第31話 手の平の上

 俺は霊視を終え、その後の昼時間は何も物騒なことが起きることはなく、日が傾き始めた。夕会議の時間になる。


 再び会議室に集まった残りの生存者5人。この城に来て大半の時間を会議室で過ごしているせいで、みんな気が滅入っているようだった。


 全員席に着き、どんよりとした空気の中で夕会議が始まる。と、言っても今日は誰も殺されていないので誰かを疑うようなこともないし、誰かをわざわざ処刑する必要もなかった。


 処刑は無しでいい、という総意の沈黙から始まった。気怠そうにため息をついたリーナが最初に沈黙を破る。


「はぁ…………てか、ケルドさんは本当に人狼だったのかなぁ」


 リーナが円卓に倒れ込んで体を伸ばす。


 俺はケルドの殺人現場を目撃し、さらには霊視までしているのでケルドが人狼だと確信できているが、他の生存者はそのことについて確証がなく、半信半疑の者もいるかもしれない。俺は自分が霊媒師であることと、その霊視結果を伝えるために口を開いた。


「ああ、そのことなんだけど――」

「――ちょっと待って!!」


 俺の声を遮り、レルフェが声を上げた。


「ッ!? どうしたのレルフェ??」


 驚いて跳ね起きたリーナがレルフェに目を向ける。ここにいる全員がレルフェに注目した。


 レルフェが慎重に口を開いた。


「あの……ね……。私、霊媒師なの」

「――ッ!? は!?」


 俺は思わず驚きの声を上げた。霊媒師は参加者の中に一人だけのはず。俺が霊媒師だ。


「昼の間に霊視をして、その結果、ケルドさんは人狼じゃありませんでした」


 レルフェは俺の霊視結果とは真逆の事を宣った…………そうか、もう一人の人狼はレルフェか。自分から姿を現しやがった。


「ええぇ!? ケルドさん人狼じゃなかったの!?」


 レルフェの言ったことをそのまま信じ込むリーナ。このままではまずい。俺は考えるよりも先に立ち上がった。


「待て!! 霊媒師は俺だッ!! ケルドは確かに人狼だったぞ!」

「――ッ! イズミ…………」


 ゲッカが眼だけ動かして俺の方を見た。


「え……イズミ……さん? 霊媒師は私なんですけど…………」


 俺の行動が理解できないとでも言いたげな口振りで話すレルフェ。本物の霊媒師を腹立たしいほど綺麗に演じている。


「レルフェ。アンタ人狼だろ」

「――ッ!? なにを………………あなたが人狼ですね。イズミさん」

「………………つまり、この二人のどっちかは人狼ってことだな」


 ゲッカが状況を整理した一言を呟いた。気怠い空気は一変して張り詰めた緊張に変わる。そのゲッカの一言で会議の流れは「俺かレルフェ、どちらかを処刑する」というものに変わった。


 その後、俺とレルフェは論争に身を投じた。


「レルフェが人狼だ。きっとケルドが人狼だと周知されると不利になるから霊媒師を名乗って偽りの霊視結果を伝えてきたんだ」

「私が人狼だったらそんなリスキーな行動はとらない。イズミさんが霊媒師ならケルドさんが人狼でもう一人の人狼は私になるわけだけど、処刑されたら本当に死んでしまうこのゲームでわざわざ目立って処刑の縄に自分から近づくようなことは己の命を顧みないサイコパスしかやらないわ。私は違う。イズミさんはケルドさんが人狼だとみんなに信じ込ませないと自分の立場が危ぶまれるから霊媒師を騙ったのよ。『ケルドがレイを殺すのを見た』なんて言ってしまったから。それに、私よりも後に霊媒師を名乗り出したところも信憑性に欠けるわ」


 ……誰に遮られたせいで後出しになってしまったと思っているのか


「じゃあ、レルフェの立場からしたらまだ人狼は二人残っている、ってこと?」


 エルハがレルフェに問いかけた。


「ええ、その通りです。現状、人狼は二人残っている。ここで人狼を、イズミさんを処刑しないとまずいんです」

「ちょ、ちょっと待てよ! そもそもケルドの処刑される時の反応は誰がどう見ても人狼のものだったろ。みんなから疑いを向けられて観念した人狼の反応だったはずだ!」


 俺はケルドが人狼であったことを裏付ける決定的な証拠を上げた。それは俺が正しくてレルフェが間違っていることの証明でもある。


 レルフェはこれにも反論した。


「冤罪よ…………イズミさんの口車に乗せられて私たちは騙されて、みんなケルドさんが人狼だと思い込んでしまった。それで、私たちは束になってケルドさんを責め立てて、彼は最終的に私たちの集団圧力に押されて抵抗を諦めてしまった…………私たちが無実のケルドさんを死に追い詰めてしまったようなものよ」

