第34話 私と心先生と方言

「あ、お母さん? この前の件やけどさ……。うん、そう。そうそう。そいでさ、悪かばってんあれば送ってくれん? もうなくなりそうっちゃんね。どがしこて、どがしこでんよかよ。お母さんにまかすっけん」

 先生、お母さんと電話中。

 九州出身の先生は、普段は出ないけれど、家族やそのほか地元の人と話すときだけ方言が出る。

 先生はそれを聞かれるのが恥ずかしいらしく、人前で方言のである相手と電話することはない。

 じゃあ、なんで今、私がそれを聞けているのかというと、寝たふりをしているからだ。

 いや、正確には私の家で飲んでいる途中、急に眠気に襲われた私は、ちょっとベッドに横になった。

 先生はぶーぶーと文句を言っていたけど、こればっかりは仕方ない。

 今日も今日とて忙しかったし。

 けれど、先生の話し声で目が覚めてしまったのだ。

 私は悪くない。

 悪くないけれど、ここで目を覚ましたことをアピールすると、先生はきっと驚きと共に天井から空へ、そして宇宙へと突き抜けてしまう可能性があるので私はじっと寝たふりをしている。

「やけんさ、うちも言ったとよ? そがんことしたらいかんて。でも、聞いてくれんけんが結局まーた悪うないよんしゃんもん」

 先生は私に聞かれているともつゆ知らず、楽し気に声を弾ませる。

 方言で話すときの先生、いまいち何を言っているのかわからない。

 でも、これが本来の先生のテンションなんだと思うとなんだかむず痒い。

 普段、『私』って言ってるのに、家族との会話だと『うち』って言っちゃうのもまた良き。

「友達? おる! おるさ! がん歳になって友達もできんとかありえんばい! ……え? 何人て……。一人。飲み友達……。よかもん! 仲よかけん! 今日も飲みよっと! え? 代われて? いや、もう寝んしゃったし。……だけん、ほんとって!」

 友達。

 私は先生の友達。

 思えば、この仕事に就いてから忙しすぎて、ほとんどの友達と疎遠になっていた。

 そんな中、今、先生が私のことを友達と呼んでくれている。

 あまりにも心地よい響きに、私の心はふわふわと浮き始める。 

 ああ、また眠くなってきた。

 酔いもさらに回ってきたせいか、くるくると脳みそが回転しているように感じる。

 そのまま、再び眠りの泉へと私は沈んでいった。

 

 カーテンから差し込む光に誘われるようにして目を覚ますと、先生が私の横で寝ていた。

 壁にかけられた時計を見ると、既に九時を回っていた。

 今日は私も先生も休み。 

 このまま惰眠を貪るのもいいけれど、せっかくの休みに寝続けるのももったいない。

 というわけで、先生を起こすことにした。

「先生、朝ですよ。起きてください」

 先生は声に反応してムニムニと唇を動かすが、目は開かない。

 そのまま、一言。

「もうそげん時間? 休みやけんもう少し寝ときたか……」

 瞬間、先生の目がくわりと開く。

「千夏!?」

「はい、千夏です」

「聞いた!? 今の聞いたの!?」

「まあ、ええ、はい」

 昨日の夜よりは控えめだけれど。

「うわああああああああああああああ! 人前では出さないようにしてたのに! 根っからのシティガールとして生きていくはずだったのに! 千夏に聞かれた!」

 先生はあまりの絶望に、蹲ってしまった。

「まあまあ。そんな時もありますよ」

 私は蹲る先生の背中を摩る。

 ふふふ、昨日今日と先生の方言を聞けるなんて、友達だからこその特権。

 嬉しさを乗せて私の手は軽快に先生の背中を動き回る。

 そんな私の軽快さとは対照的に、くすんだ瞳を乗せた顔をぐりんとこちらに向けてきた先生。

「千夏の方言も聞かせて!」

「えー、でも、家族とかが相手じゃないと無理ですよ」

「じゃあ、家族にかけて!」

 仕方ない。

 友達の頼みなら仕方ない。

 というわけで、後日、先生の目の前で家族に電話かけて方言をお届けした。

 感想としては『日本語?』でした。

 わかる。

 わも自分の話す言葉振り返るど混乱する。

 

 

 

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