その19 日頃の行い

 夜遅く、私は黒塗りの車の後部座席に座った。

「先生、お疲れ様です」

「うむ」

 秘書の山本が、いつもの栄養ドリンクを手渡してくる。飲むと少し眠くなってきた。

「ふわああ~、なんだか今日はやけに眠いな」

「先生、到着まで眠られても……着いたら起こしますので」

「ああ、頼む」

 私はこれから料亭で接待を受ける予定だった。


「先生、着きましたよ」

 山本が揺り起こしてくる。

「もう、着いたのか? なんだか辺鄙へんぴな所だな」

 外にその店以外の明かりは無い。看板で店名を確認すると、間違いではなかった。

「まあ、あまり人目に付いても困りますので……」

 山本が目を逸らして言った。


 翌朝、妻と遅めの朝食を摂っていると、刑事がやって来た。

「お食事中にすみません。少し確認させていただきたいことが――」

 昨晩のある時刻、私がどこに居たか知りたいと言った。なんでも、私に批判的な市民団体の男が殺されたとかで……正直、どうでもいい話だが。

「昨晩のその時刻は――」

 言いたくはないが、背に腹は代えられない。私は素直に店名と相手を口にした。

「おや、おかしいですね?」

 刑事はわざとらしく首を傾げた。

「昨晩はその予定をキャンセルされて、一人で出掛けられたとか……秘書の方と運転手の方から、そう証言を得ています」

「いや、そんなはずは……」

 められた――そう気付いた。奴らは私を売ったのだ。

「それは、偽証であって――」

「詳しくは、署で伺いましょうか?」

 私は警察署に連れられて行った。


「先生の言われた料亭、昨晩は来ていないそうです」

 刑事の目付きが鋭い。完全に疑われている。

「ですから、それは秘書が嘘をついて――」

「なんでも秘書のせいにするんじゃない!」

 刑事は怒鳴った。

 偽の店、偽の相手を用意したことは見当が付いたが、証明する手立てがなかった。

「あなたは昨夜、事件現場に居た! そうですね!?」

 刑事は机をバンと叩いた。

 今時、こんな古風な取り調べがあるんだな――と妙なことに感心した。

「昨夜のアリバイが取れました!」

 若い刑事が慌ててやって来て言った。

「馬鹿! 大声で言うんじゃない!」

「す、すみません……」

 そう言うと若い刑事は尋問していた刑事に耳打ちした。

「何!? それは確かか!?」

 聞いた刑事の顔色が変わった。そして――

「日頃の行いの良さ……いや、悪さに感謝すべきですな」

 すぐにはその意味が分からなかった。


 私の素行の悪さに呆れた妻が、スマホにGPSアプリを仕掛けていたのだ。

 その履歴から、違う店に連れられて行ったことが分かり、店側も加担していたことを認めたという。

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