第24話 世界を絶つ”剣“

 目の前には、炎で形作られた両親の姿があった。


 その隣には、優しく微笑みかけるナルの姿もあった。


 見渡せば、周りには火炎が大勢いた。


 あの日から変わらない姿そのままで。


 だが、突如彼らは苦悶の表情を浮かべた。


 その光景は壮絶で、もがき苦しむ様は悲惨な最期を連想させた。


 これが、彼らの最後の顔だとでも言うのだろうか。


 彼らの終わりが、このような誇りもなく、人としての尊厳も許されない姿とでも言いたいのだろうか。


 カインは堪らず、剣を降ろしてしまう。


 思惑通りだと、大魔導師ファウストは満足げに頷いた。


 親しい姿を形作り、苦しむ様を見せつけるのは、カインの精神を図るためのもの。


 案の定、斬り払うことはおろか、苦痛から解放することも出来はしなかった。


 苦痛と入っても所詮紛い物ではあるが、ああしてカインは剣を下げるに至った。


 大魔導師ファウストは、策に嵌った愚か者へとスタッフを向ける。


 スタッフの先端からは剣を模した火炎を出現させた。


 自らの武器で命を失う。


 これには、そんな侮蔑の意味が込められていた。


「親交に対して振るう力の脆き事よ。その者らの前では、貴様の未知なる魔法も無力と化した。共に同じ最期を辿れ、傲慢なる愚者よ」


 火炎が奔る。


 炎檻を貫いて、人の形をした炎を穿ちながらカインへと一直線に飛んでいく。


「――知っていたさ」


 一閃。


 目の前の人型の火炎ごと、迫りくる脅威を斬り払った。


「なんだと!?」


 大魔導師ファウストは驚愕に目を見張った。


 確かにカインの動きが止まっていた。


 復讐などと言う他者のために振るう力ほど、本人を前にすれば僅かでも隙が生まれるはずである。


 事実、そうであった。


(そして、再び絶望を与えてやったはずではないのか。紛い物の凄惨な死に様に、怖気づいたのではなかったのか)


 大魔導師ファウストが求める答えを、当人が口にした。


「誰もが綺麗に終わる訳じゃない。俺たちを送り出してくれた二人が笑ったまま消えた訳でもないだろうさ。守ってくれた人たちが、笑って静かに眠りについた訳でもない。いつだって考えてた。あの後、後悔しなかったのか。死よりも辛い一時を味わう覚悟なんて、誰もが出来るものじゃないんだから。それでも、超えなくちゃいけない。生かされたのなら、例えあの人たちの怨嗟の声を聞いたとしても、立ち止まってなんかいられない。そういう覚悟は、とうについてんだよ。ただ、それをお前に見せられたことに、堪らなくムカついてただけだ。全てを焼き尽くす灼熱の劫火? はっ、あの人たちの温もりに比べたら微塵も心に届かない。ただ薄っぺらい肌を焦がす程度の熱量さ。だけど、感謝もしてやる。お陰で、お前を斬る決意が一層強く燃え上がったぞ!」


