追放少女と悪霊

ダンジョンの奥、少し広めの部屋で、ふたりは休憩を取っていた。

小さな焚き火の温もりが、冷えた空気の中で心地よく広がる。

ミナが少し不格好に携帯食を口にしながら、嬉しそうに歌を口ずさんでいた。


「おねえちゃんのうた、すごいんだ~♪」


その歌は、今まで何度もミナが口にしたことのあるものだった。

内容はいつも同じで、凪咲の強さや優しさ、何よりも彼女が「お姉ちゃん」として大切な存在であることを謳うものだ。


1番: お姉ちゃんはすごいんだ

いつも勇気をくれるんだ

どんなに暗い道でも

お姉ちゃんと一緒なら怖くない


(サビ)


お姉ちゃん、最高だよ!

みんなを守る力持って

お姉ちゃん、ずっとずっと

わたしのお姉ちゃんだよ


「ミナ……」


凪咲はちょっと照れくさい気持ちになりながら、彼女を見守った。

スライムだったミナが、こうして歌を歌うことができるのは、凪咲にとっても不思議で、少し感動的な瞬間だった。

凪咲はミナと共に携帯食を食べながら、ゆったりとした時間が流れるのを感じていた。

しかし、その平和なひとときは、あっという間に終わりを迎えることになる。


「おねえちゃん……おねえちゃん」


その声で目を覚ました凪咲は、眠気を感じながらも、すぐに異変を察知した。

目を開けると、部屋の扉が開いており、外にはミナが立っていた。

その足元には、黒い布が落ちている。


「ミナ、どうしたの……?」


凪咲が立ち上がり、声をかけると、ミナは顔色を変えたまま、震える声で答える。


「……ワイト、きた……」


その言葉に、凪咲はすぐに身構えた。

ワイト、生物に憑りついて体を乗っ取る悪霊だ。

光に弱く黒いローブを纏い攻撃を仕掛けてくるが、今はその姿は見えない。

いや。


床に落ちている黒いローブは、もしかして。


ふとミナの顔を見る。

明らかにいつもの彼女の姿ではない。


「おねえちゃん、たすけて……」


その声には、ただの恐れや不安だけでなく、もう一つの強い感情が込められていた。

ミナの身体は正気に覆われ徐々に黒く変色し、目に見える形で侵食されていく。

それは悪霊、ワイトが彼女の身体に取り込まれた証拠だった。


凪咲の頭に、師匠の言葉がふとよぎる。


「――居合術には、体内の病巣を斬る技がある」


だがそれは、あくまで体内の病を断つ技に過ぎない。

霊的な存在に対するものではない。


だが、今のような状況で「正しい手段」など考えている暇はない。

放置すればミナは完全に悪霊に乗っ取られてしまうだろう。


「でも……」


凪咲の手は震えていた。

「体内の病巣を切る技」を自分は成功させたことがなかった。

そんな自分が、霊体を斬ることができるのか?


一瞬、頭の中で迷いが生じた。

人を傷つけるのが怖い。

それはこの技に限らず、今までずっと恐れていたことだった。


だが、目の前で苦しんでいるミナを見ていると、躊躇している暇はないと感じる。


「……私は、君を守る、必ず」


そう心に決めた凪咲は、ゆっくりと居合の構えを取った。

その目は、いつもの冷徹さを帯びて、決して揺るがない。


「行くよ、ミナ」


その言葉を最後に、凪咲はすべてを一閃した。

居合の刃が、ミナを覆う黒い瘴気を切り裂いた。

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