第3話 最後のプレーの記憶

 準決勝ドイツ戦、延長後半12分、1点のリードを許している日本の反撃。


 圭人からの長い縦パスを受けた明日香はDF2人を巧みに抜き去りったが、ペナリティエリア内には既にドイツ選手が戻って来ていた。


 明日香にその内の2人が襲いかかる。さらに明日香の背後からも今かわしたばかりの2人が追って来る。


 4人に囲まれ明日香にはパスの出しどころがなく、再びゴールラインに追い込まれた。もう同じ技が通用する状況ではない。できるのは相手の脚に当ててコーナーキックを取るくらいだ。


 しかし、明日香はここで曲芸を見せた。白いゴールラインの丁度真上を足先で器用に浮かせながら少しずつペナルティエリア内に向って移動していったのだ。


 ドイツDFに塞がれた細い空間をまるで猫のようにすり抜けながら少しずつ移動した。


 そしてペナルティエリアに入った。ようやくゴール側に体を向けた明日香だったが、さすがにその先ゴール方向にはDFが立ちふさがる。そこで明日香は味方に素早く簡単なサインを出す。


(角度がなくコースもふさがれてシュートは打てない。パスを出す場所も無い……)


 しゅうは最大で最後のチャンスでありながら攻め手が無いことに絶望した。


 すると明日香は一度外側に離れペナルティエリアの外に出た。相手DFと距離を取ると今度は向きを変えてゴールから離れたペナルティエリアの隅へドリブルした。


 一旦近くにいたそうにワンツーパスをもらってから、半身でボールをキープしたままたゴールに体を向けようとする。相手DFが近くにいるにも関わらず突っ込むつもりだ。


「無理だ!」


 誰もがそう思ったが、明日香はDF陣に飛び込んでいった。好都合だ、とDF二人が明日香を迎え打ちスライディングタックルをしてきた。


 DFの足の先のボールがふと消え、そこには明日香の足だけがあった。明日香が巧みにボールをずらしたのだった。


(な!? ボールが消えた)


 DFのスライディングした脚はもろに明日香の足を跳ね、明日香は吹っ飛んだ。DFが頭を抱えた。


「明日香!」柊が叫んだ。


 ピーッ


 主審の笛が鳴った。イエローカードとともにPKが示された。


「明日香―!」


 颯や圭人が倒れている明日香の元へ駆け寄る。ドクター代わりの姉の円香もピッチに入ってきた。



 ✧ ✧ ✧



 ――柊が夢から覚めると、飛行機は間もなく目的地に到着するため高度を下げているところであった。


(思えばあの後半15分が明日香の最後のプレーだったんだな。あれからもう3年半か……)


 柊は窓から南国の真っ青な空を見ながら、感慨にふけった。






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※この試合の続きは第102話で出てきます。

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