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 待機所にいた職員と合流をすると、ヴァシリは新しくできた分かれ道の話とグレイの見立て、それに伴い今いる職員を二つに分け、それぞれの通路を調査する旨を伝えた。

 経験の浅いギルバートは、ヴァシリとともに既存通路に行った三人の捜索へと加わるように命じられた。一度は素直に頷いたものの、着々と班分けが進む中、我慢しきれずにギルバートが口を開く。


「ヴァシリ部長、俺に新規通路の捜索をさせてください」


 その言葉に、ヴァシリが眉をひそめた。じっとギルバートを見つめ、しばらく無言で考えてから、口を開く。


「ダンジョン知識の少ない君が、ここにいる経験豊富な職員すら把握していない地形の散策へ赴いたところで、余計な危険を増やすだけだ。既存通路であれば地図があるから、より安全に捜索を行える。それこそ、初心者でもな」


 最期の言葉は、あえて付け足されたものだ。付け入る隙のない正論、ギルバートだって逆の立場なら、鼻で笑って突き返す要求。

 それでもこの金髪の青年は、諦めるわけにはいかなかった。ギルバートは、まっすぐにヴァシリを見返す。あまりの迫力に、居合わせた他の職員の方が目を逸らしてしまうほどだった。ヴァシリはぴくりとも動かず、その姿を見つめる。それからまた、静かに口を開いた。


「……グレイと、数名の職員を同行させる。捜索中は絶対、何があってもグレイの指示に従え」

「! ありがとうございます!」


 平素であれば感情よりも規則を重んじるはずのヴァシリがそんな判断を下したのは、ギルバートの瞳に宿る感情を悟ったからだろうか。深く頭を下げる青年に背を向け、他の職員に対し班の変更と、自分が率いる班が既存通路の調査へ行くことを伝える。グレイは、そんなヴァシリの背中をどこか、冷めた目で見つめていた。

 やがて、説明を受けた職員全員が分かれ道までやってくると、ヴァシリが全員に向けて再び口を開く。


「通路はそう長くない。いまから三時間後に各班またここへ戻り、捜索結果を報告し合おう。行方不明者を発見した場合や、何かしらの想定外が生じた場合はすぐに魔法生物を通じて連絡をしてくれ。…グレイ、なにか言いたいことがありそうだな」

「別に何も」


 言いながら、グレイはギルバートを一瞥する。言葉はなくても、感情は十分に伝わってきた。反射的に何かを言い返したい気分になかったが、自分は同行させてもらっている立場だ。ここで言い争いでもして、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。ギルバートは気にしないふりをして、姿勢を正す。


「…くれぐれも慎重にな。それでは、解散」


 言葉を残して、ヴァシリの班は既存通路へ消えていく。先程まではただの暗闇にしか見えなかったが、職員たちの持つランタンのおかげで、その天井や壁の輪郭を捉えることができた。どうやら、苔に照らされる新規通路よりも二回りほど広いようだ。


「…それでは、私たちもいこう」

「はい」

「よろしくお願いします、グレイさん」


 ギルバートは無言で頷く。新規通路は、不明者が一名だけなことに加え、その全容がまだ把握しきれていないことから、少数精鋭で捜索を行うことになった。グレイとギルバートを除いた二人は、若いながらも優秀な職員だ。ふと、グレイの灰色の瞳が、ギルバートへ向けられる。


「ギルバート騎士団員」

「ギルバートで構わない」

「ではギルバート。君はダンジョンへの侵入経験が少ないと聞いている。魔法生物を使った通信方法については理解しているか?」

「…わからない。教えてもらえないだろうか」


 胸中がどうであれ、素直さはギルバートの長所だろう。魔法生物の扱い、基本中の基本。それを現場で教えることになっても表情ひとつ変えず、グレイは手元のランタンを掲げる。


「魔法生物についての所見は?」

「恥ずかしながら、ほとんどない」

「この生き物は、"末端子まったんし"と"統合親とうごうし"という個体に分けられる。我々が持ち歩いているのは末端子で、本部で面倒を見られている統合親から切り離されたものだ。

 末端子には、魔力を用いて現在自分がいる環境を統合親へ共有する習性がある。それを利用し、我々はこのガラスの筒に魔力の方向や量を調節する機能を搭載することで、魔法生物と一緒に行動しているもの同士の音声通信と位置情報の特定を可能にした。上部にダイアルがついているだろう。ここへ特定の番号を入力すると、ヴァシリや私と魔法生物を介した通信が行える。取り急ぎここにいるメンバーとヴァシリの番号を教えておくから、覚えてくれ」


 一通りの説明を終えると、グレイはギルバートに実際の操作方法と他職員へつながる番号を共有した。ギルバートは素直にその講義を聞き、改めて感謝を伝える。


「それでは出発しよう。ギルバート、ここから先は決して急がず、何があっても私より先を歩くな」

「ああ、もちろん弁えている」

「なら良い。皆、足元に気をつけて進んでくれ」


 職員たちは言葉少なに頷き、持っていたランタンの灯りを、周囲に広がる不安定な薄明かりへ向けた。取り囲むのは、魔力を浴び、呼吸するように点滅する植物たちだ。歩みを進めるたび、ランタンの光がふっと揺れ、空気がひんやりと冷たく感じられる。

 やがて、班はすこしだけ天井の高い空間へ出た。グレイがランタンを持つ手を高く掲げると、行先が鮮明になる。


 視界の先、わずか数メートルほど行ったところ。ランタンの淡い光が、どこまでも続くような暗闇から、壁に寄りかかる人影のようなものを切り取り、暴いた。認識すると同時に、ギルバートの鼻腔をかすめたのは、よく知る鉄錆──血液の匂いだった。

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