近づく距離
お母さんにみんなで何を話していたの?と聞かれて歴史の本を読んでいたよ!とちょっとだけごまかしちゃった。星座の力については内緒、だもんね。湊くんはお母さんも初対面だったから、紹介はしたけれど、大河ほど詳しくないんだよなあ。
そして、何事もなかったかのように朝が来た。私はバッチリ目が覚めて、大河と一緒に学校に向かっているところまではいつものこと。なんと、私の隣には湊くんがいるのだ。学校へ向かう途中、前に別れた道で合流したんだ。私の目の前で大河と湊くんが喋っている今までにはなかった光景が広がっている。
「湊、体調は大丈夫なのか?」
「うん。おかげさまで。大丈夫だよ。」
「ほんとか? 心配ながら文学部に来てもいいんだぞ。」
昨日、図書室で繰り広げられた星座の力のぶつかり合いからまだ1日しか経っていない。大河が心配するのも無理はないよね。私たちは湊くんを心配しながら学校へ向かった。朝礼が始まる前から教室はざわざわとしている。
「島香先生がストーカーって本当・・?」
「うん。なんか、天文部の瀬名さんの写真が机の中にいっぱい入ってたんだって・・。」
周りの子たちが噂話を口にする。ストーカーだったのは本当だったから否定はできないけれど、机の中に湊くんの写真がいっぱい・・って本当かな。本当だったら怖いよ。星座の力って恐ろしいな。私も力を使う時になったら気をつけないと。チャイムが鳴って、十蟹先生が入ってくる。
「みなさん、おはようございます、ピース。今日は大切なお話がありまして。まず、このクラスを担当していた島香先生なのですが、みなさんご存知の通り、生徒にストーカーをしていたことが分かりました。なので、理事長ともお話をしたところ、島香先生は退職処分となりました。よって、このクラスは私十蟹が担当することになりました。改めてよろしくね、ピース。」
十蟹先生の話を聞いて、みんなが騒ぎ出す。ストーカーかよ、退職はやりすぎ、でもストーカーって精神的にくるでしょ、そりゃ妥当だよね、十蟹先生が担任なら安心だよね、ピースなどなど自分たちの言葉が溢れてくる。
十蟹先生は穏やかな表情でみんなを止めるように言う。
「みなさん思うところはあるだろうけれど、人のことは悪く言うものではありません。自分に跳ね返ってきますよ。とりあえずここまでにして、授業に入りましょうね、ピース。」
それから授業が始まった。窓から見える青空はすごくきれいで、小鳥たちが当たり前のようにさえずりをしている。
差し込む光の向こう側に手を伸ばしたくなったんだけど。
「いなほちゃん!」
くるみちゃんが声をかけたときにはもう遅くて、私はなんだか眠たくなっていた。
目が覚めると、白い天井が見える。周りはカーテンで囲まれていて、ああそうか、ここ、保健室だ。あのとき、意識が薄れて、倒れちゃったんだっけ。
「うう・・ん。」
私は腕を伸ばす。思ったより体はだるくない。じゃあなんで倒れちゃったんだろう。そんな事を考えながら、立とうとすると、カーテンが開いた。そこにはくるみちゃんが立っていた。
「いなほちゃん、大丈夫ですの・・?私、とても心配しましたわ。光に向かって手を伸ばしていたから・・。」
くるみちゃんが泣きそうなのを抑えているのが分かった。私はくるみちゃんの手を握って、穏やかな声で大丈夫、大丈夫と言ってあげた。そうしたらくるみちゃんも安心したようで、ちょっとだけ表情が明るくなった。
「昨日のことで考えすぎていたんでしょう。一人で抱え込もうとしないで・・。私も大河くんも瀬名くんもいますわ。考えるときは一緒に考えましょう。」
「うん、ありがとう。くるみちゃん。なんか、星座の力とか学校にもまだ力を持っている子がいるとか、湊くんとか島香先生のこととか、いろいろ考えてたら頭がいっぱいになっちゃって。」
私がえへへと笑いながら話していると、くるみちゃんの後ろに大河が立っていて。
「そっか、俺のことは考えてくれてなかったのか、残念だな。でもほのかが元気ならいいか。」
ご、ごめん。大河。そんなつもりじゃなかったんだよ、と慌てて大河に声を掛ける。大河は真剣な表情で私の方を見つめる。そ、そんなに怒っていたのかな。
「あの、こんな事が起きてからアレなんだけど。俺、今日から祭りの練習に出なきゃいけなくて、何かあっても、しばらく参加できない、かも。」
大河の家は地区のお偉いさんでもあって、祭りとなると率先的に動いている。大河も小さい子供や小学生の子に太鼓を教えることも多くて、祭りが終わるまでは忙しそうにしている。だから大河は部活に入っていない。私は大河が頑張っているのを知っていたから、気にしないで頑張りなよと言ったけれど、大河はどこか申し訳無さそうにしていた。
