7-4 赦して許してユルシテ

教室には、笑い声と紙を切る音が満ちていた。


秋の気配が色濃く差し込む窓辺。

色とりどりの装飾と、吊るされたちょうちん。

文化祭の準備は着々と進み、生徒たちの声が飛び交っている。


「ここ、もうちょっと左の方が良くない?」


「うん、ありがと」


リョウの声が隣から聞こえた。

ユイは笑顔を作って返しながら、ポスターの角を両面テープで留める。


けれど、その手元にある赤いリボンが——

ふいに“血”の色に見えた。


視界が、ゆらりと歪む。

チョークの粉が床に落ちていく。

あのときの、崩れ落ちたサヤカの影が、重なって見えた。


(……また、思い出した)

(楽しかった日常が、突然崩れちゃったんだ)


叫び声。返り血。

リョウの腕を裂いた刃。

自分の手の温度、サヤカの恐怖。


——ポトリ。


気づけば、頬に冷たい感触。

涙だった。


「壊したのは……私なのに……」


貼っていた飾りが落ち、机の上に赤と青の紙が散らばる。

刷毛を持っていた指先は、わずかに震えていた。


「ユイ……?」


リョウがそっと声をかけてくる。

騒がず、静かに、その隣に立っていた。


ユイは、俯いたまま、絞るように声を漏らした。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


それは、自分でも止められない言葉だった。

涙と一緒に、何度も何度も溢れた。


「ごめんなさい……」


リョウは、黙ってユイの肩に手を添えた。

その温もりが、何もかも受け止めるようだった。


「ユイ……もう、謝らなくていい」


リョウの声は低く、でも確かだった。


「君が泣く理由なんて、俺が全部、消す。だから——大丈夫だよ」

その言葉が、胸の奥に届いた。

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