6-5.異常
二人は急いで中庭へと出ると、見覚えのある人陰を見つけた。
「あれって、書記の……!」
寮の幹部に居た一人だ。名はテールウェルという。女は怯えた様子で少しずつ後方へと下がっている。その状況にはどうにも緊張感が走っていた。
「テールウェルさん!」
駆け寄ってくる二人に気づいたのか、パッと顔を向ける。その目にはひどく疲れが見て取れ、沈んだ色が滲んでいた。
「あ、あなたたちは……?」
「新入生のユニと、ステラです!こっちから悲鳴が聞こえて……」
「なに、あれ!?」
ユニの言葉を遮るようにステラは声を上げる。
その視線は書記が見ていた方を向いていた。
そこには、黒く大きな何かがあった。
見た目はほぼ液体、粘性があるようなドロッとしたヘドロの見た目をしている。山のように積み上げられたそれは、確かに動きを見せていた。
重力に従い積み上げられた泥が流れていくといった動きだけでなく、それは生物であるかのようにうねうねとした動作をしている。
呼吸だろうか、洞窟を抜ける風のような音が微かに聞こえてくる。どうにもそれは気色の悪いものであった。
その山がずるりと跳ねる。
ステラの声に反応したのか、うねりをもってその正面とも取れない側面を一行へと向けると、その不気味な腕のような長い突起を勢いよく振り下ろした。
「二人とも危ない!」
咄嗟にテールウェルが二人へ声を飛ばしながら、その両手で身体を押しのけ防御魔法を展開する。青白い光が弧を描いてテールウェルの面前に大きく円を作る。
「……!」
化け物の触手はその円に弾かれ仰け反る。しかし、直ぐに体勢を立て直すともう一度テールウェルへと目掛け、触手を勢い良く伸ばす。魔法は、弾けてしまった。
「ぐっ……!」
勢いのままにその延びた触手のような腕でテールウェルを掴み、握りつぶそうと締め上げていく。
「テールウェル! このっ!」
ステラはヘドロへと突っ込んでいき、顔ともとれぬ顔へと、力いっぱいに拳を振り抜く。が、それはヘドロの身体へ当たることは無かった。
「……はっ!?」
先程、テールウェルが展開した防御魔法が拳から化け物を守っていたのだ。突然のことに一瞬思考が停止したステラ。そこに鈍く、腹を殴るものがあった。
ステラは弾き飛ばされる。地面へと二転三転すると震わせながらも身体を起こしてそれを仰ぎ見る。その光景は尋常ではなかった。いくつもの触手が突起から成長するかのように生えてきていたのだ。
「……なん、なの」
「ステラちゃん!」
ユニが駆け寄って、倒れているステラに肩を貸す。
「あり、がとう……」
呼吸が少し浅くなっている。先程の一撃が重く、内臓に影響を与えたらしい。骨にも少しの軋む音がして、ステラの動きを鈍くする。
(どうすれば……)
打つ手なしか。そう思った時に一つ、ぱちんと音が聞こえた。
と、同時にヘドロが弾け飛んだ。二人は何が起こったのか理解できず、その飛んでいくヘドロを眺めている。高く掲げられたテールウェルも触手から解放され、地面へと垂直に落下した。
「おっと」
人陰が飛び出し、落ちていく書記を抱えた。そこに居たのは、ミルドであった。
「無事かい、テールウェル」
「りょ、寮長。はい……ありがとうござい、ます」
そう告げると意識を落とした。
「さて、と」
その後は事後処理が行われた。寮長は幹部たちに指示を出し、テールウェルをベロニカに引き渡して、一息をつく。
「礼を言うよ、ステラ。ユニも」
その場に残っていた二人に声をかける。
「あれ、寮長がしたの?」
「ああ、もう少し気づくのが遅れていれば間に合わなかっただろう。君たちが戦ってくれたおかげだ」
そう言うと中庭に据えられたベンチへと腰を掛け、二人にも楽にするよう示す。
「大丈夫。それより、とりあえずテールウェル、さんが無事でよかった」
「そうだね、あとはベロに任せるさ」
それで、と二人の顔を交互に見てから、また口を開く。
「君たちは、あれが何か分かるかい?」
「あれって……さっきのどろどろしたやつ?」
そうだ、と返事。
「知っているだろうか?」
「知らないよ?初めて見た。ユニは?」
ステラは即答して隣のユニへと促す。ユニは少し考えを巡らせると、何か思いだしたように声を出した。
「私は、本で少し似たような存在を見たことはあります……」
少し怯えた様子でミルドへ声を向ける。
「寮長、もしかして、あれは」
「ユニの勘は当たってるよ。あれは汚濁だ」
オジョク、とステラは聞き馴染みのない言葉を反復する。
「なんなの。その、オジョクって」
「汚れと濁りの集合体、のようなものだ。不躾な生物の成れの果てとも言う」
よく理解できずステラはユニへ助けを求める。
「えっと……汚いものが集まって出来た、怪物、みたいなものかな?簡単に言うとゴミとかヘドロが意識を持った……」
「それは、一般的な範囲での解釈です」
不意に誰かが口を挟んだ。
「誰!?」
二人は声の方を見る。一人の女性が立っていた。
白い長髪をふわりと靡かせその場に佇む女に、ステラは驚きを隠せなかった。彼女たちは、面識があったからだ。
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