第23話 出発式

 王都の中央広場は早朝にもかかわらず、既に多くの人々の熱気に包まれていた。


 石畳の上で整然と並ぶ騎士たちの甲冑が陽光を反射し、白銀の波のように輝いている。


 その中心、広場の石造りの壇上に立つ男――黒豹騎士団の団長レオパルドの姿が、ひときわ人々の目を引いていた。彼は全ての光りを吸い込んでしまうような漆黒の鎧を身に纏い、壇下を睥睨している。


 白蘭魔法団の魔導士たちはその後方に控え、揃いの純白のローブが風に揺れている。


 そして黒豹騎士団、白蘭魔法団の背後にいるのは冒険者達だ。無骨な鎧や旅装の隙間からギラギラとした野心に満ちた視線を覗かせていた。


 これはただの行軍ではない。王国の国境付近の村を脅かす、凶悪な盗賊団を討ち滅ぼすための、誇り高き討伐隊の出発式である。


 広場を取り囲むように集まった民衆の数は千を超え、老若男女の誰もが、期待に満ちた視線を壇上へと送る。祈る者、拳を握る者、囃し立てる者もいる。


 やがて、レオパルドがゆっくりと一歩前へ出る。黒豹の名を冠する騎士団を束ねる男の声は、濁りなく、深く広場に響き渡った。


「我ら黒豹騎士団は、王の命を受け、国境に巣食う盗賊どもを――容赦なく討つ!」


 剣を抜き、空に掲げる。その刃は鎧と同じ漆黒。妖しい力が観衆の熱を昂らせる。


「レオパルド様!」と叫ぶ女の声がいくつも広場に響き、更に熱狂が加速する。


 レオパルドの挨拶が終わると、今度は金髪翠眼の女が進み出て、観衆に向けて声を張り上げた。白蘭魔法団団長、パオラだ。


「我ら白蘭魔法団は黒豹騎士団とともに、国境に潜む盗賊団を討伐し、王国に平和を取り戻す!」


「パオラ様!」と叫ぶ男の野太い声がいくつも広場に響き、熱狂に厚みが増す。


 レオパルドはパオラの隣に立ち、二人が並んだ。


 甲高い女の歓声と、地下から響くような男の歓声。二つが混じり合い、広場は混沌に包まれる。


「出発!!」


 その声によってレオパルドとパオラは動き出す。黒豹騎士団と白蘭魔法団は中央広場に用意されていた馬車に乗り込み、その後ろには冒険者達が続く。


 討伐隊の行軍は歓声を浴びながら中央通りを進み、やがて王都を離れた。



#



 討伐隊が王都から離れたところで、配信は終了した。


 俺はタブレットをリュックに仕舞い、出発式の様子を頭の中で振り返る。


 一番目立っていたのは黒豹騎士団の団長、レオパルド。こいつはリンデ王国では珍しい、黒髪の偉丈夫だ。鎧も剣の何もかも黒で統一しているので、「黒い守護者」なんて呼ばれている。


 長身でキリとした顔つきのイケメンなので、ファンも多い。実力、人気の両面を考えて、討伐隊の隊長に任命されたのだろう。


 次に目立っていたのは白蘭魔法団団長、パオラ。金髪翠眼の正統派美女。胸はそんなに大きくない。


 まぁ、国民人気は高いので、カメラが二人を追うのは分かる。


 しかし、エルルちゃんを映さない理由にならない! 今回の出発式の配信でエルルちゃんが映ったのはほんの一瞬だけ。瞬きを三回する程度の時間しか、その姿を見ることは出来なかった。


