カクヨムでの小説創作論

岡島 圭

カクヨムでの小説創作論:Web小説の潮流と物語の普遍性

本稿は、Web小説プラットフォーム「カクヨム」の特性と読者層、トレンドを分析し、普遍的な物語技術とWeb特有の技法を戦略的に統合してオリジナリティある成功作を生み出す創作論を提示する。


1. はじめに


カクヨムは、KADOKAWAとはてなが共同運営するWeb小説プラットフォームであり、現代日本の物語創作と受容において中心的な役割を担う存在となっている。無料で作品を投稿・閲覧できる手軽さ、ランキングやコメント機能を通じた作者と読者の活発な交流、そしてKADOKAWAグループによる書籍化への期待感などが、多くの書き手と読み手を惹きつけている。


特にカクヨムを含むWeb小説プラットフォームでは、「なろう系」と総称される潮流に属する作品群が顕著な人気を博している。異世界への転生や転移、ファンタジー設定、ゲーム的な世界観、強力な能力を持つ主人公といった要素は、プラットフォームのランキング上位を賑わせる定番となっている。これらの作品は、スマートフォンなどを通じて気軽に物語を消費し、現実からの逃避や願望成就、爽快感を求める現代の読者層のニーズに応える形で発展してきた。


しかし、単に流行のテンプレートを踏襲するだけでは、数多の作品の中に埋没してしまう危険性も孕んでいる。カクヨムで読者の心を真に掴み、記憶に残る作品を創造するためには、Web小説特有の形式や読者層の期待を理解し、それに応える柔軟性を持つと同時に、時代や媒体を超えて通用する物語創作の普遍的な原則を深く理解し、応用していく必要がある。


本稿では、カクヨムというプラットフォームの特性と読者層の分析を踏まえつつ、人気の潮流となっている「なろう系」の構造を解き明かす。さらに、強力なプレミス構築、深みのあるキャラクター造形、構造的な強度を持つプロット設計、テーマ性の織り込みといった普遍的な物語創作の技術を、Web小説という特異な環境にどのように適用し、オリジナリティを生み出すことができるのかを論じる。最終的には、Web小説の「お約束」と普遍的な物語技術を戦略的に統合し、カクヨムで成功するための創作論を展開することを目的とする。


2. カクヨムのエコシステムを理解する


カクヨムで成功を収めるためには、まずプラットフォーム自体の機能、ルール、そして集う読者層の特性を把握することが不可欠である。


【プラットフォーム概要】: KADOKAWAとはてなが共同運営する無料のWeb小説投稿サイトである。小説の投稿・閲覧に加え、評価(☆)、ブックマーク、応援、レビュー、コメント、近況ノートなどの多様な機能があり、作者と読者のコミュニケーションを促進する。KADOKAWAの一部作品については公式に二次創作が認められており、ガイドラインの遵守が求められる。著作権侵害や過度な描写は禁止されており、違反時にはペナルティが課される可能性がある。

【読者層】: 主要な読者は18歳から34歳の若年層で、全体の過半数を占める。男性読者が約3分の2と多い傾向だが、女性読者も約3分の1存在し、増加傾向にある。利用端末はスマートフォンが主流(約7割以上)であり、隙間時間に気軽に読まれている。読書動機としては、現実逃避や願望成就、爽快感、特定のジャンルへの嗜好、新たな物語との出会い、作者との交流などが挙げられる。

【ランキングとコミュニティ】: ランキングは主に評価(☆の数)とフォロワー数が影響すると考えられ、ランキング上位は作品の露出を増やす。ただし、単純なPV数だけではなく、読者の積極的なエンゲージメントが重要である。「注目の作品」枠など、運営によるレコメンド機能も影響力がある。コミュニティ機能(レビュー、コメント、応援、ギフト、自主企画など)も活発であり、作者のモチベーション維持や読者との関係構築に寄与する。特にカクヨムでは、読者自身が書き手でもあるケースが多く、レビューやコメントが創作的な視点を含むことも特徴である。

