第18話

ジブチ基地勤務に慣れて2ヶ月ほど。何やら慌ただしくなりそうな話が浮かんできた。

「ナガ、聞いたや?陸将補の話」

山永は今日、警衛直ではなく日勤であった。のんびり基地の食堂で昼飯を食っていた飯バナシ中に高橋2曹から噂が飛んできたのである。ちなみに今日の昼食は豚のしょうが焼きだ。日本のそれっぽい味ではあるが、やはり地元の食材を使っているからかそこはかとなくエスニック感のある味になっている。まあそれは今回に限らず毎回なのだが。

「?なんすかなんスか?」

「陸将補の来てボラマに表敬に行くらしか。多分梯隊組んで車両警護ぞ」

「そらまた何しに行くとッスかね?」

「さあ、そこはよう分からんね。」

何が目的にせよ面倒な勤務になりそうだと彼は思った。

「面倒ごとんなるとも限らんけん、多分フル装備で準備になるやろな。エグゾもキソーも持ってくぞ、こいは」

「マジすか。迫撃砲は持っていかんでいいすか?」

キャベツの千切りをジブチ風生姜焼きに包んで口に放りながら、山永は軽口を叩いた。

「どこで据砲すっとや?街中で据えたらこっちががらるっやろが怒られるだろうが

バカ言うなーと高橋2曹。ちなみに部隊では未だにL16を運用している。とはいえ初期型のライセンス生産ではなく、日本向けに改修設計権をイギリスから買取り、L16改として開発をかけたものが改修各部隊に配備されている。

「そういや宇都宮おった時に迫の上曹が言いよったッスけど、砲の照準合わせん時、上下転把と左右転把を同時に回して照準できるってガチすか?魚の眼ごた右目で上下、左目で左右?見ながら転把回すみたいな」

「あぁ?流石にそいはフカされとるやろ。かえって転把操作ミスるわ~」

「……騙されたっす。まあ大阪人だったんで疑ってはおったっすが。」

「おまえリムっとる割になんかそういうとこ抜けとるよな」

「言わんでくだせえ、気にしとるっす。」

とりあえず食べ終わり、水を飲んで口をスッキリさせる山永。高橋2曹は呆れ笑いを浮かべながら彼をイジるのであった。


山永の非番の日。警衛中隊の数少ない楽しみの一つが外出である。警衛中隊の彼らは基本的にPMCの隊員と一緒に外出する。自衛官だけで外出することも可能ではあるが、基本的に現地について知識があるヴィーグルの隊員と同行する方が安全かつ楽しめるため、基本的に彼らと行動をともにするのが通例であった。ヴィーグルの事務所前に集まり、彼らの車両で外出する流れだ。今日の外出バディは3中対戦小隊の田上2曹と4中の後田3曹、ヴィーグルのマッツ・リンドクヴィストである。

「うぃーす」

後田3曹は山永から見ると一期上の先輩で、若干やる気のない雰囲気だが目端が利いて気が回るタイプの人間だ。3中の永嶋2曹に関しては物静かでゲーム好きな先輩である。山永とは仲が良い。

「お疲れでーす」

「ほんじゃ行く?」

「行きますか」

事務所のドアを開くとソファでマッツが待っていた。

"Hello! Mr. Mats."

"Hello, Sergeant Yamanaga. Vehicle’s ready outside."

[こんにちは山永3曹。車は用意できています。]

"Thank you! So let's go out."

3人は基地のモータープールへ向かう。ちなみにトヨタのハイラックス、ピックアップトラックがヴィーグル社の社用車になっている。この車両は恒常業務で使用する車両で、警護用の車両はイタリアIVECO Daily 6×4を装甲化したものを使用していた。

"Are we heading to Ménélik Plaza as planned today?"

『今日は予定通りメネリク広場で?』

"Yes, I'm looking forward to it!"

"That’s good to hear."

『それは良かった』

永嶋2曹は特に喋ることなくハイラックスの後部座席に乗り込み、後田3曹も後部座席に続く。山永は期別的に下っ端なので助手席だ。マッツが乗り込むと自動で電装系が起動し、彼が座席にしっかり座ってハンドルを握ると正式に虹彩と握ったハンドルの指の静脈から認証が行われ、ディーゼルエンジンが掛かる。

"To Ménélik plaza."

『Alright. Heading to Ménélik Plaza.

Estimated time: fifteen minutes.』[分かりました。メネリク広場へ向かいます。到着予想時刻、15分]

車両が発進する。もちろん自動運転である。マッツはハンドルから手を離し、座っているだけで焼けたアスファルトへ車両は進んで行った。


ジブチ基地の正門ゲートは部隊と違い、新型身分認証システムが導入されているので車に乗ったまま身分証改めが行われる。PWR通信で認証データが送信されるのだ。陸自側は外出申請が出されていなければゲートが解放されない仕組みである。ちなみにヴィーグル社員は全く関係なく出入りできる。そもそも外出を制限する必要性がないからだ。今日のゲート直は隊長のエーリクとソマリ人のアブディであった。二人とも軽く手を挙げて見送ってくれる。

"It's first for me to visit Ménélik. Tell me how we enjoy the place!"

