第6話 私と心先生と鎖骨
「千夏の鎖骨ってさ、絶対ハーバード大卒だよね」
「いつの間に加速してました?」
退勤後、いつものようにナースステーションに来た心先生。
私と目が合うと同時に、いつも以上に意味のわからないことを言い出した。
こちらが捉えることのできない加速はやめてほしい。
「だって、千夏の鎖骨って素敵なカーブ描いているし」
「ほう」
「張り出し具合も主張しすぎず、でもそれでいて確かな存在感あるし」
「それで?」
「どう考えても学歴高めの鎖骨だなって」
先生はもじもじと指を絡めながらこちらを上目遣いで見てくる。
指を絡める時の先生はろくでもない要求をしてくることが多い。
私は直球を投げつけることにした。
こういう時、こちらが切り出さないといつまでもうじうじとし続けるから余計に面倒くさい。
「何が望みですか?」
「えっとね、疲れたから、千夏の鎖骨を舐めさせてほしいなって」
「は?」
私の脳は理解を拒否する。
思わず周囲に他の人がいないか確認する。
よかった。
いない。
「だって、千夏も今日は結構院内慌ただしく動き回ってたでしょ? だから、鎖骨には良い感じ塩味が聞いてるんじゃないかなって。汗で。私も疲れたから塩分欲しいし」
ぺろりとその小さい舌で唇を舐める先生。
微かに頬が赤く染まる。
「張っ倒しますよ!」
私は自身の鎖骨に危険を感じ、思わず声を張る。
「いいじゃーん。私だって労働頑張ったんだし、それくらいの権利はあるはずだよ!」
「他にもいろいろ塩分効いてそうなやつあるでしょうに、なんで私の鎖骨なんですか!?」
「だって、千夏の鎖骨って私の口に収まりそうな、ちょうどいい細さしてるし、ずっと気になってたんだもん。今日は疲れに疲れ切ったから、今お願いするがのベストかなって」
「ベストって……。犬ですか!? 先生は前世犬ですか!?」
鎖骨付近を両の手をクロスさせながら抑えつつ、何歩も後ずさる私。
「そう言わずにー。私と千夏の仲じゃん」
じりじりと距離を詰めてくる先生。
マズい。
こういう時の先生は本当にしつこい。
このまま続けていたら、誰か戻って来るかも。
こんな会話聞かれるのは絶対に嫌だ。
どうしようどうしようどうしよう。
「じゃ、じゃあ、私にも先生の鎖骨舐めさせてください。先生も忙しかった分、塩味効いてますよね?」
追い付けられた私は、思ってもいないことを口にした。
仕方がない。
こう言えば、先生も自分が言っていることの意味不明さに気づいてくれるはず。
そう考えた末の結論。
辛さマシマシの結論。
私だって鎖骨舐めたくはない。
「え、それは何か嫌。私、舐める趣味はあっても舐められる趣味はないの。ごめんね」
先生は申し訳なさそうに数歩下がり、小さく頭を下げてくる。
いやなに、この、こちらがフラれた感。
その答えは望んでたけど、望んでないんですよ。
「張っ倒しますよ!!!」
よくわからない羞恥で私の喉は終わった。
今日、飲んだ後カラオケ行こうって言ってたのに。
無念。
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