【収益化と書籍化】: カクヨムロイヤルティプログラム(広告収益の一部還元)やギフト機能(読者からの直接支援)により、作者は収益を得ることが可能である。これは「小説家になろう」にはない特徴である。書籍化は、出版社からのスカウト(KADOKAWA系中心)や、頻繁に開催されるWeb小説コンテスト経由が主なルートとなる。例えば「カクヨムWeb小説コンテスト」では、『陰キャだった俺の青春リベンジ』や『コンビニ強盗から助けた地味店員が、同じクラスのうぶで可愛いギャルだった』などのラブコメ作品、『領怪神犯』のようなホラー作品も受賞・書籍化されており、多様なジャンルに門戸が開かれている。


3. カクヨムにおけるWeb小説トレンドの解読


カクヨムで支持を集めるには、現在どのようなジャンルや物語の型が流行しているのかを理解することが有効な戦略となり得る。


【主要ジャンル】: 最も支配的なのは「異世界ファンタジー」で、ランキング上位の大半を占める。転生・転移、チート能力、剣と魔法などが定番であり、『魔神殺しの帰還勇者、現代ダンジョンでも無双する』や、やや変化球の『空手バカ異世界』のような作品が人気を集めている。次いで「ラブコメ」も根強い人気があり、『クラスで2番目に可愛い女の子と友だちになった』や『こそっと恥じらう姿を俺だけに見せてくる学園のお姫さま』のように、キャラクターの魅力や関係性を中心に据えた作品が読まれている。これら以外にも現代ファンタジー(『異世界帰りの日常はダンジョン日和』など)、SF(VRMMOもの)、ミステリー、ホラーなど多様なジャンルが存在するが、読者規模は二大ジャンルに比べて小さい傾向がある。

【「なろう系」の影響】: カクヨムでも「なろう系」と呼ばれる共通の特徴を持つ作品群が広く見られる。主要なトロープ(お約束)として、異世界転生・転移、チート能力・俺TUEEE、ゲーム的世界観(ステータス等)、ハーレム、悪役令嬢、追放・ざまぁ、スローライフなどが挙げられる。これらは読者の願望充足やカタルシス提供に重点を置き、一人称視点での直接的な感情描写、テンポの良い展開が好まれる。これらのトロープは読者にとって「ジャンルの短縮記号」として機能し、好みの作品を見つけやすくする一方、作者にとっては類似作品との差別化が課題となる。転生やチート能力の人気は、現実への不満や無力感を抱える読者の「人生をやり直したい」「楽に成功したい」という心理的な欲求に応える、現実逃避的なパワーファンタジーとして機能している側面がある。

【トレンド形成の仕組み】: カクヨムのトレンドは、読者の心理的ニーズ、作者のインセンティブ(ランキング、収益化、書籍化)、そしてプラットフォームのメカニズム(ランキングアルゴリズム、レコメンド機能、コンテスト)が相互に作用し、特定の成功パターンを増幅させる形で形成されている。


4. Webフォーマットで魅力的な物語を紡ぐ


普遍的な物語原則をWebという媒体に合わせて適用し、特有の技術を習得することが重要である。


普遍的原則の適用:

【強固なプレミス】: テンプレートを用いる場合でも、物語の核となる魅力的な「問いかけ」や独自の「ひねり」が不可欠である。例えば、多くの「転生薬師」ものが存在する中で、『転生薬師は昼まで寝たい』のように独自のキャラクター性や生活感を加えることで、差別化を図る試みが見られる。

【キャラクターの深度】: 主人公に共感できる動機や弱さ、内面的な葛藤(「嘘」を乗り越え「必要性」に至る変化の軌跡)を描くことで、深みが増す。敵対者や協力者との関係性(キャラクター・ウェブ)も重要である。

【構造設計】: 連載形式でも全体の物語構造(例えば三幕構成の応用)を意識し、主要な転換点(プロットポイント、ミッドポイント)を配置することで、ペース配分と満足度を高める。

【テーマと世界観】: 娯楽性の中に普遍的なテーマを暗示的に織り込み、独自の世界観を丁寧に構築することで、作品に奥行きを与える。


Web特有の技術:

