第7話 春の光と少女の秘密

──次の日の朝。


学校に登校すると、いつもと変わらない様子の三津原さんが「お、おはようございます」と挨拶してくれた。

だけど、俺の顔を見た瞬間、昨日の喫茶店での出来事を思い出したのだろう。彼女は途端に顔を真っ赤にして、俯いてしまった。


「お、おはよう、三津原さん」

俺はなるべく平静を装って返した。


「……その感じだと、俺が帰ったあとも大変だったんだね?」


「はい……結花さんと宵宮君から、散々根掘り葉掘りと……

 朝宮くんの事を」


三津原さんは、げっそりとした表情を浮かべて肩を落とした。


そんなやり取りをしていると、悠二がやってくる。


「二人とも、おはよう」


いつも通りの調子で挨拶してきた悠二だったが──


「おはようございます、宵宮悠二君?」


三津原さんからは、低く静かな怒りがにじむ声が返された。


「誠に申し訳ありませんでした!」

悠二は、即座に背筋を伸ばして謝罪のポーズ。


「悠二って、三津原さんには本当に頭が上がらないんだな……」


「わかるだろ……こいつ、怒るとめちゃくちゃ怖いんだよ……」


「美羽ちゃんと梨音ちゃんに今の言葉、言いますね」


「や、やめてくれ、それだけは! あいつら、お前に懐いてるから絶対俺怒られるって……!」


──どうやら、三津原さんが怒るとかなり恐ろしいらしい。


「そ、そういえば……結花さんと仲がいいんだね」


話題を変えるため、俺は慌てて別のことを口にした。


「はい。結花さんは私の従姉妹なんです。昔から、よくお世話になっていて」


「まあ、昔からあの人、なんだかんだ詩織には甘いからな」


「制服も、もう少しなんとかなればもっと良いんですけどね……でも、バイトとして雇ってもらう条件だったので、半ば諦めてます」


「そういえば、あの制服って結花さんが作ったの?」


「いえ。京都にいる親戚にお願いしました。反物を作っている人がいて」


「雇うって決めた時、結花さん、仕事早かったからなぁ。その日のうちに親戚に電話してたし」


他愛もない会話を続けているうちに、教室内にチャイムの音が響き、クラスメイトたちが自分の席へと戻っていく。

朝のホームルームが、静かに始まろうとしていた。──午前の授業は、どこかふわふわとした感覚で過ぎていった。


先生の声はしっかり耳に届いているのに、ノートに書いた文字の意味が頭に入ってこない。

(……昨日のこと、思い出すなって言われても無理だよな)


あの和メイド姿の三津原さん。

照れて逃げ出した顔。

そして、今朝の顔を赤くして俯く姿。

どれも、今までの彼女のイメージとは少し違って見えて……胸の奥が、なんだかそわそわしていた。


──昼休み。


「おーい、新、メシ行こうぜ!」


いつものように声をかけてきた悠二に手を振り返すと、彼の後ろには、すでに昼食セットを抱えた三津原さんの姿もあった。


「今日は、昨日の埋め合わせもかねて、私がお茶淹れてきました。……よろしければ、ご一緒にどうぞ」


「え、いいの? ありがとう!」


三人でいつもの机に集まり、昼食が始まる。


湯気の立つお茶の香りは、ほんのりと花のような甘さがあり、口に含めばふわりと心がほどけるようだった。


「これ……すごく香りがいい。何ていうお茶なの?」


「玉露と、ほんの少しだけ柚子皮をブレンドしてみました。春先は体が冷えやすいので……結花さん直伝です」


「さすがだな……」


「お前、本当に色々できるよな……」


「ありがとうございます……」


と、控えめに笑う彼女の横顔は、今日も変わらず穏やかだった。

だけど──昨日見た“恥ずかしがる顔”を思い出すと、その穏やかな笑みの裏に、もうひとつの彼女が隠れているような気がしてならない。


「……あのさ、三津原さん」


「はい?」


「昨日の話だけど……俺、本当に驚いたけど、あの姿、すごく似合ってたと思う。なんていうか、すごく、綺麗だった」


一瞬、三津原さんの動きが止まる。


次の瞬間、湯呑みを持った手がぴくりと揺れ、彼女の顔がぱっと紅に染まった。


「……そ、それは……ありがとう、ございます……でも、あれは……見られるつもりじゃなかったので……その……」


「うわあ、新、攻めたなあ……!」


悠二がにやにやしながら肘で突いてくる。


「ち、違っ……いや、そうじゃなくて、ほんとに素直な気持ちを言っただけで……!」


「ふふ……朝宮君は、素直ですね

 ありがとうございます」


そう言って少し俯く三津原さんの頬には、朝のそれとは違う、やわらかな赤みが差していた。


──その笑顔は、どこか、ほんの少しだけ、救われたような──そんな色をしていた。





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