『メネリクは初めてだ。楽しめる場所を教えて貰えるか?』

右手に見えるアフリカの深い青の海を眺めながら、山永は助手席でのんびり尋ねた。後ろにも聞こえるようヒマリが訳してくれる。

“Mostly cafés, market stands, some good coffee if you’re lucky.

Don’t expect much — but it’s the only place that feels alive here.”

『カフェと露店、運が良ければうまいコーヒーぐらいだな。

大したもんじゃないが……この街で唯一まともな感じがする場所だな』

ちょいとがっかりする山永。まあブリーフィングでやヒマリに聞いてはいたが、ヴィーグル社員だったらもっといい案を出してもらえるかもと期待したりしていた。

"I expected there are more good places."

[……なんかもっといい所あるかと思ってたわ]

“That’s what everyone thinks at first.

Don’t worry — disappointment’s part of the charm here.”

『最初はみんなそう思うさ。

心配しないでいい、がっかりするのもこの街の“味”だ』

マッツも海風を感じながら窓向こうを眺めているのだった。


後田3曹はメネリクプラザの中央部で降ろされると「集合時間にまたここで~」と軽い感じで町中に消えていった。まあ、アイオスがいるので怪しい通りやスラム等には行かないだろう。とりあえずのんびりできる場所がないかとマッツに聞くと、カフェだろうなと返された。というわけで永嶋2曹と山永とマッツはマッツのオススメのカフェに行くことにする。中心部から東に離れ、海沿いのシエスタ通り。アデン湾が見えるノスタルジックな内装のコーヒーショップ《Café Mélancolie》に案内された。年季の入った店構えだ。外装からどことなく旧宗主国のフランスの洒脱感が溢れている。永嶋2曹はゲームをするからと言って別の席を、マッツも一杯飲んだら自分の用を済ませに行ってくると言っている。

"Tell me your recommend."

マッツに聞いてみた。もちろんヒマリに聞いても良いのだが、やはり店に通っていて実際に自分の舌で味わっている人間に聞くのが一番だと山永は思った。

“Café Noir. Simple, strong, no tricks.

If you still taste it an hour later, that means it was good.”

『カフェ・ノワールだな。シンプルで、強い。余計な細工はない。

一時間後も口の中に残ってたら、当たりだ』

"It sounds good. I expect it."

“Good. Just don’t expect latte art or smiles.”

『それはよかった。ただ、ラテアートも笑顔も期待するな』

マッツはニヤっと笑った。山永もその一言でここは職人の店なのだと察する。これは期待できそうだ。


ホール担当のAIOSに好きな席へどうぞと通され、マッツと山永は海がよく見えるオープンテラス席に座った。朝と言うには遅いが昼にはまだ早い。ひとまず二人ともカフェ・ノワール、要するにブラックコーヒーだけ頼むことにした。

"It's good shop. I like it."

“Yeah. It’s quiet enough to hear your own thoughts.

That’s rare around here.”

『ああ。自分の考えが聞こえるくらい静かだ。

この街じゃ、なかなかないことだ』

「……ヒマリ、訳さんでよかぞ。分からん時はお前にちゃん聞く」

『……分かった。』

これはむくれている。面倒だが後で機嫌を取らねばと彼は思った。

“You like talking on your own, don’t you?

Most people just let their AIs do it for them. Why bother?”

[あんたは自分の口で話すのが好きだな。ほとんどの奴はAIに喋らせてるのに。わざわざ何のために?]

珍しくマッツから尋ねられた。山永はフムと考え、

"No deep reason.I want to talk someone with my words."

“Fair enough.

Words sound different when they come from a real voice.”

[なるほどな。

言葉ってのは、やっぱり本物の声で出したときに違って聞こえるもんだ]

"Thank you to say so."

“Don’t thank me.

Just keep doing it — most people don’t anymore.”

[礼なんていらん。そのまま続けろよ。もう、そういう奴はほとんどいない]

穏やかに返すマッツ。ちょうど店主がやってくる。

"Deux Café Noirs."

『カフェ・ノワール、二つ』

——テーブルにコトッと置く音。

彼はそれだけ言って、もう背を向けていた。客の話を邪魔する気はないといった雰囲気だ。ちなみにヒマリはここぞとばかりにフランス語を訳してきた。

"Why had you been to Army?"

手持ち無沙汰なので山永が聞く。

“Because it was the only place where silence made sense.”

[……沈黙に意味があったのは、あそこだけだった]

山永がよく分からなそうな顔をする。単語は聞き取れたのに意味がわからない。

“Don’t think too much about it.

