第10話「封印強化の儀式」

 神殿の中央、昨日準備した魔法陣の上に、ルークが拘束されていた。彼の周りには黒装束の結社員が五人ほど立ち、一人の老人がルークの右手を特殊な装置に押し当てていた。ルークの「選定者の印」から青白い光が放たれ、魔法陣全体が明るく輝き始めていた。


「これで次元の門が開く!」


 結社の老人——おそらく首領だろう——が勝ち誇った声で言った。


 ルークの悲鳴が神殿内に響き渡る。印から光が強まるにつれ、少年の顔には苦痛の色が浮かんでいた。


「やめろ!」俺の叫びが空間に響いた。


 結社のメンバーが一斉に振り向き、俺を見つけると警戒の姿勢をとった。


「統合勇者か」首領が冷たく言った。「来るのが遅すぎたな。儀式はすでに始まっている」


 俺は状況を素早く把握した。彼らは本来の封印強化の儀式を捻じ曲げ、封印を破る儀式に変えていた。ルークの印を無理やり活性化させ、「門」を開こうとしているのだ。


「ルークを解放しろ」俺の声は冷静だったが、目には怒りの炎が燃えていた。


「その少年は選定者。我々の儀式には必要不可欠だ」首領は装置の調整を続けながら言った。「彼の印は門を開く鍵なのだ」


 俺は一歩前に踏み出したが、結社のメンバーが動きを阻んだ。彼らの手には魔力を帯びた武器が握られていた。


「彼に近づくな。さもなくば選定者の命はない」


 俺は動きを止めた。状況は最悪だった。力ずくで突破すれば、ルークが危険にさらされる。かといって、このまま儀式を続けさせるわけにもいかない。


 その時、神殿の天井に亀裂が入り、一筋の光が差し込んだ。続いて大きな爆発音とともに、天井の一部が崩れ落ちた。皆が驚いて上を見上げると、そこには——クロノスの竜の姿があった。


