その31 ヘルプアス

「だって他に、なんてないじゃないですか?」

 取調室で、少年は悪びれた様子もなくそう言った。

 私は返す言葉が思い付かなかった。


 少年は白昼堂々、公園に居た老人を包丁で刺した。

 現場に居た一般人から警察への通報があり、逃走どころか抵抗すらしなかった少年は現行犯逮捕された。老人は救急車で病院に搬送されたが、死亡が確認され、殺人事件となった。

 しかし、問題はその動機だった。

 少年が、老人を刺す理由が全くなかった。

 金銭でもなく、怨恨でもない。

 問い詰めると、そうするしかなかったと平然と答えた。


「教師は問題から目をらすし、同級生は誰も助けてくれなかった……親は、仕事が忙しい、お前の努力不足だ、で済まそうとする……じゃあ、他にどうすれば良かったんですか? 事件を起こさなければ、ずっと放置されたままじゃないですか?」

 少年は反省した様子もなく続けた。

 彼は誰の助けもなく、耐え続けてきたと言った。

 お前は頭がおかしい――そう言われ続けて、耐え続けてきた、と。

 救いの手はなかった。おかしいと言いつつ、誰もそれを対処しようとしなかった。

 そんな時、彼は少年事件を起こした犯人が、発達障害と認められ手厚い更生措置を受けていることを知ったという。

 そして、自分もそうするしかないと思ったそうだ。

 しかし――私は目の前の彼を見た。

 彼はぱっと見、には見えなかった。受け答えはしっかりしているし、自分のしたことも理解している。

「それは……」

 言いかけたが、言葉が続かなかった。確かに目の前の少年はどこかおかしい。だが、それが言葉にできない。

 私はとっさに取調室を出た。

「おう、どうした?」

 ベテラン刑事が声を掛けてくる。私は思わず供述内容をまくし立てた。

「居るんだよなあ……時々そういう奴が」

 彼は驚いた様子もなく言った。

「居る? 昔からですか?」

「ああ、そういうのは事件が起こってからようやく問題視される。誰にも理解されず、誰の助けも届かない、自分でもどうにもできない……時限爆弾みたいなもんだ」

 彼は遠い目をして続ける。

「多分、気付いてないだけで他にもあるんだろうな」

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