第7話 雪原をそりがすべる
雪の中泣き声をたよりに外に出てみると、塀のそばをぴょこぴょこと動く白い影があった。もこもこと膨れ上がっていて、遠目から見ると、巨大なうさぎのようにも見える。
子どもたちを守る妖精かしら。一瞬そんなふうに考えてしまった。
「さあハンナ、いい子だから泣かないで。もう大丈夫よ。フィーリアおばさんが来たんですからね」
巨大な毛皮のかたまりが優しい声で子どもたちに語りかけている。
白い妖精の正体は分厚い白の
「フィーリア」
私は雪に足をとられて、よろけながら子どもたちの方にむかった。
「よかったわ、あなたが来ていて。この子達が雪の中に埋もれていたらどうしようと思ってたの」
「パパと一緒にいたの?」
マックスが聞く。
「パパと何してたの?パパと一緒の部屋にいたのに泣いていないね。妹のハンナなんてパパがちょっと怒鳴るだけですぐ泣くんだ」
そう言ってマックスはハンナの方を見ると、うるさそうに顔をしかめた。
「パパはもう寝たわ。だから二人ともお城に帰れるの」
私はいきなり子どもたちに憐れみを感じる。しゃがんでポンとマックスの肩に触れた。
自分でも驚いてしまう。街中で子どもの泣き声を聞くとうるさがっていた私なのに。
「本当に?」
ハンナが泣き止んでたずねた。小さな鼻は赤くなり、頬には涙の跡がついている。
「本当よ。こんなところにいたら風邪をひいてしまうでしょう?暖かいお部屋の中にいないと」
私はそう言うとハンナを抱き上げた。
ハンナが頬ずりして、照れくさそうに笑う。
フィーリアはどこか心配そうな顔をしていた。
翌朝。私はクラリッサとフィーリア、双子と一緒に大広間で朝食を取っていた。食卓は豪勢だ。鶏肉の赤いスープにホヤホヤのロールパンがテーブルの中央に山と積まれている。小さな赤いりんご、濃くて甘いホットチョコレート。チーズにバター。
私は黙々と食べた。スープを飲んだら、りんごを丸かじり、ロールパンを二個、三個と食べて。バターを塗ったり、苺ジャムやアプリコットのジャムをつけたり、どんどん、次々と。
痩せっぽっちでガリガリの体が栄養を欲していたのだ。
開け放たれた大広間の扉、廊下の奥から微かな悲鳴を聴いたような気がした。悲鳴はどんどん大きくなり、子どもの泣き声へと変わった。ハンナが赤く泣き腫らした目で、ポールに手を引かれて大広間に入ってくる。
ポールは疲れ切った顔をしていた。昨日と同じ服のまま、ぼさぼさの頭、ぼんやりとした目線を食卓の一同のあたりへさまよわせて。
「どうして寝室にハンナがいる?」
夫の声がひびく。
私は説明しようとした。
それでも彼は聞き入れずに、ハンナとマックスを城から出して、二度と入れないようにと繰り返して言う。
「優しい兄さん、お願いよ。あの子たちに罪はないでしょう」
フィーリアが
妹の頬を真珠の涙が流れてゆく。
「フィーリア、無理なんだ。あいつらは俺の子じゃないんだ……」
ポールの声は弱々しかった。昨日の暴君の面影は一ミリも残っていない。
二人の子どもは毛皮の
クラリッサは早々に宮廷へと帰っていった。不貞の子どもたちのことで、厄介ごとに巻き込まれたくなかったのだろう。
私は子どもたちのことが心配で、窓辺に立って外を見ていた。針葉樹林の向こうにははるかな雪原が広がっている。空は灰色のくもり空。
雪の積もった丘をソリに乗った男がやってくるのが見えた。大きなツノをもったトナカイがそりをひいている。
「雪ぞりよ。お客さまだわ」
はなやいだ声で言った。
眉間にしわを寄せ、長椅子に脚を投げ出して座っていたポールが顔を上げる。
「やれ、ギルバートだぞ」
彼は窓辺の私の近くに立って言った。
私たちは互いに顔を見合わせて微笑んだ。
どうやらギルバートはポールのよき友人でもあるらしい。私は嬉しくて、ここ数日沈んでいた気分が一気に軽くなった。よく見知った友人がいるだけで、どれだけ心強いことか。
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