カクヨムでの小説創作論:生成AIの波と向き合う作家たち
本稿は、小説投稿サイト「カクヨム」における生成AI利用の現状と課題を分析し、AI時代の新たな創作のあり方を提言する。
1. 序論:変容する創作の地平とカクヨムの立ち位置
近年、生成AI(Generative Artificial Intelligence)技術の急速な発展は、クリエイティブ産業全体に大きな衝撃を与えている。小説創作の領域も例外ではなく、アイデア創出から本文執筆、さらには表紙画像の生成に至るまで、AIが関与する可能性が現実のものとなった。この技術革新は、特に日本独自の発展を遂げたオンライン小説投稿プラットフォームのエコシステムに、新たな問いを投げかけている。KADOKAWAとはてなが共同で運営し、活発なコミュニティと多様な作品群を擁する「カクヨム」も、この変化の渦中にあるプラットフォームの一つである。
カクヨムは、多くの作家と読者が集い、ランキングやコンテスト、ユーザー企画などを通じて相互に影響を与え合うダイナミックな場を提供してきた。そこでは、読者の反応がリアルタイムで作家にフィードバックされ、作品の方向性に影響を与えることも少なくない。このような環境において、生成AIの登場は、創作活動の効率化や新たな表現の可能性といった期待をもたらす一方で、著作権侵害のリスク、作品の質の低下、オリジナリティの揺らぎ、そして何よりも「創作とは何か」「作家とは誰か」という根源的な問いを突きつける。
本稿は、提供された情報源に基づき、特に「カクヨム」というプラットフォームに焦点を当て、生成AI時代の小説創作論を展開する。カクヨムの現状のポリシー、AI活用の利点とリスク、法的・倫理的課題、そして変化する「創作」の意味合いを多角的に考察し、カクヨムで活動する作家たちがこの新たな技術とどのように向き合い、共存していくべきかを探ることを目的とする。
2. カクヨムにおける生成AI利用の現状:曖昧さの中の模索
2025年5月現在、日本の主要な小説投稿サイトにおける生成AIへの対応は分かれている。pixiv、PageMeku、ノベルアップ+などが比較的早期に明確なガイドラインや利用申告の仕組みを導入したのに対し、カクヨムは、「小説家になろう」やアルファポリスと同様に、現時点(情報収集時点)でAI利用に関する直接的かつ包括的な禁止規定や、利用を明示するシステム上の仕組み(専用タグやチェックボックス等)を設けていない。
カクヨムの利用規約やガイドラインでは、一般的な原則として、他者の権利(著作権含む)侵害、剽窃、過度に共通する設定を持つ作品の投稿を禁止し、「会員自らが創作した作品」の投稿を求めている。この「自ら創作した」という原則が、AI利用を考える上での基本的な判断基準となる。運営側は、AI利用そのものを一律に禁止してはいないものの、「AIに小説全文を書かせて無修正で投稿するのは不適切」であり、「創作の主体性が投稿者本人にあること」を重視する姿勢を示しているとされる。これは、プロット作成支援や表現の言い換え提案といった「創作の補助的利用」は許容されるが、AIへの全面的な依存は推奨されない、という暗黙の了解が形成されていることを示唆する。実際、運営への問い合わせやユーザー間の議論では、「AI生成文そのままの公開はサイト方針と相容れない」という見解が共有されている。
AI利用の明記義務についても、カクヨムには規約上の強制力はない。しかし、コミュニティ内では「AIを使っていることを読者に伝えるのが誠実だ」という声が多く、あらすじや後書きで自主的にAI利用の事実や範囲、使用ツール名を記載する作者が増えているという。これは、透明性を重視するコミュニティ規範の表れであり、読者の不信感を避け、信頼関係を築くための自衛策とも言えるだろう。
ランキングシステムや、カクヨム独自の収益分配制度「カクヨムリワード」においては、現状、AI利用の有無による区別や排除は行われていない。つまり、AIを補助的に利用した作品であっても、読者の支持を得られればランキング上位に入り、収益を得ることは可能である。しかし、KADOKAWAが主催する公式の「カクヨムWeb小説コンテスト」などでは、「AIで生成された作品は選考対象外」と明記されるケースが増えており、商業化を前提とする場面では人間の創作性がより厳しく問われる傾向にある。