「ふざけるなよ!! カメラ回してるやつの目は節穴か? どう考えても一番可愛くて迫力があるのはエルルちゃんだろ!! もっとエルルちゃんに注目しろよな!!!!」


 部屋の中で怒りをぶちまける。


 普段なら隣人からクレームが来るところだろうが、今日は平気。なぜなら「蛇の巣」に潜むやつらも全員、出発式の様子を見に行ったからだ。


 中には名を上げようと討伐隊に参加したものまでいるらしい。盗賊の首一つに結構な報奨金が出るという話もある。無論、俺は参加しなかったが……。


「さてと。国境に先回りして、出待ちポイントを探すかぁ」


 今回、お題目は盗賊団の討伐だが、実際の相手は帝国に雇われた傭兵達だ。武器や食料は帝国から支援されているだろうし、補給路も確立されているに違いない。


 国境を守る辺境伯の手勢が押し込まれていることを考えると、かなりの優秀な傭兵が雇われていると考えるべき……。


 正面からやると、長期戦になる可能性がある。戦いが長引くと黒豹騎士団や冒険者達の精神的な負荷が高まる。性欲を発散させようと、白蘭魔法団の女魔法師達にいやらしい視線を向けるに違いない。


 つまり、エルルちゃんが危ないのだ!! 目をギラギラさせながら、エルルちゃんに迫る不届きな輩が大量発生する可能性が滅茶苦茶高い!!


 俺には遠征を速やかに終わらせ、エルルちゃんの身の安全を確保する義務がある!!


 俺はいつものリュックを背負い、短剣を腰にぶら下げて「蛇の巣」を出た。



#



 王都から北の国境に向けての進軍は順調だった。街道沿いの町や村で野営しながら予定通りの日程で進んでいる。


 五日目になって初めて、草原のど真ん中での野営となった。


 黒豹騎士団の騎士と冒険者達が夕暮れを前にして、天幕の設営を急ぐ。


 一番最初に組み上がった大きな天幕。そこには黒豹騎士団と白蘭魔法団の幹部、そして冒険者の代表であるA級のランベルトが集まっていた。


 折り畳み式の椅子を丸く並べて座り、あれこれと今後のことを話し合っていた。


「予定通り、夜の見張りは冒険者達で回してもらう」


 レオパルドがランベルトに指示を出す。世渡りに長けたベテランのA級冒険者は柔らかい口調で「お任せください」と答えた。


 満足そうに頷いたレオパルドは少し悪戯っぽい表情に変わる。


「そういえば、今回の遠征には例の『魔王殺し』が参加しているらしいな。一体、どんな冒険者なんだ?」


 一方のランベルトは少し眉間に皺を寄せた。「また、その話か」と。


「勿体ぶらずに話してくれ。戦力のことは把握しておきたいんだ」

「はい。魔王殺しの冒険者の名はトマージ。ランクはBでレオパルド殿と同じく魔法剣を得意とします」


「ふむ」とレオパルド。続きを促す。


「しかし、本領はそこではありません。トマージはどうやら【覚醒】タイプらしいのです。奴は今まで何度か強力なモンスターを討伐していますが、いずれも本人は覚えていません。魔王戦でも別人格が【覚醒】し、真の力を発揮して討伐に成功したのです」


 レオパルドは顎に手をやって唸る。


「うーん。集団戦では扱いにくい駒だな……。強力な敵が現れたなら別だが」

「おっしゃる通りです。トマージのことは『何かあった時の切り札』ぐらいに考えておく方がよいかと」


 ランベルトの言葉にレオパルドは頷く。その横で、パオラは何故か笑いそうになっている。


「パオラ、どうした?」


 レオパルドは怪訝そうに尋ねた。


「そのトマージ、うちの新人にいつもギフトを贈っている人らしいの。【覚醒】タイプの凄い冒険者が新人魔法師の推し活をやってるのが、なんだか面白くって……」

「トマージの奴、推し活なんてやってたのか……」


「若い奴の考えはわからん」とベテランのランベルトは首を傾げた。


「まぁ、その辺は個人の自由だろう。ランベルトは少し頭が固いぞ?」

「最近、よく言われますよ」


 ランベルトが頭を掻きながら笑い、軍議は終了となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る