第16話 デート④


 この水族館の目玉のイルカショー。

  

 まあ、大体の水族館の目玉がイルカやアザラシなどのショーだろう。


 でもそういうのって、鴨川シーワールドのような大きな水族館特有のものだと思っていたけど。

 屋内の水族館でもできるんだろうか。



 そう思いながら奥に進むと、大きな広間があった。

 そこには中心に大きな水槽があり、そこをぐるりと囲むように席が用意されている。


 思っていたより広大な場所だ。

 なるほどこれならばイルカショーも十分にできるほどのスペースがある。



 僕とツバキは中段の席を取った。


「下だとイルカは近くで見れるけど、飛び跳ねている姿が見にくいの。上だと飛び跳ねる姿は良く見えるけど、遠くて迫力がいまいちなの。総合的に考えて、このあたりの席が一番いいのよ」


 ツバキが指を立てて「ふふん」とドヤ顔で解説してくれる。


「それとね、昼間は前の席にいればイルカが水をかけてくれるらしいんだけど、夜はそういうのをしてくれないのよね。どうしてかしら。一度くらいは水をかけて欲しいんだけどね。シキが水をかけられたいなら、昼間のショーで前の席に座るといいわ」


「教えてくれてありがとう。でも僕はこういうところにはツバキと一緒に来たいから、たぶん昼間は来ないかな」


「……外でそういう嬉しいこと言ってくれるの禁止。抱きしめたくなっちゃう」


 ツバキの頬が染まって、上目使いでこちらを見る。


「家でならいくらでも言ってくれていいからね?」


「あはは……。わかった。家で言うことにするよ」

 

 確かに思い返してみたら、ちょっと恥ずかしいこと言っていたな。 



「でもツバキはくわしいね。ここ、なんどか来たことあるの?」


「ええ。なんども。夜にイルカショーをやっているところは少ないからね」


「イルカ好きなんだ」


「大好き。かわいいもの」


 そう言った後、ハッとしてツバキはこちらを見る。


「もちろん一番好きなのはシキだからね」


「そういうフォローはいいよ。別にイルカに対抗心を燃やしてはいないし」


 僕に言う「好き」とイルカへの「好き」は別の物だ。

 それくらいは僕にだってわかる。



 そうこうしている内にイルカショーが始まった。


 スピーカーからは音楽が鳴り、それにあわせてイルカが泳ぎ始める。


 スタッフのかけ声とともにイルカが跳ねる。

 それと共に照明でライトアップされた水が湧きあがる。


「きれいだ……」

 

 昔、小学校の修学旅行で水族館に行った。

 そのとき見たイルカショーとは少し別種のショーだ。


 あの時はイルカがダイナミックに跳ねる姿を楽しんでいたが、このショーの楽しみはそれだけではない。


 見るべきはイルカの飛ぶ姿だけではなく、水や照明を使ったその幻想的な姿だ。



「すごい。すごい……!」 



 僕はイルカショーに心が奪われていた。

 正直に言って感動した。


「すごいね、ツバキ!」


 感動を共有したくて横を見ると、ツバキがこちらをじっと見ていた。

 その目に、僕はなぜだか罪悪感を覚える。


「あ、ごめん。ちょっと盛り上がりすぎたね」


「? どうして謝るの?」


 僕の言葉を聞いて不思議そうに首をかしげる。


「楽しんでいるだけなんだから。別に謝る必要はないじゃない」


「いや、その……。なんというか、一人で盛り上がっちゃったから。申し訳なくて」


 たぶん罪悪感の正体はそれだ。

 自分一人だけ盛り上がっている。

 それにちょっと恥ずかしさも覚えた。


「……はぁ。そういうことか」


 小さくため息をついた後、ツバキは僕の両のほっぺをぎゅっとつまむ。


「ふはひ。ひはひほ」


「なに言ってるのかわからないわ」


 それはツバキが僕のほっぺをつまんでいるからだ。

 まあ、別にそこまで痛くはないからいいけどさ。

 

 でもなんでこんなことを……。


「あのね、シキ。あなたは二ついうことがあるわ」


「ふはふ?」


「一つは、貴方は誰に遠慮する必要もないってこと。私にも他の誰にも遠慮せずに、楽しんでいいし喜んでいいの。一人でもりあがる? いいじゃない。イルカショーなのよ? 楽しいに決まってる。盛り上がるに決まってる。私なんて、初めて来たとき立ち上がって大声でイルカを応援してたんだから。なんならいまから二人でやる?」


「ひは、はふはひほへは……」


「いい? 他の人なんて関係ないの。シキは自分の感情を優先していいの。だれかに謝るなんてしちゃダメ。それは相手が私であってもね」


「…………」


「つぎ。二つ目は、貴方が楽しいと私も楽しいってこと。私はシキが大好きなの。シキの喜ぶ姿を見れることは、イルカショーよりもずっとずっと嬉しいの。いい? 私の眷属なら、これからも私の側で楽しんでる姿や喜んでる姿を見せること。どんどん盛り上がってよ。楽しんでよ。それが私のためでもあるから」


「…………」


「わかった? わかったら返事しなさい」


「はひ」


「はひ、じゃない」


 一回ぎゅーとほっぺを引っ張ったあと、パッとツバキはほっぺから手を離した。


「はい。わかったら返事しなさい」


「はい」


「よろしい」


 ツバキは僕の後頭部に手を回す。

 そして首筋に顔を近づけてきた。


 血を吸われるんだな、と思って僕は緊張で少し体が硬くなる。

 が、ちがった。


 ツバキは首筋に軽くキスをした後、顔を上に持ってきて僕の唇にキスをした。




「好きよ、シキ。世界で一番好き」




 イルカの飛び跳ねる音も、ショーの最中の音楽も、僕には聞こえていなかった。

 

 僕にはツバキの声しか聞こえていない。

 ツバキのことしか見えていない。


 ツバキが好きだ。

 世界で一番。


 そのとき、僕は彼女への恋心を自覚した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る