「ぬぅ、どこまで我を愚弄すれば気が済む。最早、余興も終い。貴様の決意など下らぬ灰と同じことを知るが良い!!」


 大魔導師ファウストスタッフに一際魔力が籠るのを感じた。


 スタッフの周囲を炎が舞い、それはまるで太陽から噴き出すコロナの輝きにも似ていた。


 ここが正念場である。


 次の一手は大魔導師ファウストが誇る最大の魔法であることは間違いない。


 対抗することはおろか、逃げる事すらままならない必滅の一撃。


 だが、万人がそう理解した所で、カインもそうだとは限らない。


 魔力などない。


 魔法は当たり前ではなく、寧ろ彼を阻害する毒でしかなかった。


 そんな彼だからこそなのだろうか。


 手にした力は、魔を断つ剣撃。


 魔を知る者ならば一目散に命を投げ出すこの場所で、それに立ち向かえる一人の異端の存在。


「来い、俺はお前を斬る」


「最果ての大地を埋めるが如く、我が炎は幾難にも塞き止められはしない――焼き流せ!」


 振り上げるスタッフに呼応して、炎の大波が大魔導師ファウストの眼前に湧き上がり、怒涛の勢いでカインへと流れ込んできた。


 込められる魔力の量は、規格外。




 他の戦場で戦っていた魔導師たちは、一時、余りの魔力の濃さに身を震わせ動きを止めた。


 濃さに当てられ、気絶した者や吐瀉物を吐き出す者も後を絶たなかった。


 あの場には、地獄がある。


 地上で最も死に近い空間。


 人が操る災害を、誰もが目にしていた。


 赤い赤い絶望が、空を焼く。


 敵味方の境なく、この時だけは皆が己の中に生まれた畏れと戦わなければならない。


 そうしなければ、生きているだけで死んでしまいそうだった。




 絶望に向き合うのは、たった一人。


 運命を受け入れ、宿願に辿りついたあの日の少年。


 眼前に広がる炎の大波は、高さが優に三十メートルは超えており、圧倒的な死を纏っていた。


 世界を火炎に染め上げて、カインをも塗り替えようと流れ込んでくる。


 他が介入する余地などありはしない。


「うっ……」


 肌を打ち付ける熱気に、カインは思わず声が出た。


 熱気だけで、肌が徐々に焼かれていく。


 顔を庇う腕は、火傷を広げてカインに激痛を訴えてくる。


「これが……あの時最後に見せた本気ってやつか……規模がふた回りデカくなってやがる。それに、今度のは前にやった単発の魔法とは違い、継続的に大波を垂れ流してるのか……」


 怖い。


 視界一面に広がる死が、桁違いな質量を持って迫ってきているのだ。


 一介の魔導師ではどうすることも出来はしない。


 同じ大魔導師アークメイジですら、戦う術を持つ者がどれだけいることか。


 ただ無下に、無情に、命を摘み取る死の神だ。


 見た途端に、自身の首を締め付けられる。


 この熱気の中で、寒気のするような死神の手が、息も出来ないほど強くカインの首を締めあげる。


 そうして囁くのだ。


 もう死ぬしかないのだと。


 眺めているだけで死にそうだった。


 いや、寧ろ早く死にたいとさえ思わせてくる。


 死なせてくれと懇願したくなる。


 そうすればやっと、この地獄のような世界と離れることが出来るはずだ。


 あの人達に、逢いに逝ける。


 もしかしたら、先に逝ったじいさんや、両親に逢えるかもしれない。


 それがとても魅力的で、我ながら名案だとも思った。


(だけど、ごめんなさい)


 きっと、あの人たちは許してくれるだろう。


 だけど、それは無理であった。


 絶対にしてはいけないことでもあった。


(だから、ごめんなさい。まだ、あなたたちに逢いに行くことは出来ません)


 だって、


 あの日、あの時、つるぎを振るうと決めた少年は、誓ったのだ。


 誓いは、彼が縋るものを失わせ、必要な力を与えた。


(まだ守りたい人がいるから)


 守られているのは、自分の方だ。


 それでも、傍に居たいと願っている。


 守ってくれるあなたを、守りたいんだ。


「この力は、『』を守るための力だ。そう規定し、成し遂げると俺が決めた! そして――この炎の大波かべを斬り抜いて、未来あすを掴むための力だ!!」


 正眼に構えたつるぎを前に、カインの瞳は力強く輝いていた。


 そこに、最早恐怖などなかった。


「我が炎に溺れよ。その身を沈め、魂魄すら焼滅させよう」


 ――為すべきことを為せ。


 幻想が現実に移行した時、新たな結果が導き出される。



「―――アンタの『』を絶ち斬る」



 炎の大波がカインを呑み込むのと同時に、つるぎが振るわれた。


「はあああああああああああああ――――ッ!!」


 押し迫る大波を刀身から二分して、火炎はカインの脇へと流れていく。


 広大な大地でただ一つ、赤に染められない空白の黒。


 だが、つるぎと拮抗する大波は、未だカインを飲み干さんと流れ続けていた。


 それは、他と魔法とは異なり、継続的に魔力を込められているが故であろう。


 大波に触れずとも加速度的に身は焼かれ、後十秒も持たないだろう。


 けれど、僅かな時間すらも、もう必要ではなかった。



「絶ち斬れ、世界をッ―――『次元剣ヴェルトーム』!!」



 万感の思いを込め、カインはつるぎを振り斬った。

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