第4話 【人間使い】は寝床が欲しい

 高階たかしな刑事は眉をしかめ、手元の書類に目をやった。

 昨晩起きた事件である。

 身元不明の武装した兵士たちが、二人の少女に銃撃した。


 場所は都内某所の公園。

 銃声に関する通報を受け現場に到着した警官隊は、錯乱した兵士たちを鎮圧し――二人の少女を救出した。これだけでも大捕り物、大事件だ。

 だが、問題は加速する。

 兵士たちは、警官に鎮圧された瞬間に……泥のような肉に溶けて、消えた。


「ばけ、もの」


 救出された二人の少女の内、一人……金髪の十歳くらいに見える少女はそれだけを呟き。


「なにがおこったかわからなくて……っ! わた、わたし……妹をまもるのにひっしで……!」


 もう一人、黒髪の少女はそう証言した。



 二人の少女の身元は一切不明。

 武装した兵士たちは顔も指紋もDNAも全て損壊し、特定不可能。

 彼らの装備はいずれも常識外なほどに最先端の代物で、鑑識は「どこかの国の特殊部隊としか思えない」という以上の情報を出していない。


「異能案件か」


 高階の長い経験は、そんな結論を出した。

 ども、、俗にいう

 それらが起こす事件は、異能案件と呼ばれていた。


 警視庁第十四課は、その対策のために設立された組織である。


「結果でましたよ、高階さん」

「浅野か、どうだった」


 警視庁、オフィス。

 白衣を纏った、くたびれた雰囲気の鑑識の女――浅野あさのの声がけに、高階は資料に目を落としたまま尋ねた。

 いつものことである。浅野はため息を吐きながら、簡潔に告げた。


「女の子、金髪の子は人間です。

 ですが黒髪はそうじゃあない。ですよ。そういう因子が出ました」

「……そうか」


 高階は目を伏せた。

 その脳の中で、疑問は既に実を結び、一つの答えを出していた。

 どこの国かも不明な特殊部隊、正気を失い「ばけもの」としか呟けなくなった少女、その姉を名乗る、身元不明の黒髪の少女……。

 国籍も何もない姉妹。



「少女は、国連に狙われている」



「……国連?」

「知らないフリしてんじゃねぇぞ浅野。いるだろ。

 各国からのガキ拉致って、世界の守護者名乗ってる奴らがよ」

「あぁ、あの……顔の見えない軍団フェイスレスですか。やめてくださいよ高階さん。

 あいつら、んでしょぉ?」


 高階には妹がいた。

 二十年前、十歳の時に行方不明になった。

 現在になっても、その死体すら見つかってはいない……。


「絶対に渡さん」

「……あの女の子たちを、っすか」

「あぁ」


 高階の意思は固かった。


「今回の件を糸口に――――今度こそ、ひっ捕まえてやる」






 俺は歓喜した。

 寝床が手に入ったのである。


「よかったじゃないか、指揮官ちゃん。野宿はしないでよさそうだぞ?」


 警察病院・小児科病棟。ベッドの上で、俺はベッドの上で、うわごとを呟く指揮官ちゃんの頬を優しく撫でた。

 白い。

 もちもち。

 かわいい。


「おれ……っ! おれ、が……なかまを、ころさせ……っ!」

「大丈夫。大丈夫」


 怯えている指揮官ちゃんを抱きしめる。

 その細くて小さい少女の身体が、よりいっそう硬くなる。

 かわいい。

 怯えている。

 脳を弄りすぎたらなくなってしまう、俺への警戒心と恐怖と憎悪というやつが、この幼い身体には渦巻いている……いとおしさを感じて、俺はそのふわふわとした金の髪にほおずりした。


「よかったなぁ、指揮官ちゃん……いや、俺の妹よ」

「死体……っ! 死体、死体……っ! どろの……あ。あぁ……っ!」

「明日からは病院の硬いベッドじゃあないぞ。

 刑事さんの家族になるんだ。そんな情報がに入った」


 きっといい刑事さんなのだろう。

 国連から少女二人を守る、などと息巻くとは。

 それに便乗するのも、やぶさかではない。


「幸せに暮らそうな、妹よ」

「ばけ、もの……っ!」



 泣く指揮官ちゃんを抱きしめて眠った。良い夢が見れそうだった。

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