第5話

地獄のような中隊検閲も終わった。それはもう最悪かつ忌々しく泥汚くくだらない防御訓練の検閲だったが、もはや終わった話。検閲前のピリピリ感からも開放され、各種器材等の演習後整備も終わり、ようやく盆休みも見えてきたある日のことだった。

「あ、いたいたー。山永3曹、ちょっと良いすか~?」

いつものようにヒマリを連れ、屋上で日課の筋トレをしていた彼に珍客が現れたのだ。バトルロープを物干場の物干し台の支柱に括ってビタンビタンやっていた所、突然鳩小屋の扉が開きWAC女性隊員が2名出てきた。3小隊の朝長と迫小隊の宮崎だ。確か二人とも同期で3年目の士長だったはずだ。宮崎は脱色した金髪、朝長は茶髪のギャル感MAXな隊員である。課外で営内という事もあって、いつもヘアネットで纏めてるセミロングの髪は二人とも降ろしている。昔、自衛隊ではそれこそ染髪自体完全にご法度だったらしく、その時代なら一発で指導を食らっただろう。二人とも顔は愛嬌があって結構モテそうだ。

「……っふーーーっっ……!……ハァ、ハァ……なんした?オイに用ちゃめずらしかなァ!」

「相談のあるッス!」

相変わらずガチっすねーなどと呟きつつも、汗だくの上に全く息が整っていない状態の山永に関しては二人はあまり気にしていないらしい。

「……っふぅ……そいで?陸曹候補生の勉強かなんかか?」

「いやいや、そいやったら一ノ瀬さん……一ノ瀬2曹に聞きますよ!」

汗を拭き拭きまあ座れよと言いながら、結局何の話だろうかと山永は訝しんだ。二人はなんの遠慮もなく鳩小屋の庇に置いてあるベンチに座る。ちなみに士長から3曹に昇任する為には陸曹候補生試験に合格する必要がある。とはいえ自学研鑽だけでは足りない、というか自衛隊に入ってくるヤツは勉強などきちんやる方が少数派だ。ケツ引っぱたいてやらせる人間が要る。それが「教養係」の一ノ瀬2曹である。