このように、カクヨムにおけるAI利用の現状は、「明確な禁止はないが、全面的な依存は不適切」「補助利用は許容されるが、主体性は人間に」「明記は任意だが、コミュニティ規範として推奨される」「ランキングやリワードは影響なし、だがコンテストは別」という、ある種の「グレーゾーン」あるいは「バランス」の中で運用されていると言える。この背景には、技術の急速な進化に対する戸惑いや、コミュニティの多様な意見、そして運営母体であるKADOKAWAの商業的判断などが複雑に絡み合っていると考えられる。
3. AIはカクヨムでの創作をどう変えるか? 利点と可能性
生成AIがカクヨムの創作環境にもたらす潜在的な利点は大きい。
第一に、【執筆効率と生産性の劇的な向上】である。AIは、アイデアの壁打ち相手になったり、プロットのたたき台を作成したり、単調な描写部分の下書きを生成したり、あるいは誤字脱字のチェックや表現の洗練を手伝ったりすることができる。これにより、作家はより創造的な核心部分、例えば独自のキャラクター造形や物語の深いテーマ設定、構成の練り込みなどに集中する時間を増やすことができる。特に、多忙な社会人作家や、長編連載を抱える作家にとって、AIは執筆の負担を軽減し、コンスタントな更新を支える強力な「アシスタント」となりうる。
第二に、【創造性の刺激とアイデア支援】である。AIは膨大な学習データに基づき、作家自身では思いつかないような意外な展開や設定、世界観のヒントを提供することがある。マンネリ化しがちなプロットに新たな風を吹き込んだり、キャラクターに深みを与える設定を提案したりすることで、創作の幅を広げる触媒となる可能性がある。AIとの対話的なプロセスを通じて、当初の構想を超えた物語が生まれることも期待される。
第三に、【創作へのアクセシビリティ向上】である。文章を書くことに苦手意識がある人や、発想はあってもそれを形にするスキルや時間に制約がある人にとって、AIは創作活動への参入障壁を下げ、より多くの人々がカクヨムで物語を紡ぐことを可能にするかもしれない。
カクヨム特有の文脈で考えれば、読者との距離の近さやフィードバック文化とAIの組み合わせも興味深い。例えば、読者からのコメントや感想をAIが分析し、今後の展開のヒントを作家に提示したり、あるいはAIとの対話を通じてキャラクター設定を深め、それを読者と共有したりといった、新たな創作プロセスやコミュニケーションが生まれる可能性も考えられる。
4. カクヨム創作におけるAI利用のリスクと課題:影の部分への直視
一方で、生成AIの利用は、カクヨムの創作エコシステムに深刻なリスクと課題をもたらす可能性も否定できない。
4.1. 著作権とオリジナリティの危機
生成AIをめぐる最大のリスクの一つが、著作権の問題である。AIモデルの学習データに既存の著作物が無許諾で含まれている可能性、そしてAIが生成した出力物が既存作品と酷似してしまうリスクは、カクヨムの規約が禁止する「著作権侵害」や「剽窃」に直結する。特に、日本の著作権法第30条の4がAI学習に比較的寛容であると解釈されている現状は、開発者には有利だが、作家側から見れば自作品が意図せず学習利用されるリスクを高め、倫理的な反発を招いている側面もある。
さらに、「AI生成物に著作権は発生するのか」という根本的な問題がある。現行法では、人間の「創作的寄与」がなければ著作物とは認められない。カクヨムの規約も「自ら創作した」ことを求めているが、AIをどの程度利用したら「自ら創作した」と言えなくなるのか、どの程度の編集や指示があれば「創作的寄与」と認められるのか、その基準は曖昧である。AIが生成した部分には著作権が発生しない可能性があるため、それを自作として投稿しても法的な保護を受けられず、他者に無断で利用されても対抗できないリスクが生じる。これは、自身の作品を守りたい作家にとって重大な懸念となる。