「俺が言い出したのにな。けど、話は聞くから。そして星座の力のことは誰にも話さない。」
保健室の先生が戻ってきて、私の体温を測ってもらったら平熱だった。けれど、疲れているようだから今日は早退するか、保健室で安静に過ごしたほうがいいということだった。私は早退せず、保健室で過ごすことにした。
「じゃあ、私達は戻りますね。今日はゆっくり休んでもらって、明日からまた一緒にお話しましょうね。いなほちゃん。」
「・・じゃ。」
くるみちゃんと大河は保健室を去っていった。さて、保健室で過ごすことにしたけれど、意外とやることがない。私はカーテンを閉めて、ベッドで横たわっていた。しばらくして、誰かが入ってきたのか、話し声が聞こえる。
「天文部の鈴原先輩、意識高すぎて怖い。」
「学園のこと、なんでも知っていて、記録していて、記憶していて・・っていうよね。ちょっと怖いかも。」
私、入学してから天文部の人のことは湊くん以外誰も知らないんだ。もうちょっとだけ耳を傾けてみようかな。
「新聞部の部長でさ、もう聞かれたことは何でも新聞のネタにされちゃうよ。こういう人は守秘義務っていうものがないのかな。話したくなくなっちゃう。」
「この間も、入学したての生徒の声を聞きたいとかで私も質問攻めにあっちゃった。」
熱心に新聞部やってる人で、会うと質問攻めにされるのか。まだ文学部でそこまで巻き込まれた人は見たことがないな。私は夢中になって聞く。すると、ベッドのカーテンが一つだけ閉じていることに生徒が気づき、慌てて話すのをやめてしまった。
「鈴原さん・・か。星座の力についてもなにか知ってるのかな。それよりも学校の歴史に詳しそうだからちょっと話してみたい、かも。」
私はまだ出会ったことのない鈴原さんが気になりながらそのまま眠りについてしまった。終礼が終わるチャイムが鳴り、私は目覚めた。誰かが私を呼ぶ声が聞こえる。
「・・りさん。・・なりさん・・。稲荷さん・・大丈夫? 大丈夫なら、カーテン、開けてもらえる?」
この声は、湊くん!! 私は慌ててカーテンを開けると、その様子を見て湊くんは笑っていた。
「あ、あの! どうしてここにいるって分かったの?」
「古坂さんから聞いたんだ。なんか大河は祭りの練習で帰ってしまったし、古坂さんも用事があるからって・・。君たちは本当に慌ただしいね。」
湊くんは苦笑いしながら私に話すけれど、大河はともかく、くるみちゃんは多分私に気を遣ったんだ・・。あとでくるみちゃんに声かけておこう。
「えっと、湊くん。その・・鈴原さんって知ってる?」
「ああ、知っているよ。知りたいというか直接会いたいんだろう?」
「どどどどうして分かったの!」
「さて、どうしてでしょう。まあ、保健室で話しても長くなるから、帰る準備して。」
湊くんが先に出て、私も慌てて帰る準備をする。あとで気づいたんだけど、保健室の先生の前で喋ってしまった。そりゃあ先生ちょっと笑ってるわけだよね・・。ごめん湊くん。
私がいる文学部と湊くんがいる天文部は校舎が渡り廊下で繋がっているから校門で合流するまでちょっとだけ時間がかかる。私は校庭を一気に走り抜けようとしたんだけど、相変わらず湊くんは帰りに取り巻く女の子たちに捕まっていた。私が湊くんに近づこうとしても、取り巻く女の子たちが壁になってなかなか近くに行くことができない。
「・・ごめん。今日は話したい人がいるから。」
湊くんが一言言ったそれだけで、取り巻く女の子たちはしょんぼりとしながら湊くんから離れていった。そして、私のもとに近づいてきた。
「帰ろうか、稲荷さん。」
湊くんが私といっしょに歩きだすと、取り巻く女の子たちから文学部のアイツだと言わんばかりの視線とどうしてあの子がといった嫉妬のような言葉が私に投げつけられる。湊くんは視線と言葉の元となっている方向を見ると、視線も言葉も静かになった。女の子たちは凍りついたような表情をしている。
「み、湊くん・・・何をしたの?」
「え? ちょっとにっこり笑顔で挨拶しただけだよ?」
私を見る湊くんは夕焼けと重なりすごく眩しかった。けれど、私まで冷や汗をかきそうになっている。
「えっと、鈴原さんのことだよね。帰りながら話そう。」
私と湊くんはまたゆっくりとしたペースで歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます