第4-3話 信じる者は救われる

『ヘルモンの巨人』は現在総勢数千人の信徒がいるらしいが、施設に入っているのは100人に満たない。ほとんどが病人とその家族で、恐らく上層部に彼らの保険金が流れ込んでいる。

 教祖は女性で、偽名だろうが「マザー・バラカ」と名乗っている。

「叔父さんは……なんでしたっけ?」

「腎臓癌。暁の父親と同じ」

 暁の父親の診断書の名前部分を『エルネスト・ホワイト』に改ざんし、リサは『サリ』に身分証まで詐称した。本名を検索すれば、パラノーマル・リサーチ社の悪魔祓いの映像が容易に出てきてしまうからだ。

 もとよりアーネストは痩せぎすに無精ひげを生やし、不健康そうにしか見えない。彼を病人役にすることに、本人でさえ異議を唱えなかった。


 地元住民と、入所した人物の家族だろう人々の刺すような視線を背中に受けつつ、アーネストとリサは『ヘルモンの巨人』の玄関チャイムを鳴らす。

「こんにちはー! 連絡しました、サリです」

 場にそぐわない明るい声色に、アーネストは部下を咎めるように見やるものの、彼女はそれに気づかずもう一度ブザーを鳴らす。

 緊張に頬を紅潮させているリサと、すでにげんなりとしたアーネストがしばらく玄関で待てば、上下白い服を着た若い女性が扉を開ける。ブロンドの白人女性で、20代半ばほどだろう。

「どうぞ、お入りください」

 リサが思わずといった様子でアーネストを振り返るので、無言で頷きを返す。

 暁から入金された前金で入会金はすでに支払っているため、2週間は滞在できることが決まっている。この2週間でどれだけ情報を得られるかで、雇用の継続が決まることになっていた。

「施設内はスマホ、パソコンの使用は認められていません」

 女性は名乗ることもせず、プラスチックの白いケースの中に二人のスマホとパソコンを入れるよう促す。

 だいたいの予想がついていたため、あらかじめ用意していたダミーのプリペイド式スマホを預けて施設内に入る。

 外観は派手だったものの、施設内は白を基調とした病院や公民館のような趣だった。病人が多いこともあり消毒液の臭いが満ち、そのなかに甘い臭いを感じアーネストは思わず眉間にしわを寄せる。

「お部屋で着替えてきてください。ご病気なのは……エルネストさんですね」

 女性と同じ白い衣服を手渡され、彼女は書類を見やりながらアーネストの偽名を確認した。

「部屋は完全に個室ですが、鍵はありません。朝は7時に起床、辛くなければ食堂でみなさんと料理をしてください。その後は畑や工場作業、夕飯後は母・バラカからお言葉があります。すべて館内放送で指示があるので、全部覚えなくて大丈夫ですよ」

 階段を上り下りし、その間数人とすれ違ったが彼らはアイコンタクトするだけだった。

 大まかな施設を案内されてからとおされた部屋は、ベッドがひとつ入るのでやっとの、小さな個室だ。アーネストの隣はリサの個室で、親族は隣の部屋に配置されるらしい。

 アーネストは部屋に入り窓から外を見やると、どこまでも森が広がっている。外には穏やかな午後の景色があり、3月終わりのまだ冷たさが残る風が吹いている。


 上下白の服に着替えてリサの部屋の扉をノックすれば、彼女はまだ緊張した面持ちで扉を開いた。『盗聴されている可能性がある、筆談にする』と書いたノートを見せ、頷くのを待ってから部屋に入る。

「結構いいところだな」

『恐らく治療と称して薬物が使用されている。大麻の臭いがした』

「そうだね、中庭には畑もあるんだって」

『今日はシャオの両親を捜します。所長は計画通り、施設の地図作りを』

 喋り声で書く音を消しながら会話していると、頭上に取りつけられたスピーカーから雑音が一瞬鳴った。

[夕飯づくりが始まります。みなさん食堂に移動してください]

 先ほどの女性の声が響き、二人同時に顔を上げる。

「オレはトイレに寄ってから向かう」

「わかりました、またあとで」

 頷き合ってから部屋に戻り、小型のカメラと貴重品を入れた隠しポーチを服のなかに入れる。リサが出ていった音を聞いてから部屋を出ると、トイレとは逆へと歩き出す。

 女性に案内されなかった廊下はしばらく居住地が続き、やがて突き当りに出る。そうしてうろうろしつつ数カ所鍵のかけられた部屋の前を抜けたところで、前から数人の足音が聞こえた。

 下手に動かず何気ないふりをして歩いていると、やがて3人の男性がアーネストの前に現れる。

 真ん中の男は背が低いものの体格はがっちりしており、黒い髪を後ろになでつけ黒縁の眼鏡をかけ浅黒い肌をしていた。後ろ二人はアフリカ系とアジア系で、ひょろりと背が高い。

「どうしましたか?」

 真ん中の男からスペイン語訛りの英語で問われ、アーネストは目を細め事務所営業時の笑顔を浮かべる。

「すみません、今日入ったもので道に迷ってしまって……食堂はどちらでしょうか」

 ヘラヘラと問うアーネストに、真ん中の男は人好きのする笑顔で「反対方向ですよ」と指さす。

「一緒に参りましょう。私の名前はシェムザです」

「あ、エルネストです」

 握手のために手を差し出され、考える前にアーネストは彼の手を掴む。背はアーネストより小さいというのに、シェムザの手はひと回り大きく硬かった。数度シェイクし、そのまま引っ張られるように食堂へと向かわされる。

「エルネストさんはどちらから?」

 アーネストの顔をのぞき込んで笑うシェムザの黒い眼は、眼鏡の奥で何かを探るように光って見えた。思わず頬を引きつらせながら、アーネストはどうにか笑みを浮かべる。

「ダブリンです」

「へえ、アイルランドのご出身ですか? お名前はイタリア系みたいですが、発音はイギリス英語ですね」

 思わず息を呑みそうになり、ヘラリと笑みを浮かべた。

「生まれはイギリスで、12歳でこっちに越してきたんです。名付け親が父の恩師で、イタリア人だったもので」

「なるほど」

 まったく納得していない顔でシェムザは頷き、アーネストは全身冷たい汗が噴き出すのを感じつつ歩く。食堂ではすでに料理はほとんどできあがっており、リサの隣に座ってパンと野菜のスープ、鶏肉をぼんやりとしたまま噛んだ。


 午後、中庭の農作業前に建物中心にある講堂へと全員が集められる。

 ゴシックの教会を模した講堂は大理石でできており、天井は抜けるように高く、木製のベンチがいくつも並べられていた。灯りは蝋燭とキリストが描かれたステンドグラス、そして中央には説教をする台と巨大なキリスト像が置かれている。

 キリストは十字架にかけられ、妙なほどリアルな血を流しぐったりとしていた。

 埃っぽい空気はずっと昔に通わされていた教会を思い出させ、アーネストは眉間にしわを寄せる。

マザー・バラカ!」

 座るや否や周囲が声を上げ立ち上がるのにつられ、アーネストとリサも立ち上がった。

 説教台に現れたのは60代ぐらいの女性で、白髪にふくよかな体、緑の目をしている。その姿はアーネストの祖母、シーリア・ホワイトに似ていた。

 けれどアーネストが見ていたのは母・バラカの隣に立つ男性、先ほど会ったばかりのシェムザだった。彼は柔和な笑みを浮かべ、まっすぐにアーネストを見やった、ように感じた。

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