【読みやすさ】: スマートフォン画面に適したフォーマット(頻繁な改行・空行、短い一文・段落、平易な語彙)が極めて重要である。Web小説の書き方として、一文を短く、一文一意を心がけ、改行・空白行を適切に入れることが推奨されている。

【「引き」の力】: 各話の終わりに次話を読みたくなるような「引き」(クリフハンガー、謎の提示、次回への期待感など)を設けることが、読者維持に不可欠である。

【声とスタイル】: 読者の感情移入を促す一人称視点や、カジュアルで直接的な語り口が好まれる傾向がある。ただし、「語るな、見せろ」の原則に基づき、行動や状況で内面を描写することも重要である。


5. 戦略的統合:トレンドとオリジナリティのバランス


カクヨムでの成功には、戦略性とオリジナリティの両立が求められる。


【人気要素の活用】: 流行のジャンルやトロープを理解し、その人気の理由(読者の欲求充足機能など)を踏まえた上で、自身の作品に戦略的に取り入れることが有効である。

【独自の価値の注入】: プレミスの独自性、キャラクターの深化、プロットの意外性、テーマ性、世界観の独創性、ジャンルの融合などを通じて、類似作品との差別化を図り、作者ならではの個性を加えることが重要である。例えば、カクヨムコンテスト受賞作には、王道ジャンルの中で独自性を出した作品(例:『陰キャだった俺の青春リベンジ』)もあれば、ホラー(『領怪神犯』)や現代ファンタジー(『俺だけデイリーミッションがあるダンジョン生活』)のように、必ずしも最大公約数的ではないジャンルで評価された作品も見られる。

【先達からの学び】: 成功している作家は、継続的な更新、読者との良好な関係構築、プラットフォームやトレンドの分析・適応、市場性と作家性のバランス感覚、プロ意識といった要素を共通して持っていることが多い。彼らの経験から学ぶことは多いだろう。一方で、読者の期待から大きく外れたり、複雑すぎたりする作品は、理解されずに低評価を受ける可能性も示唆されており、バランスの難しさがうかがえる。


6. 結論:カクヨムで自らの物語を紡ぐために


カクヨムでの小説創作は、Webプラットフォーム特有のダイナミズムと、時代を超えた物語作りの技術が交差する、刺激的な領域である。本稿で分析してきたように、このプラットフォームで多くの読者の心を掴むためには、いくつかの重要な要素を理解し、実践していく必要がある。


【主要な要点】: 成功への鍵は、プラットフォームの理解、読者への洞察、トレンドの認識、普遍的技術の適用、Web特化技術の習得、そしてトレンドとオリジナリティの戦略的バランスにある。

【Web小説創作の二重性】: カクヨムでの創作活動は、常に二つの側面の間でバランスを取ることを要求される。一つは、プラットフォームの読者が期待する即時的なエンターテイメント性、読みやすさ、そして時には馴染みのあるテンプレートに応えることである。もう一つは、単なる消費物にとどまらない、作者自身の「語りたい物語」を、普遍的な物語技術を用いて深みと独自性をもって描き出すことである。この二つの要求――市場への適応と芸術的探求――をいかに巧みに両立させるかが、持続的な成功と読者からの真の支持を得るための核心となる。

【未来への展望と奨励】: Web小説プラットフォームは、常に変化し続けるダイナミックな環境である。トレンドは移り変わり、新たな技術や機能が登場する可能性もある。作者には、こうした変化に対応する柔軟性と、学び続ける姿勢が求められる。


最も重要なのは、執筆プロセスそのものを楽しみ、挑戦し続けることである。カクヨムは、読者と直接繋がり、反応を得ながら物語を育てていくことができるユニークな場を提供する。収益化や書籍化といった目標も現実的なものとなりつつある。読者のニーズに応える感受性と、物語の本質を追求する真摯さ。この二つを羅針盤として、あなた自身の情熱を込めた物語を紡ぎ出すことが、カクヨムという広大な物語の海で、多くの読者の心を捉え、長く愛される作品を生み出す道となるだろう。

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