第6話 剣《ゴミ》の価値

 道着に着替えたカインは、そのままシーアが待っている庭へと足を運ぶ。


 庭に出ると、縁側に腰を下ろしていたシーアを見つけた。


「きたきた。はい、これ」


 カインが来たのを見るとさっと立ち上がって、手に持っている竹刀を渡す。


「ありがと、シーア」


 カインは縁側から少し離れた位置に立ち、素振りをし始めた。


 上から下へと振り下ろす動作から、横薙ぎ、切り上げといった手順で何度も繰り返す。


 その様子を、シーアはいつものように縁側に腰掛けながら眺めていた。


 意識を集中し、一心に竹刀を振る。


 一頻り行った後、不意にシーアが声をかけてきた。


 カインは、それに手を休めることなく返事をする。


「どうしてカインは、そのって言うので毎日そんなことを続けられるの?」


「さあ――な。昔から爺さんに教えて貰ったことだから、続けたいっていうのもあるのかもしれない」


「何で、カインのお爺さんはこんなことをさせたんだろうね?」


「それは――」


 考えない訳でもなかった。


 どうして祖父は、こんなことをさせていたのかと。


 こんな使うことのないモノに意味はあるのかと。


 確かに、叩かれれば痛みはする。


 下手をしたら骨が折れるかもしれない。


 だが、それはありえないのだ。


 この世界には魔法がある。


 魔法に対しては魔法でしか対抗出来ない。


 を極めれば、魔導師同士の接近戦の際に有利に働くことはある。


 だが、今鍛錬しているこれは杖術ではない。


 この世界で無価値な攻撃手段。


 いや、攻撃と言うのもおこがましいものだ。


 この竹刀と言うものもソレに似せて祖父が作ったらしい。


 曰く模擬刀というものである。


 鍛えたからといって魔導師に通用するかというと、そうではない。


 魔導師の武器は、である。


 魔法は言わずもがな。


 あらゆる攻撃手段を持った基本となる。


 では杖はというと、『』としてその術者の魔力を増幅ブーストする役割を持っている。


 特に性能のいい杖を持っていると、比例してその者の強さを表していた。


 杖そのものも、魔力を保有している。


 これは予備魔力として使用することも可能であり、また自身の魔法を編む際、杖に浸透し易いようにする働きもある。


 つまり、魔力の流れを速くし、より一層強力な魔法を編み出すことが可能となった。


 そして、これらの働きを持つモノは、杖以外には存在しない。


 今、カインが鍛練している業には杖を使わない。


 家や道、はたまた鍋などに加工する元となる物。鉱物というカテゴリに該当するソレを、祖父は『つるぎ』と呼んでいた。


 その名前を初めて聞いた時には、子供ながら胸が高鳴ったのをよく覚えている。


 カインにとって、祖父は偉大な人だった。


 その人の口から、聞いたことのない単語が出てきたのだ。


 興奮するなという方が無理な話である。


 だが、実際ソレを見た時には愕然としたものだ。


 何せ、見た所何の魔力も感じないただの大きな鉄屑だったのだから。


 それでも、祖父が言うからには意味があるのだと、こうしてひたすら鍛練に暮れている。


 いや――


 ただそれは、一生成し得ないモノであっただけのこと。


「――さあ、どうだろうね。爺さんの考えは俺には分からないよ。もしかすると、魔法が使えない俺に、何か支えになることを与えたかったのかもしれないな。他の誰もやってないことをさせて、それが自信に繋がればいいと」


「そうなのかなぁ……でもまあ確かに、カインのお爺さんには何かが


 納得のいく回答が見つかったのか、シーアは一人で頷いていた。


「でもさ、カイン。ソレでいじめっ子たちに復讐してやろうとは思わなかったの? まあ、魔法じゃないから、不意打ちって形になるんだけど。彼らならきっと対処出来ないと思うよ」


 シーアの問いに、素振りの手が止まる。


「確かに、コレであいつらを殴り倒したらさぞ爽快だろうな。今まで受けた屈辱を全部返して、見下して笑ったらさ――」


 カインは、竹刀を見つめる。


 シーアは黙って、次の言葉を待ってくれている。


「でもさ、そうじゃないんだと思う。それをやったら、爺さんの気持ちに背く気がするんだ。もっと別の……それこそ自分だけの為に使うんじゃない。それにさ、そんなことしたらあいつらの為に毎日鍛錬してることになっちゃうだろ。俺は別に、あいつらのことそんな大切に思ってないよ」


 カインの話を聞いて、シーアはふふっと笑ったかと思うといきなり飛びついた。


「うんうん、ウチもそうだと思うなぁ。誰かの為に何かを為す。そのきっかけがきっとソレなんだろうね。それをただの力にしないカインはさ……きっとあの子たちよりもずっと強いよ」


 シーアの言葉に、心が晴れた気がした。


「俺は強くなんてないよ」


「強いよ。カインは強い。だって、カインは他人の痛みが分かる人だもん」


 シーアの物言いに、耳まで真っ赤にして堪らず顔を背けた。


 その姿を見てシーアは笑っているが、今は気にしていられない。


 誰かに認めて貰える。


 そんな些細なことが、カインの胸一杯に広がり、彼を満たしてくれる。


 ――ああ、俺は独りじゃない。認めてくれる人がいるんだ、と。


 虐げられる世界で僅かだけど、認めてくれる存在が彼を絆いでいる。


「そんなにくっついてたら……汗臭いだろ……?」


「いいよ。今はウチがこうしていたいんだから」


 ぎゅっと抱きしめる彼女の腕で、カインは更に顔を赤くした。

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