「ほいだら結局なんや?」

「えー?あー……実はウチの恋バナっす!」

「……はぁ?!」

宮崎の言葉に彼の目が点になった。なぜ俺なのだ。

「ワイら言う相手まちごうとらん?」

「だって、西士長と山永班長、バディでしょ?」

「……あー、そげん話か。」

どげんするかなーと頭を抱えつつ、彼はふと思った。

「……てか朝長ば連れとってよかとか?」

「いーにきまってんじゃないすかー!マジ友っすよー!」

「マジっすマジ!」

なぜか朝長が相槌打ちながらピースしている。若いヤツの感覚はマジで分からんと思う彼。

「ほいで?オイに西と付き合うキューピットんなれと?」

「なんか言い方ディレってますけどそうです!山永はんちょーはにっしーのリアバディなんで。」

宮崎の言い回しと若者イントネーションで解読にワンテンポ取られつつも彼はようやく彼女らの意図を理解した。

「エルゥに教えたんスよ、はんちょー訓練の時だいたいにっしーとセットだって!」

エルとは宮崎の下の名前だ。確か宮崎絵琉だったか。 というかバディなのはキソーの訓練の時だけなのだが。

「えらいワイ達仲良かなァ」

「だってウチとリミミ後期のベッドバディッすもん」

朝長は確か朝長俐海華(りみか)。二人とも山永と深く絡んだことはなく、彼が遠目から見ていた感想は、今どきの若い陸士だった。まさかこんな話をもちかけられようとは。

「で?なんば聞きたかとや?」

「話はやっ!さすがはんちょー!」

キャッキャと朝長。どうにもこいつらのマイルドヤンキー感は苦手だと山永は思った。悪いヤツらではないのだが、距離感が近すぎる。

「ほら、聞かんねエルゥ!」

「まじ?聞いてよか?」

「そんため来たっちゃろ!?」

「けどチョイびび!」

「……」

どこにも言葉を差し込めず、若々しい会話をただ聞き留める彼。つらい。

「えー、じゃあ……にっしーカノジョいますか!?」

「たぶんおらん。少なくとも先月くらいまでは。」

『やったーーーー!!』

なんだか抱き合って喜んでいる。よっぽど二人が付き合ってるように見えると彼は思った。

「エモスパ9.2!」

「10.0じゃなかと?!」

「マックスは付き合ったときやろ!」

「たしかにー!」

いったいどこの言葉だろうか。

「さすがはんちょー!バチ有益!」

「褒めとっとかそれは……」

「びしびし褒めとるっす!!」

「そうな……」

朝長に褒められ?たものの、今ひとつしっくり来ない山永。

「そいで?そんだけでよかとか?」

「良くないっス!」

元気よく宮崎。

「やろうな。」

「えーと、にっしー好きな物なんすか?!」

「ん?食いもんの話か?」

「なんでも!」

「……駆け足やか、あと焼肉?」

「いい!まじガチスト!」

何言ってるか意味わからんと彼は頭を抱えそうになる。しかしそんな心情を宮崎は理解する訳もなく勢いよく続ける。

「はんちょーとにっしーいっしょにご飯行くと?!」

「あぁ、何べんか行ったな。」

もはや敬語すらどっかへ行ってしまった。まあ、咎めてもしゃーないと諦めているのだが。

「いっしょに行きたい!」

「ウチも!」

お前もかと朝長にツッコミそうになる。焼肉いこー!とノリノリだ。

「……ワイ達と西と、まさかオイもか?」

「え!?来んと困ります!ねっ、リミミ!」

「困る困る!助けてもらわんと!」

いや俺の方が爆裂困るんだがと腹の中で呟く山永。

「まあ待てそうあせがるな。そもそもあいが行く言うかも分からんとぞ?」

「そこを口説くとがはんちょーの仕事っス!」

「いやオイの仕事じゃなかろうも!」

なんという圧倒的前向きな他力本願。この朝永のフリーライドっぷりを少し見習うべきとすら彼は思った。

「焼肉行きたいっすはんちょー!」

「……分かった。場ァは設定しちゃる。……ワイら酒は飲むっとか?」

「飲みません!」

「チューハイ飲みます!」

と宮崎と朝長。まあ今どき酒飲む若人の方が少ない。ちなみに西も飲まない。時代だなぁと彼は思った。

「そいにしたっちゃワイ達、西の……」

言いかけて、詰まった。そもそも西士長の個人情報をべらべら話すのもはばかられる。特にこの二人は口が軽そうだ。

「え、なんすかはんちょー、言いかけて言わんとはハネっす!」

朝長がすかさず突っ込み、そうだそうだと宮崎が続く。だが、言いかけた話は山永から話していい類の内容では無い。

「……言わえん。知りたかったら本人から聞けぇ。」

「えぇ……?」

「……」

彼の神妙な面持ちに気づいたのか大人しく引っ込んだ。こういう空気は読めるのか。

「りょーかい、本人に聞きまっす!てかはんちょー彼女おるスか?」

宮崎のあらぬ方向からの射撃。

「おまえほんにノンデリやな!この前別れたわ!」

「いぇーはんちょーの個人情報ゲットォ!」

なぜか朝長もいぇーいとか言いながらハイタッチしている。なんなんだコイツらは。宮崎は勝手に盛り上がりつつ、

「焼肉のときだいか呼びますか!はんちょー好み教えて!」

「えーでも流石に歳離れすぎじゃね?まあウチはイケるけど!」

「じゃあイケるやん!リミミイケるとなら!」

「確かにー!」

「……ワイら楽しそうやなァ……」

聞こえると面倒だと思い小さな声で山永。イヤイヤどの焼肉屋にするか腹のうちで練り出すのだった。


 その後、二人から西の話を根掘り葉掘り聞かれ、答え、はぐらかし、宮崎が自分のアイオスに西との相性診断をやりだしたあたりでようやく彼はお開きにすんぞと無理やり彼女らを帰らせた。

「おかげさまで芯まで冷え切ったわ……」

『断ればよかったのに』

「そげんわけ行くか」

『律儀』

「……」

やや呆れ気味にベンチに置いてあるヒマリから言われ、むすりとするも山永は言い返せなかった。それにしても二人と話しているときは一切喋らず、きちんと空気を読んでいたのは流石だ。

『で?どこ行くの?』

「ゆいまーるやかな」

『いいんじゃない?大福の方が近そうだけど』

「あっこもよかがゆいまーるの方が安くでいっぱい食わえる。」

『そうなんだ』

「あと大福で宴会するとならホルモン食いとうなる。わっかとやとホルモン好かんヤツ多いしの。オイは好きやが。せっかく大福行くとならホルモン食いたか。」

『ふーん』

少し間を置いてヒマリが聞いてきた。

『西士長のこと、何か隠してたけど何だったの?』

「ワイにも言えんて。他人のプライベートやけんな。」

『しゃべんないよ。』

さっきの二人とは違うし的アピールのヒマリ。

「お前オンラインで繋がっとろうも。何かで漏れたら西に申し訳なか。」

『……』

ヒマリは不服そうな沈黙。

西士長は最近増えだした”ラボバースベビー”だ。彼らは試験管で受精し、人工子宮で十月十日を経て、病院で一年過ごしたのち、専用の育児院で育てられている。世界初のラボベビーから三十年ほど経ってだいぶ人数も増えたが、流石に人前で触れ回っていい話でもない。