「そんな…………ケルドさん…………」


 リーナが悲哀のこもった声を漏らした。


「そんなの、無理がある話だ。自分に都合のいい作り話だろ!」

「都合のいい作り話? その作り話でケルドさんを貶めたのは誰でしょうね?」


 レルフェが眉間にしわを寄せて俺を睨んだ。完全に正義の霊媒師を演じている。


「大体、初日の昼に私の提案を、全員で一緒にいる提案を蹴ったところから怪しかったのよ。特に理由も言わずにどうしても一人になりたがってた感じだったし。このゲームで一人になりたがる人なんて人狼くらいじゃない?」

「たしかに。てゆーかあの時イズミとレイがずっと出歩いてて帰ってこなかったのは本当にありえないわ。あれでみんな不満溜まってたし」


 リーナがレルフェに便乗した。


「あ、そういえばあの時に出歩いてたのがイズミさんと殺されたレイ君の二人ってところも引っ掛かるわね。それに、生存者を分断させるトラップもイズミさんがその時間に用意したものかもしれない…………辻褄が合ってきたわ」


 レルフェ…………見かけによらずベラベラとよく喋る女だ。一方、俺は全く反論できずにいた。彼女がずっと喋っていて反論の隙がないのと、そもそもレルフェには怪しむようなところがない。最初に村人有利な提案をしてそのあとは特に目立たなかったレルフェ。その反面、俺は良くも悪くも目立つような行動をしてきてしまった。お陰で俺が一方的に攻められ、民意が「イズミが人狼」に傾きつつあるように感じた。


 ――だが、それでも構わなかった。


 俺が投票で処刑されることはない。何故なら、俺には二人の仲間がいるからだ。


 まずはエルハ。エルハとは人狼ゲームの勝敗ではなく「この城のループから脱する」というゲームの範疇を超えた目的を抱えているからだ。たとえ俺が本当に人狼だと思われても、ゲームのルールに従うよりも俺を生かす選択をするはずだ。


 もう一人の仲間はゲッカだ。初日の夜にゲッカは、俺が人狼に追われているところを目撃している。人狼が人狼を追いかけるはずがない。それを見たゲッカは俺が村人だと確信してくれているはずだ。それが人狼同士の自演だと疑われない限り。


 もしレルフェとリーナが俺に投票しても、俺とエルハとゲッカは必ずレルフェに投票する。イズミ2票レルフェ3票となり、俺が処刑されることは絶対にない。


 会議の時間が終わり、投票に移った。紙に名前を書き、それを投票箱に入れる。俺たち5人は紙に書く名前に迷いなく手早く投票を終わらせた。


 投票が終わり、続いてネコ型配膳ロボットが食事を運んできた。球状の丸いパンが二つと、ブドウの匂いがする血のような赤色の飲み物だった。


 ――なぜか胸騒ぎがした。目の前に置かれた食事に近づいてはいけないと、本能が悲鳴を上げるような感覚がした。


 隣にいるエルハの前にも、俺に出された食事と見た目だけは全く同じものが置かれていた。俺はエルハにそっと耳打ちした。


「なぁ、俺のとお前の、交換しないか?」

「…………してもいいけど、それをした瞬間、イズミは銃で撃ち殺されるよ」

「え、どういうこと……?」


 エルハが厨房へ視線を向けた。そこには厨房の出入り口付近からこちらを凝視するネコ型配膳ロボットの姿が。


「ゲームのルールにあったの。自分の食事に手をつけなかったり、他の人の食事を取ろうとするとあのロボットに銃殺されるらしい」

「あぁ……そんなルールあったかもな……」


 これは投票で選ばれた処刑者が刑の執行から逃れようとするのを防ぐためのものだ。だったら最初から銃殺で済ませればいいのに……。


 俺は目の前の食事に向き直った。


 ――大丈夫だ。俺には二人の仲間がいる。俺は処刑されない。


 パンを一つ手に取り、齧った。


 口内でゆっくり咀嚼して飲み込んだ。


 そのまま何事もなくパン二つを食べ終えた。


 特に体に異常はない……………………アレ…………


 急に体に力が入らなくなる。視界は真っ白になり、激しく明滅を繰り返した。


 気づけば俺は円卓に倒れていた。自分の呼吸が浅くなっていく。


 苦しい。


 明滅する視界の端にレルフェがいる。彼女の冷酷な眼差しが倒れた俺を見下ろしていた。


 思い返せばこのゲーム、すべてレルフェの手の平の上にあったような気がした…………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る