーが大好きよ。時々、実のお母さんだったらよかったのにって思うの」
「アン、あいつは優しくなんかない。マヌケなだけさ。ちょっとは見栄えするかもしれないけど、おばさんだしな。お前のほうがまだマシだよ」
なるほど、レオは父親に負けず劣らずの毒舌とマナーの悪さを受け継いでいた。
「どうしてよ?あの人、まだ十七よ。それって、あんたが十二歳だからでしょう?」
もう立ち聞きは十分だ。私はアンの部屋の前に立つと扉を叩いた。それでも、これからレオと話すのかと思うと、頭がカッカしてくる。
結果は散々だった。レオは部屋にやってきた私に当たり散らしたのだ。
「ところでアンがダリアを見かけたって、本当かい?」
なれなれしく聞いてくる。
私は答えるのをためらった。
「それで気を
レオがせせら笑って言う。
私はかっとして手を振り上げた。レオが嘲るようにこちらを見ている。
ほら、叩くんだ。僕たちの父親がしたように、僕たちの父親が近い将来、あんたにするように。
彼の卑屈な顔が、切なそうにゆがんだ顔がそう言っていた。
ゆっくりと腕をおろして、壁を見つめる。
私は泣きながら廊下を歩いていた。足取りはフラフラ、目は真っ赤、心ん中は大洪水。
こんなふうに泣くなんて私らしくない。泣くのをやめなきゃ。
そう思っても涙は止まらない。宮廷で夫の不倫のことで意地悪を言われるのも、レオにとびっきりスパイスのきいた悪口を言われるのも限界だったのだ。
男がやってくる。黒い長髪の男。
「キャサリン」
男が言った。
私は一瞬、なにがなんだかわからなかった。どうしてこの人は私の名前を知っているのだろう?どうして私のことを親しく呼ぶのだろう?
ギルバートだった。
信じられない!宮廷に来てるなんて。
私は悩み事をすっかり忘れてしまった。堅実なこの人を前にすると、悩み事も心配もすべて解決される問題としか思えなくなる。まるで、味も温度もない事務仕事かなんかのように。
「まあ、すっかり『雪の牢獄』にいるかと思ってたのに!フィーリアは元気?それに子どもたちは?」
私は夜だというのに、ギルバートを窒息させかねない勢いで喋り通した。
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