「……まあ、それにしたっちゃ西がだいかと付き合うとは悪ぅなかな。良か話た。」

気に入ればな、と心の中で加えたが。割と真面目な西があんなわいきゃいした女子とくっつくのが今ひとつ想像できない山永である。

『……あたし、班長の個人情報けっこう知ってる。』

「そらワイはオイの相棒やけな。我がんとやったら漏れたっちゃ諦めもつくさ」

『いや、絶対守るけど。』

と、力強いヒマリ。なんだかプライドすら感じる語気だ。

「そうか、そいだら頼むわ」

『うむ。』

またしても強い意志。まあありがたい事だ。今の時代、信用と情報こそがなによりの資産。それがダダ漏れでは命がいくつあっても足りない。

『そしたらゆいまーる予約しとく?4名で。』

「おう、頼む。……あーでも5名かもしれんか?」

『……スケベ。』

「なしてそうなる!?」

なぜかトゲトゲしく拗られる山永であった。



実は焼肉は一人で行く派の彼には、久しぶりの騒がしい焼肉宴会だ。

肉は静かに好きなように焼きたい。

「やー、まじにっしーカチるー!なんかゆーとーせーやと思っとったけどガチいいヤツー!」

「マジで?てかおいもエルちゃんこげん話しやすいて思わんやったよ!」

宮崎は西と楽しげに盛り上がりながら肉を網へ投げ込みまくっている。宮崎と朝長は女子だし食う量はたかが知れている。西は宮崎との会話に夢中で、網の上で焦げそうになる肉を捌くのは山永の仕事と化している。

(こいやけ焼肉は一人で来たかっさね……)

ちなみに彼の心配は割と杞憂であった。西にグル飲みするかと誘ったら、あっさりどころかやや食い気味で乗ってきたのである。おまえギャル好きかと尋ねると「いやぁ……」と満更でもない様子。人の趣味はわからんと思った彼であった。

「にっしーも”ムクモくん”好きってマジガチはまりー!カワやんやん!」

「いやあれマジおもろいよ!オイもムクモくんごた自由に生きたか!」

分かるーと宮崎と朝長。ちなみにムクモくんというのは最近流行ってるアニメで人の家に勝手に巣食うムクモというドブネズミが他人の目を気にせず好き放題やらかすというものらしい。めちゃファンシーな見た目にも関わらず破天荒なことをするギャップが受けているとのこと。

「……西、ワイ、アイたちのなんば言いよるか分かるとか?」

「え?分かりますけど?」

「……そうや」

自分が遅れているという事実を突きつけられ、しょんぼりする山永。

「……ほれ、ワイ達も食え。ここら辺もう焦ぐっぞ。」

「さっすがながハン!気回し10.0!」

朝長が素早く自分の取り皿に一番焼き加減がいい肉を確保しながら、謎の点数を彼に付与する。どうやら彼女らは10点満点で自分のエモーションを表現しているらしい。ちなみにながハンとは山永のことである。一度など山永3曹と山永班長が混じって山永さんちょうなどと良ばれたことすらあった。彼女らのノリにも多少慣れたので、もはや彼は咎める気も無いが。

「ででさ、にっしー高校どこやったと?」

「大工。エルちゃんは?」

「ウチ向陽!てか街で会っとったかも!」

大変いい雰囲気である。セッティングした身としては成果ありでいいことであるが、先輩である彼がここまで気を使わなければいけないのがどうにも納得できないのである。ちなみにラボバースのことは割と早々に西本人がバラし、二人はまじでー!初めてみたマジすごー等と言っていた。

「……オイが気にしすぎやったか……てか気にしてばっかりやんな……」

「ながハン一人でなんブツブツいいよっとさぁ~。ウチん相手して~!」

急に絡まれた。朝長が不満そうだ。まあ宮崎と西の話に相槌うつか肉を食うだけ故、気持ちはわからんでもないと彼も思った。

「……なんでか。だいたいオイの相手準備してくるっとじゃなかったんか」

「え~そしたらやまハン、そん子と絡んでウチはぶやん!嫌やし!」

『……あたしが今すごい勢いでハブられてるけど。』

何故か胸元から小さな声でヒマリがぶーたれている。とりあえずヒマリは無視する彼。

「……なんか、じゃあオイが朝長ん相手でよかとか?」

なぜか胸元が無駄にバイブで震えている。電話かと思いタブを覗いてみたが、なんの通知もない。

「んー、ワルないけど永ハン、ウチのゾーンからファジ。」

「……どげん意味?」

「えー、ガチ聞き?」

「ああ……今んでわかった。」

「ごめんて~!」

「謝るとやめぇ、余計みじめやんけ」

ケラケラと笑う朝永。なんだか若い女に弄ばれた気分だと彼は思った。

「ながハン、メガさんくす!焼肉めっちゃたのし~!」

「そうな、そいならワイたち集めてよかったわ」

宮崎がご機嫌だ。まあ、後輩たちが楽しいなら先輩冥利に尽きるやもしれない。

「山永班長、俺も楽しかっす!ありがとうございます!」

「……おう」

まあ、自身のことはいいか、と若人から礼を言われてなんやかやほっこりする山永であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る