取って来る姉弟とオオカミ少女とそのペット

白黒にゃんこ

第1話

 この世界は〝魔王〟によって支配されようとしている……らしい。そんな魔王に対して、勇者と呼ばれる人物が活躍している。今日もまた、勇者とそのパーティーは、村から捕らえられていた村人を魔王軍の手から取り戻し、村で歓待を受けていた。

 その様子を、村を一望できる小高い丘から双眼鏡で覗き込んでいる金髪の女がおれの姉であるジンジャー・ガーランドだ。

「勇者のパーティーメンバーは……魔法使いの女、騎士の女、武道家の女、僧侶の女……って、何よ。女しか居ないじゃない。しかも、何? 全員勇者狙い? かーっ、ライバル多すぎね! でも最後に勝つのはこのあたし! ジンジャー・ガーランドよッ!!」

「ねーちゃん。こんなとこから双眼鏡で覗いてるだけで勝てるの? つーか女しかいないって、勇者ってとんでもないドスケベ野郎なんじゃ……」

 少々うんざりしつつ突っ込みを入れると、姉は双眼鏡から目を離し、呆れたようにおれを見て盛大に溜め息をついた。

「ばかね。いいこと? ソテツ。あの女共がどれだけ頑張っても、最後においしいとこを掻っ攫うのがあたし。そのための作戦はすでに用意してあるのよ。そして勇者がとんでもないドスケベ野郎だとしても関係ないわ」

 どういうことだ? と顔をしかめてやる。こんな姉でも、おれの姉であることには変わりない。勇者みたいなドスケベ野郎に姉を任せるのは絶対に嫌だ。姉はおれに向かってにやっと笑みを浮かべて得意そうに続けた。

「なぜなら、あたしの目的は勇者の財産だからよ。思いっきり貢がせて貰う物を貰ったらさっさと退散してやるわ」

「ああ、そういう……っていうかいつものパターンだね」

 そう。姉は守銭奴で宝石類とかが好きだ。金の匂いを嗅ぎつければどこへでも行って何でもする。ただ、本当に危ないこと――魔物と戦ったりとか――はしないし、肉体労働だとかはおれに押し付けて金だけ持っていく。姉はそういう奴だ。持っていった金はどこに消えているのかはわからない。何か高そうなものを買ったりしている所なんかも見たことがないから、無駄遣いをしているわけではないと思うのだが。謎だ。

 ただ、そんな姉でもおれにとってはただ一人の家族で、母親代わりでもある。だからいろんな意味で逆らえないのだが、たまに姉のこういう部分に辟易することだってないわけじゃない。心配もしてしまうけど。

「ただ、まあ、今はまだその時じゃないわね。勇者の情報が少ないし。それに仕事もあるしね。そろそろ行くわよ」

「おーす」適当な返事をして立ち上がる。「今日は何すんだっけ?」

「洞窟で盗掘……じゃない、宝探しと頼まれ物探しと落し物探しよ」

 仕事――おれ達は一応冒険者という職業に就いている。ギルドで仕事を貰って、報酬を受け取ることで生計を立てている。魔王なんかが蔓延っているらしい世界だが、勇者という対抗者がいるお陰で(といってもいいのだろうか)おれ達は仕事を続けられる。

 はっきり言ってしまうと、魔王と勇者は何やら因縁のある関係らしいが、おれ達にはなんの関係もない。噂によれば魔物が増えたり、村なんかが襲われたりすることもあったようで迷惑に思っているが、直接関係のないおれ達としては、勝手にやってくれ、という感じだ。

 今はまだ人が死んだとかいう話は聞かない(魔王は人をなるべく生かしておきたいらしい。支配したいからだろうか。労働力とか?)が、そのうち聞かないとも限らない。そんなことにはなって欲しくないし、勇者には頑張ってほしいが、やり合うならさっさとやり合って終わらせるか、とにかく周りに迷惑がかからない様にしてほしい。

 そんなことをぼんやりと思いながら目的地の洞窟まで歩く。前を歩く姉は、いつもの冒険者らしくないひらひらしたスカート姿だ。一応この世界では存在すら珍しい銃なんかを腰からぶら下げているが、使ったことは一度もない。正確には一度使ったことがあるらしいが、おれはそれを見ていない。というか、覚えていないらしい。おれがかなり幼い頃の話だとか。


「さ、ここね……じゃ、いつものように頼んだわよ」

 勇者がいた村からそこまで遠くない場所に、その洞窟はあった。中に流れる川から砂金やらが採れて、岩も掘れば金属なんかが出てくるらしいから人の手が入った洞窟だ。明かりなんかの心配もいらないからかなり楽な部類だろう。少し暗いが、手探りで奥まで行かなければならない洞窟と比べたらかなり快適だ。

