第13話 デート
日が沈み、あたりは暗くなった。
夜の時間。
吸血鬼の時間。
ツバキの時間。
僕とツバキはマンションを出て、彼女の進める服屋へと向かっていた。
今日は屋上から出ることはせず、きちんとエレベーターで下まで降りた後に地面の上を歩いている。
外に出るとツバキは僕の手に自分の手を繋いできた。
指と指を絡めるつなぎ方。
俗にいう恋人つなぎだ。
ドキリとして、ツバキの方を見る。
「なに、シキ。どうしたの?」
彼女の方はというと、僕の方を見てニコリと笑顔になっている。
「どうしたのって。手……」
「手が?」
「いや急につないできたからびっくりして」
「ふふ。今さら気にする? 昨日も寝る前に手を繋いだでしょ」
「それはそうだけど、今は人前だし……」
「人前だからって気にすることはないわ」
「気にするなって言われても気になっちゃうよ」
歩きながらすれ違う人がこちらを見ているようで気になる。
これは僕の自意識過剰なんだろうか?
でもツバキはとんでもない美少女で、人目を引く存在だ。
そんな彼女と手を繋いでいる僕自身も、他人から見られることはあり得るだろう。
「なら他人から見られることに慣れて、気にしないようにしなさい。私の眷属なら、今後はたくさんの人から見られることになるんだから」
「たくさんの人から見られるんだ……」
ツバキってなにかしら特別な立場の吸血鬼なのかな?
まあ、ただ物ではないことはこんな大きなマンションの最上階に住んでいることからもわかるか。
「さ、いきましょ。いやだっていっても手はつなぐからね」
「……嫌とは言ってないさ」
別に、嫌じゃない。
ちょっと驚いたってだけのことだし。
人目が気になるってだけで、繋ぎたくないわけじゃないし。
「ふふふふ。そう。いやじゃないんだ。ふふふ♪」
そしてそんなことを言えばツバキが嬉しくなることはわかっていた。
別にツバキが機嫌よくなることは別に悪いことじゃない。
けど、なんか悔しい。
そう思ってしまうのは僕が子供だからなのだろうか。
上機嫌になったツバキと二人、手を繋いで歩く。
ツバキの言った通り、これは紛れもないデートだな。
デート。
デートか。
そう言えば、女のことデートをするのは初めてだな。
昨日から僕は初めてのことばかり経験している。
しかし女子と風呂に入ったり一緒に寝ることを、果たしてデートと同じステージで語っていいものか気になる。
……こうしてあらためて考えると、僕はけっこうすごい体験をしているのではないだろうか。
「お店はすぐ近くにあるから」
少し歩いた後、ツバキはそう言ってほほ笑んだ。
「どれくらいでつくの?」
「あと五分くらいかな」
「ほんとうに近くだね」
そんな近くに行きつけの服屋があるなら便利だな。
「ついたわ」
そうして歩いて行った先に、目当ての店にたどり着いた。
「いや、ここ……。なんかすごい高そうなお店なんだけど」
僕はたどり着いたお店を見る。
石造りを思わせる壁にシンプルだがオシャレな外観の扉。
ゴテゴテとした余計な装飾などないが、逆にそれが高級感を漂わせている。
ハイブランド、という言葉が頭をよぎる。
高級そうで立派なお店だった。
まあさすがにデパートとかで買うわけじゃないとは思っていたけどさ。
でもここはかなりレベルが高くないか?
僕のような庶民にはなんだか場違い感が……。
「ここはまあ、それなりの値段かな。でも安心して。別にお金とかは取られないから」
「お金を取られないってどういうこと?」
なに?
物々交換でもするの?
こんなところの服と同じくらいの価値のもので、僕が差し出せるものなんて内臓くらいしかないんだけど。
「ここ私の店だから」
「……ツバキってデザイナーなの?」
たぶん違うとは思うけど、一応恐る恐る聞いてみる。
「うふふ。違うわよ。ただのオーナーっていうだけ。服のデザインなんて私にはわからないわ」
「ならどうしてオーナーをやっているの」
「私の知り合いからもらったのよ」
「どういう知り合い!?」
服をあげるとかならまだしも、服屋をあげるって!?
「シキにはまだ言ってなかったけど、私……というか、私の母は吸血鬼のなかでも結構えらい立場なの。だからこうして娘の私に、店とかマンションとかをお金持ってる吸血鬼たちから譲ってもらえるのよ」
「そ、そうなんだ……。いいお母さんなんだね」
「いいのはあの人じゃなくて、プレゼントしてくれた吸血鬼の方たちよ。彼らには感謝してるけど、母には別に感謝してない。言ったでしょ。ただの放任主義の放浪癖よ」
ふん、と唇を尖らせるツバキ。
どうやら親には辛辣なようだ。
話を聞く限り、あまり親と触れ合うことなく育ったんだろう。
それを鑑みれば、親にたいするこの態度も理解できる。
それに、ツバキは不満かもしれないけど。
自分の母親へ文句を言うその姿は、僕の目にはとってもかわいく映った。
やっぱり親のことを離す時には年相応の姿を見せる。
いつもの大人びた態度や僕に好きという時の甘えた態度も魅力的だが、こうした少女然とした姿も可愛い。
「入って、シキ。今の時間は貸し切りよ」
「うん。しつれいしまーす」
扉を開けて中へ入ると、スーツを着た男の店員さんがこちらへと来た。
「夕凪様。赤羽様。お待ちしておりました」
そうして深く頭を下げる。
「あ、えっと……」
どう反応していいかわからずまごついてしまう。
デパートの服屋の店員にすら話しかけられるのは苦手なのに、こんなところで話しかけられるなんて。
どう反応すればいいんだ。
「落ち着いてシキ」
僕の手を離して、肩にポンとツバキは手を置いた。
「真島さん。ごくろうさま」
ツバキが僕の横に来て、店員さんに応対する。
「久しぶりね」
「お久しぶりでございます。夕凪様。本日はご来店くださり誠にありがとうございます」
「ごめんなさいね。あんまりここにこれなくて」
「いえいえ。これも私共スタッフを信頼して店を任せてくださっているがゆえのことだと思っております」
「電話で話したとおり、今日は彼の服を見繕って欲しいの」
「かしこまりました。ではどのような服をお求めでしょうか?」
「シキ。どんな服が欲しい?」
「え? 服? どんなって言われてもなあ」
別に服に拘りなんてない。
これまでも、デパートとかユニクロで適当に買った服を着ていただけだし。
「どれでもいいよ。サイズとかあっていればそれで」
「ダメよそんなの! シキに似合う最高の服を選ばなきゃ!」
「僕に似合う服といっても、そんな服あるかどうか……」
おしゃれに気を配ったことなんてない。
僕に似合うと言われてもよくわからないんだ。
ほんとにこれまで、着れればそれでいいってだけの理由で服を選んでたからなあ。
「赤羽様」
スーツの男性、真島さんがずいっとこちらに来る。
「な、なんでしょうか?」
「お任せということでよろしいでしょうか?」
「は、はい。それで。お任せで」
「かしこまりました。ではスタッフが赤羽様に合う服を選定いたしますので、そちらをご試着ください。夕凪様も、そちらでよろしいでしょうか?」
「ええ。シキをかっこよくしてちょうだいね」
「ご期待に沿えるよう、尽力いたします。では赤羽様。サイズを測るため、こちらへ」
そうして僕は採寸室へといざなわれた。
採寸室ってあるんだ……。
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