 翡翠色の鱗に覆われた巨大な竜が、空から神殿を見下ろしていた。クロノスは変身した姿で現れたのだ。


「古の愚か者どもよ」クロノスの声が全員の心に直接響いた。「封印を破ろうとするとは、本気で世界の崩壊を望むのか」


「ついに現れたな、守護竜よ!」首領は歓喜の声を上げた。「我らが求めていた最後の鍵! 竜の血だ!」


 クロノスは怒りの咆哮を上げ、青白い炎を吐き出した。炎は結社のメンバーを避け、儀式の装置の一部を焼き尽くした。


 この混乱に乗じて、俺は素早く動いた。


「もう隠す必要はないな……本気を出す」


 俺は静かに呟いた。周囲の空気が震えるように感じられる。


「スキル統合『神速戦闘+瞬間転移』」


 一瞬で俺の姿が消える。誰の目も追いつけないほどの速さだった。次の瞬間、俺はルークの傍らに立ち、結社の首領の手を掴んでいた。


「悪いが、この子は渡せない」


 結社の首領が恐怖に目を見開く。


「な、何だお前は……!」


 俺はルークの拘束を解き、少年を安全な場所へと移動させた。


「ルーク、大丈夫か?」


「う、うん……手が痛いけど」少年は震える声で答えた。彼の右手の印は、通常よりも強く光を放っていた。


 結社のメンバーたちは動揺し、一部は逃げ出そうとした。しかし、神殿の入口にはフレイヤとマックス、そして村の衛兵隊が到着していた。


「誰も出さないで」フレイヤの声が響いた。


 空からはクロノスが見下ろし、地上では俺が立ちふさがる。銀翼結社は完全に包囲されていた。


 しかし、儀式の影響はすでに現れ始めていた。魔法陣は青白い光を強め、神殿の床から光の柱が立ち上り始めていた。


「上手くいったのだ!」首領は狂ったように笑った。「選定者の印は反応し、門は開きつつある!」


 クロノスは急いで神殿内に降り立ち、魔法陣を調べた。


「封印が弱まっている」老竜は憂慮の表情を見せた。「このままでは『次元の門』が部分的にでも開いてしまう」


 俺はルークをフレイヤに預け、クロノスの元へと駆け寄った。


「どうすれば止められる?」


「本来の封印強化の儀式を急いで行わねばならん」クロノスは答えた。「だが、魔法陣が乱れている。修復するのは容易ではない」


 俺はベルトに差したエクスに手を伸ばした。するとエクスが青く輝き始めた。


《この感覚……懐かしい……》


「エクス?」


《古の記憶が……呼び覚まされる……》


 クロノスも驚いた様子で振り向いた。


「その剣……まさか!」


 エクスの輝きはますます強まり、ルークの印も呼応するように光を放った。さらに、クロノスの体からも翡翠色の光が漏れ出した。


 三つの光が神殿内で交わるように輝き、不思議な共鳴を始めた。


「三つの鍵の共鳴……」クロノスは畏敬の念を込めて言った。「これは予言に記されていた現象だ」


 結社のメンバーたちは恐怖に震え、抵抗を諦めた様子だった。しかし、首領だけは狂気の笑みを浮かべていた。


「もう遅い! 門は開きつつある! 古代の力が現代に蘇るのだ!」


 魔法陣からの光は天井まで達し、建物全体が振動し始めた。俺は決断の時だと悟った。


「クロノス、封印を強化する方法は?」


「本来の儀式を行えば可能だが、今の状態では……」


「やってみよう」俺は静かに言った。「俺たちには三つの鍵がある」


 クロノスは一瞬考え込み、そして頷いた。


「選定者を呼べ。そして、古の剣を準備せよ」


 俺はフレイヤを呼び、ルークを連れてくるよう頼んだ。少年は怖がっていたが、勇敢にも前に進み出た。


「何をすればいいの?」ルークは震える声で尋ねた。


「印を魔法陣の中心に向けるんじゃ」クロノスが優しく指示した。「怖くないぞ。我らが守る」


 クロノスは竜の姿のまま、魔法陣の一角に立った。俺はエクスを抜き、魔法陣の別の箇所に位置した。ルークは勇気を振り絞り、二人の間に立った。


 三つの鍵——選定者の印、守護竜の力、神剣の欠片——が三角形を形成し、共鳴が強まった。


「いくぞ」クロノスが号令をかけた。「古の言葉を唱えよ」


 老竜が古代アーカディアの言葉で呪文を唱え始めると、驚くべきことに、俺とルークの口からも同じ言葉が自然と紡ぎ出された。三人の声が重なり、神殿全体に響き渡った。


「七つの炎に古代の祝福を!」


 クロノスの声が広場に響き渡る。七つの祭壇に火が灯される。


 その瞬間、ルークの右手が強く輝き始めた。


「うっ……!」


 同時に遺跡からも青い光が立ち上り、空に向かって伸びていく。


 しかし、今度はその光が徐々に安定し、青から緑へ、そして最終的には穏やかな金色へと変わっていった。魔法陣の乱れも少しずつ整い、本来の封印強化の儀式へと戻っていった。


 結社の首領は絶望の表情を浮かべた。「いや、違う! これは封印強化の儀式だ! 我々の計画が……!」


 俺は集中を切らさず、「スキル統合『次元封印』」と唱えた。俺の力がルークの印と結びつき、遺跡全体を包み込んでいく。


 光の柱が徐々に細くなり、やがて消えていった。神殿内には静寂が戻り、魔法陣の輝きも穏やかになった。


「成功したようじゃな」クロノスは安堵の表情を見せた。「封印は強化された」


 ルークは疲れきった様子だったが、誇らしげに笑顔を見せた。「僕、役に立てたかな?」


「ああ、君がいなければ成し遂げられなかった」俺は少年の頭を優しく撫でた。


 村の衛兵隊が結社のメンバーを確保し、首領も捕らえられた。彼は最後まで狂気の笑みを浮かべ、「いずれ門は開く」と繰り返していた。


 神殿の外では、祭りの参加者たちが空を見上げ、拍手喝采していた。彼らは光の柱を美しい演出だと思っていたのだ。


 クロノスは人目につかない場所で人間の姿に戻り、疲れた様子で俺に近づいた。


「封印は強化された」クロノスは安堵の表情を見せる。「だが、これは一時的なものに過ぎない」


「どういう意味だ?」


「三つの鍵が揃えば、門は再び開く危険がある」老竜は深刻な表情で言った。「今回は我々が封印のために使ったが、悪意を持って使えば……」


 俺は黙って頷いた。成功に安堵しつつも、クロノスの警告はもっともだ。今回の危機は去ったが、次なる挑戦が待っていることを、直感していた。


 ***


 夕暮れ時、祭りは依然として盛り上がっていた。観光客たちには何事もなかったかのように、竜と古代をテーマにした催しが続いていた。


 俺は村の高台に立ち、祭りの灯りで輝く村を見下ろしていた。ルークは無事に母親のもとへ送り届けられ、しばらくの間、衛兵が家を警護することになった。


「アルト」


 フレイヤの声に振り向くと、彼女が夕陽に照らされて立っていた。


「結社のメンバーは全員捕まえた」彼女は報告した。「王国軍に引き渡すため、護送の準備をしている」


「ガイアス王子は?」


「遺跡での出来事を知り、急いで帰国する準備をしているわ」フレイヤは少し皮肉を込めて言った。「結社の存在を知って、身の危険を感じたようね」


 俺は小さく笑った。「それとも、我々の力を見て、今は手を出さない方が賢明だと判断したのかもしれないな」


 二人は村を見下ろしながら、静かな時間を共有した。


「良かった……大事には至らなかった」俺は安堵の溜息をついた。


 しかし、俺の心の片隅には、クロノスの警告が残っていた。銀翼結社は一部が逃げ、他の「鍵」を探しているに違いない。そして、「次元の門」の謎も完全には解明されていなかった。


 しばらくして、クロノスも二人に合流した。彼は普段の老人の姿に戻っていたが、疲労の色は隠せなかった。


「爺さんの変身は村人たちにどう説明するつもりだ?」俺は尋ねた。


 クロノスはひげをなでながら微笑んだ。「祭りの演出だと言っておこう。機械仕掛けの竜だとな」


「確かに、観光客はリアルな竜の演出だと喜んでいた」フレイヤも笑った。


 三人は笑い合い、緊張が解けていくのを感じた。


 遠くから、ドランが手を振って近づいてきた。


「アルト! みんな! 何をしている? 祭りのフィナーレが始まるぞ!」


 俺は一瞬ためらったが、クロノスに促され、村へと戻ることにした。


「行こう、若き勇者よ」クロノスは優しく言った。「たまには祭りを楽しむのも悪くない」


 俺は頷き、友人たちと共に、灯りに照らされた村へと歩を進めた。今宵の危機は去った。明日への備えは明日考えればいい。今は、この瞬間を、村の喜びを分かち合う時だった。


 夜空には満月が輝き、その光は村全体を優しく包み込んでいた。

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