 この洞窟には魔物が出たらしく、驚いた作業員達の中で逃げるときに落し物をしてしまった人がいて、大事な物だからとギルドに依頼を出していた。それが一つ目の仕事。同じく魔物がいるうちは作業が出来ないからと、砂金を袋一杯取ってきて欲しいというのが二つ目の仕事。同じ場所でちょうどいいと二つ依頼を受けたのが姉。ついでに本当はやってはいけないのに金とか宝石の原石とかを掘って自分のものにしてしまおうとしているのも姉。魔物に関しては他の冒険者が退治依頼を引き受けたらしいので、タイミング的にも今洞窟にいけば邪魔者なしで依頼をこなせるだろうと踏んだのも、やはり姉だ。

 けれども、落し物を探すのも、砂金を採るために川に入って底を漁るのも、鉱脈を見つけて石を掘りつづけるのも、おれの仕事なのだった。身体を動かすのは嫌いじゃないし、人のために何か出来ることがあるっていうのも嫌じゃなく、むしろ嬉しいことなのだが、姉のだらけた様子――その辺の岩に座って「きりきり働くのよ!」と腕を振り回している――にはたまに文句を言ってやりたくなる。

 姉は魔物退治だとかの依頼を頑なに避ける。おれには武器を持たせてくれない。木なんかを切るための手斧はかろうじて持たせてくれたこともあるが、それ以外は土木用具ぐらいしか手にしたことがない。だからもし魔物が出たら土木用具か素手で戦うしかない。今まで仕事中に魔物が出たことは一度も無いが。

 おれ達姉弟がギルドでなんて呼ばれているか、姉は聞かないふりをしている。というか、たぶん気にしてないのだろう。――落し物配達員。探し物配達屋。取って来る姉弟。何でも配達ガーランド。すべて米印付き。※戦闘はいたしません――応年頃の男であるおれにとって、最近ちょっと恥ずかしくなってきたあだ名たち。汚名とまではいかなくても、返上できる日は来るのだろうか。

 なんてことを考えつつ、つるはしを振るっていると、姉が短い悲鳴をあげた。何事かと姉の居るほうを向く。「ねーちゃん!?」

 さっきまで岩に座っていたはずの姉の姿が消えていて、さっきまで居なかったはずの二足歩行の巨大鼠のような魔物が姉が座っていた岩を粉々にしていた。驚いたが、そんな場合じゃない。姉はどこに消えた? 幸い魔物はまだこっちに気が付いてないようだった。おれは首をすばやく巡らして姉の姿を探し、見つけたのだが、また驚いた。

 姉は、ふさふさとした毛の生えた太い腕に抱かれていた。姉もまた驚いて目を剥いている。獣人――二足歩行状態の獣――だ。その獣人は、狼のように見えた。

「そこの君、こっちに来たほうがいいぞ」

 二足歩行状態の狼は、低く落ち着いた壮年の男の声で言った。だがおれは一瞬どうしていいか解らずに混乱し、立ち往生してしまった。その隙にこちらに気付いた魔物がおれを視界に捕らえたらしい。姉が叫んだ。「ソテツ、逃げなさいッ!!」

「あ」はっとしたが、もう遅かった。魔物がこちらに向かってきていた。つるはしを握りなおして構えてみたが、魔物は巨大で、つるはしを握りなおしている暇があるなら逃げればよかったと思う。

「動かないで」

 囁くような、少女の声がした。

 顔を横に向けるのと同時に、おれの横を女の子がふらりと通り過ぎていった。長い黒髪が視界の端で揺れて、甘くて爽やかな匂いがした。

 女の子はおれと魔物の間に入り、足を開いてぐっと腰を下げた。次の瞬間、煌めく線が魔物の体に走り、魔物は声さえあげずに立ち尽くしていたかと思えば、女の子が姿勢を正したのと同じタイミングで細切れになり崩れていった。何が起こったのか解らず、女の子を見つめる。女の子は手に持った剣――見たことのない形だった。片刃で先の反った剣で、持ち手と刃の間に複雑な意匠の平たく丸い金属が嵌め込んである――を一振りして、かちりと音を立てて鞘に納めた。

 よく見れば、女の子は剣と同じく見たことの無い格好をしている。薄く模様の入った綺麗な白い布でできた服はだらりと垂れた袖が印象的で、太くて硬そうな帯で腰を締められている。裾は破れたようにぎざぎざになって短く、膝下くらいの長さの編み上げブーツを履いていた。