カクヨムのコミュニティで重視される「オリジナリティ」も、AIによって脅かされる可能性がある。AIは学習データに基づいて「それらしい」文章を生成するが、それは既存パターンの再結合であり、真に新しい視点や独創的な表現を生み出す力には限界があるかもしれない。安易なAI利用は、既存作品の模倣や特定の流行の再生産に繋がり、「どこかで読んだような」作品を増やす結果を招きかねない。
4.2. 作品の質と多様性の低下
AIによるコンテンツ生成の容易さは、「生産性のパラドックス」を引き起こす可能性がある。つまり、大量の作品が投稿されることで、個々の作品が埋もれやすくなり、読者の注意を引きつけることが一層困難になる。特に、AIを利用して低品質な作品を大量生産し、PV数やランキングを操作しようとする行為(スパム行為)は、プラットフォーム全体の質を低下させ、読者の信頼を損なうリスクがある。アルファポリスで過去にインセンティブ制度が悪用された事例は、AIによってこの問題が増幅される可能性を示唆している。
また、AIが学習データの平均的なパターンを再現する傾向があるため、AIへの依存度が高まると、物語のテーマ、展開、文体などが画一化し、カクヨムが育んできた作品の多様性が失われる危険性もある。作家固有の「文体」や「味」といったものが希薄になり、没個性的な作品が増えることも懸念される。
4.3. コミュニティと倫理をめぐる葛藤
カクヨムの活発なコミュニティにおいても、AI利用は新たな火種となりうる。AI利用の是非やその程度をめぐって、作家間で意見が対立したり、不信感が生まれたりする可能性がある。「AIに頼るのはズルい」「楽をして評価を得ようとしている」といった批判や、「AI利用を隠しているのではないか」という疑心暗鬼が広がることは、コミュニティの健全性を損なう。
カクヨムではAI利用の明記が任意であるものの、「誠実さ」から自主的に明記する作者が多いという。これは、透明性を保つことで読者や他の作家との信頼関係を維持しようとする倫理的な配慮の表れだろう。しかし、明記しないことによるメリット(AI作品への偏見を避けられる等)を考える作家もいるかもしれず、この点での倫理観のズレが問題化する可能性もある。
さらに、AIが人間の作家の仕事を奪うのではないか、創作活動の価値そのものを低下させるのではないか、という経済的・心理的な脅威は、カクヨムで活動する多くの作家にとっても他人事ではない。AI技術の進化が、人間の創造性や努力へのリスペクトを損なうような方向へ進むことへの危惧は根強い。
5. カクヨムにおける「創作」の再定義:AIと共生する未来へ
生成AIの登場は、カクヨムにおける「創作」や「作家」の意味合いを問い直すことを迫っている。もはや「作家」とは、必ずしも白紙の状態から全ての言葉を紡ぎ出す存在だけを指すのではなく、AIという強力なツールを使いこなし、その出力を評価・選択・編集し、作品全体のコンセプトやテーマといった創造的な核を担う「ディレクター」や「編集者」のような役割も含むようになるのかもしれない。
日本の著作権法が重視する「創作的寄与」という概念も、この文脈で重要となる。カクヨムでAI支援作品を発表し、それを「自ら創作した作品」として主張するためには、単にAIに指示を出すだけでなく、そこに人間ならではのアイデア、構成力、表現へのこだわり、編集・推敲といった主体的な関与を示す必要がある。どの程度の関与が「創作的寄与」と認められるかは依然として曖昧だが、作家自身が「AIはあくまで道具であり、最終的な創造の責任者は自分である」という意識を持つことが、法的にも倫理的にも重要となるだろう。
カクヨムで求められる「面白い作品」の基準も、AIの登場によって変化する可能性がある。「AIらしさ」を感じさせる斬新な設定や展開が評価されるかもしれないし、逆にAIには真似できない人間ならではの感情の機微や、経験に裏打ちされた深い洞察、独自の文体がより一層価値を持つようになるかもしれない。重要なのは、AIを利用するか否かという二元論ではなく、最終的に生み出された作品が読者の心を掴む力を持っているかどうかである。