There’s no deep meaning anyway.”

[気にするなよ。深い意味なんかないさ]

軽く笑いマッツは話を流した。口にコーヒーを含む。山永もそれに倣った。そして唸る。おそらくモカの類だ。複雑な香りが口の中いっぱいに広がる。後味の余韻も深い。山永はコーヒー好きだったが、これほどのインパクトのコーヒーは久しぶりである。

"Very good."

彼の言葉に頷くマッツ。二人は黙ってジブチの海を眺める。不思議な空間だった。雲ひとつなく、とにかく遠くまで見渡せる海だ。乾燥しているからだろうか。コーヒーのリラックス効果もあるが、おしゃべりする雰囲気ではなくなった。

「ふぅ……」

警衛中隊はなんだかんだ閉鎖的な空間だ。海外基地ゆえどうしても日本人は抑鬱的な感覚に捕われる。内向きの組織文化になりがちで、イジメもよく発生するらしい。

「……」

山永は少なくとも今はそんな閉鎖感からは解放されていた。マッツがここを勧める本当の理由がわかった気がする。

「昼飯もここにするか」

海を眺めつつ独りごちる彼。それに呼応した訳では無いがマッツが声をかけてきた。

“I’ll take care of my errand after this cup.

Let’s meet back at the rendezvous point.”

[これを飲んだら自分の用を済ませに行く。あとは集合場所で会おう]

"Roger that."

マッツは自分のタブに支払いを命じると、最後の一口を堪能し席を立った。山永が軽く手を上げて見送る。そして彼はまた、海を眺めるのだった。


『結局ずっとここいるじゃん』

夕暮れをARメガネ越しに眺めていると、右のレンズ端からひょこっとヒマリが顔を出した。昼メシどころか3時のおやつ、晩飯までこの『カフェ・メランコリー』で過ごした山永である。一度長居し過ぎか卓上の注文マイクでホールのAIOSに尋ねたが、混んでいる訳でもないので特に問題ないと言われた。ちなみにコーヒーは3杯まで飲んでいる。

「別によかろうもん。だいかに迷惑かけとる訳じゃなし」

『いや、飽きないの?』

心底不思議そうに聞いてこられた。

「コーヒーはうまい。飯も激ウマ、おやつもある、景色最高。わざわざ人混みんとこ行く理由のなか」

『……そういうもんなの?』

「そういうもんさ」

なんだか知らんがメガネの端っこでテーブルを引っ張り出すとヒマリもティーセットでお茶を始めた。無駄に芸が細かい。

「……ワイも飲み食いできたらよかとにな」

『そのうちできるようになるよ。結構そういうセンサーの開発進んでるんだから』

実際のところ汎用AIを搭載した完全自律型ロボットを商用化させるべく、各企業がしのぎを削っている。研究機自体は完成して実用化されているが、流石にあまりにも高価との事である。ホワイトハウスや超国家企業などアホほど金のある組織は運用を開始しているらしいが。

『……ねえねえ』

「なんした」

『あたしも海見たい』

「よかぞ?……ほれ」

タブを胸ポケから取り出すと、海を向けて三角になるように立ててやる。これでタブのカメラで見えるだろう。

『ありがと』

「おうさ。……綺麗やろ?」

『うん……』

メガネの中のヒマリアバターが海を向いている。たまにカップに口をつける仕草。マジでここまでトレースするとは物好きなAIだと彼は思った。

「……よかろ?」

『……そうだね』

ARグラスでさっきまで日本の生成お笑い動画を見ていたが、なんだかヒマリにばかり視線が行く。見る気が失せてしまった。

「動画カット」

『……はーい』

日本とは違う紅い夕暮れを二人で見続ける。なんともノスタルジーだ。

『そういえばさ』

「おう」

『あたしを切ってる時、エロいの見てるでしょ』

「……?!?!!」

『図星だ』

急にこっちを向いてニヤリとするヒマリ。

「……おまえなぁ、そげなこと今言うなや!」

『たまにはやり返したいもんね』

「やり方の下品ぞ!」

『じゃああたし切らずに見てよ』

「バカか!なんのためのプライベートモードか!」

『趣味に合いそうなの探してあげるよ?』

「いらん世話たい!」

なんというAIだ。さっきまで情緒たっぷりだったのにこの変わりよう。人間の山永の方がついていけない。

『あたしのアクセスできないディレクトリって宗清のシュミが詰まってんでしょ?知ってんだから』

「こんマセガキめ!」

ふふーんと、何故かご機嫌な彼女。最近こっちが大上段で言うこと聞かせていたから景気のいい意趣返しでしてやったり。そのままどんどん暗くなる空を眺めなおすヒマリ。

「……楽しかったか?」

『……まあまあ』

満更でもなさげに、彼女はそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る