「あ、えっと……ありがとう」

「……」お礼を言ったのだが、聞こえていないかのように女の子は細切れになった魔物に近付いてしゃがみこんだ。「ギム。これ食べれる?」

 ギムと呼ばれたのは、姉を助けてくれたと思わしき二足歩行状態の狼男らしい。狼男は横抱きにしていた姉を地面に下ろし、警戒した様子で肩をすくめる姉に片手をあげて笑いかけてから、女の子のいるほうに四足歩行状態になりながら近付いて魔物の肉片に鼻を近づけた。狼は数回ひくひくと鼻を動かして、女の子を見ながら渋い顔を作った。

「こりゃあ無理だな。臭い。……皮だけ剥いでギルドに持っていくぞ」

「わかった」

 女の子が頷いて、短剣で肉片から皮を剥がしている間、狼がおれを見上げて目を細め、歯を見せずに口角を上げた。狼なりに笑顔を見せているつもりらしい。

「大丈夫だったか? 怪我はないか?」

「あ、はい。ありがとうございました。ねーちゃんも助けてくれて……助かりました」

「そーかそーか。よかった。俺たちはさっきの魔物退治を受けた冒険者だ。君たちはもしかして、あの有名な〝取って来る姉弟〟だったりして?」

 ああ、おれ達ってそんなに有名だったのか。きっとねーちゃんが目立つからだな。おれは少しだけうんざりした気分になったが、一応命の恩人の前で失礼があってはいけないと思って頷いた。

「ああ、はい。そうですね……あのう、おれ達ってそんなに有名なんでしょうか」

「そりゃあ、まあ。少しは。金髪の別嬪さんの姉と、赤毛の弟の二人組みなんてそうそう居ないだろう? それに戦闘はしないっていう話もあるし」

「そういうアンタらは、〝少女と野獣〟のコンビよね? 女の子と獣人の二人組」

 いつのまに側まで来ていたのか、どうしてか機嫌が悪そうな姉が腕組みをしながら言った。狼は楽しそうに笑い声をあげて頷いた。

「そうそう。そう言われてる。俺としちゃあ〝オオカミ少女とそのペット〟ってやつのほうが言い得て妙というか、面白くていいと思うけどな」

「それ馬鹿にされてるんじゃ……」

 突っ込みながら、酷いあだ名を考える奴がいるものだ、おれ達はもしかしてまだましなほうなのかもしれない……と思っていたら、わき腹に姉の肘が飛んできた。失礼なことを言うもんじゃないということらしい。

 話をしていると、川で毛皮と短剣に付いた血を洗っていた女の子が短く声をあげた。「あ」思いもよらぬ発見をしてしまった、というような、しかしどこか間抜けに聞こえる平坦な声だった。姉とおれ、狼が一体どうしたんだと女の子のほうを向くと、女の子もまたこちらを見て言った。

「……ギム。また……ごめん」

「え、うそ……本当に? また?」

「ごめん」

「ええええ……」

 素直に頭を下げた女の子と、がっくりと地面に鼻を近付けた狼を見比べて、おれは狼に尋ねた。

「あの。どうかしたんですか?」

「……ああ、うん。ちょっと……ああ、あのさ。君たちさ、呪いとか解ける?」

 呪い? おれは姉と顔を見合わせてから答えた。「いいえ。でも、どうして?」

「呪われた。川の中で何かが光ってたから手に取ってみたら、こう」

 女の子が手の平をこっちに向けながら言った。手の平には赤い宝石がめり込んでいる。呪いのかかった宝石だったらしい。狼が泣きそうな声をだした。

「言ったじゃーん! 気になっても触る前にちょっと考えてって言ったじゃーん! どうしてこうなのかなこの子ーー!」

「わたしはもうちゃんと謝った。なので悪くない。それに言われたようにちゃんと考えた。それでも呪われたから、わたしは悪くない」

「ああああ! もおおおお! 動くなよそこおおおお!」

「言いつけは守る。わたしは動かない」

 女の子は川に足を浸けたまま仁王立ちをし、狼は悲しそうにとぼとぼと女の子のほうへと歩いていった。その様子を見ながら、姉がぼそりと言った。「間抜けね」――確かに。思ったが、口には出さないでおいた。

 近くまで来た狼に女の子は慎重に跨った。その様子を見ながら、おれはまた尋ねた。

「大丈夫ですか? 呪いって、一体何の呪いなんですか?」

 女の子は無表情にこちらを見て、狼はきょとんとしておれを見た。姉もまた信じられないといった様子で身を引いて、「ちょっと、関わる気? っていうか知らないの?……いや、教えてなかったかしら……」小声で早口に言う。