AIを単なる脅威として拒絶するのではなく、人間の創造性を拡張するための「協力者」として捉え、新たな創作の可能性を切り拓いていく姿勢が求められる。そのためには、AIの特性を理解し、適切なプロンプトを与える能力、生成されたテキストを批判的に評価し、編集・加筆する能力、そして何よりも作家自身の「これを書きたい」という情熱とビジョンが不可欠となる。
6. 結論と提言:カクヨムが築くべきAI時代の創作文化
カクヨムは、生成AIという新たな技術の波に対して、明確な規制ではなく、コミュニティの自律性や作家の良識に委ねるという、ある意味で「様子見」とも言えるスタンスを取ってきた。これは、技術の不確実性や多様な意見への配慮からかもしれないが、一方で法的・倫理的な曖昧さを残し、作家や読者に混乱や不安を与えている側面もある。
カクヨムが今後も健全な創作プラットフォームとして発展していくためには、AIとの共存に向けたより積極的な取り組みが求められる。
カクヨム運営への提言:
1. 【AIポリシーの段階的明確化】: 現状の曖昧さを解消するため、AI利用に関するより具体的なガイドラインを策定・公開することが望ましい。禁止事項(例:AI生成物の無修正投稿、著作権侵害リスクの高い利用法)を明示するとともに、許容される利用範囲(補助的利用)の例を示す。将来的には、pixivやノベルアップ+のように、AI利用の有無や程度を開示するシステム上の仕組み導入も検討すべきである。
2. 【品質管理とコミュニティ支援】: AIによる低品質作品の氾濫やスパム行為を防ぐため、モニタリング体制を強化し、ランキングアルゴリズムやリワード制度が悪用されないよう調整する。同時に、AIを健全に活用するための情報提供や、作家間の建設的な議論を促進する場を設けるなど、コミュニティ支援にも力を入れるべきである。
3. 【クリエイター保護の強化】: KADOKAWAとして、プラットフォーム上の作品が無断でAI学習に利用されることへの対策を継続・強化し、作家の権利保護に対する明確な姿勢を示すことが重要である。
カクヨム作家への提言:
1. 【規約遵守と倫理的利用】: カクヨムの規約(特に自作原則、著作権関連)を遵守し、AIの利用規約も確認する。著作権侵害や剽窃のリスクを常に意識し、倫理的な問題(作風模倣、なりすまし等)を避ける。
2. 【「創作的主体性」の確保】: AIを便利な「アシスタント」として活用しつつも、作品の根幹となるアイデア、構成、テーマ、そして最終的な表現については、自身の創造性を発揮することに注力する。「創作的寄与」を意識し、必要であれば制作プロセスを記録しておくことも検討する。
3. 【透明性とコミュニケーション】: AIを利用した場合は、読者や他の作家に対する誠実さの観点から、その事実や範囲を自主的に開示することを推奨する。AI利用に関する誤解や偏見を解き、建設的な対話を通じてコミュニティとの良好な関係を築く努力が求められる。
4. 【人間ならではの価値追求】: AIにはない、自身の経験、感性、視点、文体といった人間ならではの強みを活かし、作品に独自の付加価値を与えることを目指す。
読者への期待:
AI生成作品やAI支援作品に対して、頭ごなしに否定するのではなく、作品そのものの内容や質で評価する姿勢が望まれる。同時に、作家の創作活動への敬意を持ち、AI利用に関する建設的なフィードバックや議論に参加することも、健全な創作文化の育成に繋がるだろう。
生成AIは、カクヨムにおける小説創作のあり方を根底から変えうる可能性を秘めている。その変化を恐れるだけでなく、リスクを適切に管理し、人間の創造性を中心に据えながら、新たな創作の地平を切り拓いていくこと。それこそが、カクヨムとそのコミュニティが目指すべき未来の姿ではないだろうか。運営、作家、読者が三位一体となって、対話と試行錯誤を重ねていく中で、AI時代の新しい創作文化が育まれていくことを期待したい。
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