「だって助けてもらったし……教えられた覚えはないよねーちゃん」

 姉が少しだけ気まずそうに「そ。悪かったわね」と唇を尖らせた。別に悪いとは言ってないだろ、と言い合っていると、急に狼が笑い声をあげた。

「あっはっは! いや失礼。なあ弟君。〝呪う〟ってどんなときだと思う?」

「え? ええっと……」

「大抵は誰か、もしくは何かを殺したいほど憎んでいるときよ」

 そういった状況に陥ったことがないおれが考え込んでいると、姉が腕組みをしてつんと鼻を突き出すようにそっぽを向きながら、平坦な声で言った。

「そう。つまりさ、〝呪い〟っていうのの効果は結局一つしかないんだよね。相手方が死に到るような不幸が訪れますように……っていうのがそれ。もちろん呪った奴の思いの程度によって強さは異なるし、効果には個人差がある」

 女の子を背に乗せたまま狼はおれと姉に近付き、おれ達を見上げてにやっと牙を見せて笑った。それから表情をがらりと変え、一度溜め息をついてから続ける。

「……それで、言い辛いんだけど……この子は――ツツジっていうんだけど――呪いとか魔法とかにすごーく弱いんだ。この宝石の呪いがどれだけ強いかはわからないけど、ツツジに強弱は関係ない」

 姉が眉をひそめて「それで?」と不審そうに首を傾げた。

「つまり………………走れ!! 逃げろーーーーーーーーッ!!」

 狼が叫んで走り出すと同時に、洞窟が揺れ出し、地鳴りが響き渡り、何かがぶつかりうねるような音が奥から聞こえだした。おれと姉は顔を見合わせてから狼の後を追って出口へと走り出す。走りながら後ろを向くと、洞窟の奥のカーブした場所に溢れた川の水がぶつかって飛沫を上げているのが見えた。

「今回は水難……」

「前はなんだったの? 火とか?」

「どうしてこんなことになってんのよ! 裁判してやるわ!! 慰謝料を請求するわ!!」

「ほんっとーにごめん!! 悪いと思ってる!! だけど仕方ないんだ、許して!! 生きて出られたら、ああ、ええと、思いつかない! とにかく走ってお願い!!」

 それぞれ好きなことを呟いたり喚いたりしながら走ったが、間に合うはずもなく。おれ達はまとめて川の水に呑まれて、出口に押し流されていった。

 洞窟の入り口で、四人(三人と一匹?)してずぶ濡れになり、ひき潰されたカエルのような格好でしばらく倒れていた。誰も何も言わないまま地面から無理矢理剥がれるように上半身を起こし、呆然として座り込んだ。

「……いつもこうなの?」おれが聞くとツツジと呼ばれていた女の子が振り向いて、少し考える素振りをしてから口を開いた。

「いつもじゃないと答えたい」

「いつもだろう、ツツジ」

 狼――ツツジにはギム、と呼ばれていた――はツツジに拗ねたように言いつつ、ぶるぶると身体を振って水を払う。周囲に水滴が大量に落ちた。

「……失礼ですけど、お名前よろしいかしら?」

 姉のジンジャーがスカートを絞りながら意外にも冷静な声色で言った。走っているときに裁判だの慰謝料だのと言っていたから、口を開けばそういう話をするものだと思っていた……けど、ねーちゃんだからなぁ……。どうなることか。

 ギムが「ああ、そういえばまだだったか」のんびりとした口調で前足をひと舐めして鼻先をツツジに向けた。

「こっちが――さっきも言ったけど――ツツジ」

「ツツジです。どうぞよろしく」

 水を吸ってかなり重くなっているであろう長い袖をそのままに、ツツジがきちんとした礼をした。びちゃびちゃと袖の先から水が滴り落ちる。

「で、俺が狼の獣人で、名前が長くてあんまり言いたくないんだけど……ギムネマ・シルベスタ・ルピナス・ロードデンドロン」

「略してギム。皆さんもぜひそう呼んでください」

「知ってる通り二人でコンビ組んで冒険者やってる」

 姉が頷いて口を開いた。

「あたしはジンジャー・ガーランド。こっちは弟のソテツ。あたし達も冒険者よ」

「ソテツです。どうも」

 おれは後頭部を撫でながら頭を下げた。それからおれ達はなぜかお互いを見て固まったまま動かずに居た。自己紹介を終えて妙な空気が流れて、どうしていいか解らなかったからだ。ただ、こういったときに最初に言葉を発するのは、おれの経験上いつも姉だ。

「まずはさっきソテツを助けてくれたこと、お礼を言うわ。ありがとう」姉は素直に頭を下げて、それから目をきつく眇めて続けた。「で、どうしてくれんのよ。一張羅ではないけど服も靴も汚れたわ。これは別に靴を舐めて綺麗にしろと言いたいわけじゃないわよ。解るわよね?」

 あ、やっぱり、と思いつつも、いきなり威圧的な言葉を使う姉にちょっとびっくりする。まあいつも口が悪い方だし、きっと何か考えがあってのことだとは思うものの、そういう言い方はあまりよくないんじゃないかと思って「ねーちゃん、やめなよ」と声をかけたが無視された。姉はギムをじっと見下ろしたまま返事を待っている。

「あー、えっと。その……」

 ギムが言いよどみ、宙に視線を彷徨わせた。ツツジがその隣にしゃがみこんで、無表情ながらどこか楽しそうにして言った。

「ギム、ギム。いまこそあれを言うべき? あの〝くっ……!〟ってやつ」

「え? あの例の台詞? 今じゃないよ、そこまでの状況じゃない。それにツツジは違うでしょ。いいからちょっと黙ってて。大事な話なんだから」

「……はーい」

 つまらなそうに返事をしてから、ツツジはそっぽを向いてぼんやりと空を眺めだした。姉に無視されて――あの感じだと何を言っても聞いてくれないだろうから――暇になったおれは、ツツジに近寄って話しかけた。

「変わった剣だね、それ」

「ん? そう? うん、確かにそうかも。〝刀〟って言うんだって」

 ツツジは腰のホルスターから鞘に納まった剣を抜き出して、手に乗せておれによく見えるようにしてくれた。おれは剣をまじまじと見つめながら「カタナ」呟く。

 ツツジが続けた。

「アヤメ……お母さんがこの衣装と一緒に持ってきたの」

「ふうん。じゃあ、剣の技もお母さんが?」

「うん。教えてくれた。わたしがちっちゃい頃にだけど」ふと、ツツジの表情が曇る。「死んじゃったから、もう教えてもらってない」

「……あ、何か……あの。ごめん」

「ううん。もう何年も前のことだもん。大丈夫」

「あの、さ……おれの……」

 お詫びといっては何だけれど、こちらも両親のことを話そうかと思った時、姉のよく通る声が響き渡った。

「決まりね! じゃあ準備をしたら行くわよ!」

 おれが「準備?」首を傾げると、姉はきらりと目を光らせておれを見て笑った。

「依頼の品を拾うのよ。たぶん大体は流されてこの辺に散らばってるわ。お願いね、ソテツ?」

「……うーい」おざなりな返事をしてのろのろと動き出す。ふと姉を見ると、笑みを消して何かを考えるように手袋をはめた自分の手を見ている。ちょっと手伝って欲しい気持ちはあるけれど、いつものことだしそこまで気にすることでもないか。

「ツツジ、魔物退治の報酬が四割になっちゃったよ。でも、呪いを解いてくれる人のところに連れて行ってくれるそうだ」

「六割はどこにいったの?」

「ジンジャーの服と靴の弁償代と、紹介料だそうだ。でもな、本当は八割取られるところをなんとか六割で抑えたんだ。すごいだろう?」

「さすがギム。すごい」

 聞こえてきた会話に、おれは可哀想になって涙を堪えて唇を噛んだ。姉はほとんど詐欺師のようなものだ。魔物退治の報酬はかなり高い。しかし姉の服も靴も豪華に見えて全く高くない。セール品を高級に見えるよう少し手直ししただけのものだし、最初に高い額を提示してから金額を下げて相手が得をしたように見せかけるのはもうお馴染みの手段だ。さっきの高圧的な態度も、途中で軟化させて相手を懐柔しやすくするための手段だったようだ。

 ギムとツツジに教えてやりたい気にはなったが、教えておじゃん、なんてことになったらきっとあとで大変なことになる……おれが。おれは弱虫だ。仕方がない、諦めよう。

 依頼の品をすべて集め終わり――姉の言った通り、洞窟の中のものは大体流されて外に散らばっていた――さあ行くぞと近くの村に向かおうとしたとき、またツツジの呪いが発動した。

 急にもくもくと空に黒い雲が湧き上がり、ごろごろと低い音が辺りに響いたと思った次の瞬間には、ものすごい勢いで雨が降り出し、前が見えないほどになっていた。

「……その呪い、効果抜群だね」

 おれが呟き、

「いつものこと」

 ツツジが答え、

「もう疲れてきた……いい加減慣れたい」

 ギムが鼻先を地面に近付けて溜め息をつき、

「六割じゃ安かったかしら」

 姉が腕を組んで首を傾げた。


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