第22話 田植えトリップ

 長官に無線で連絡を取った後、俺は気絶したテリヤを起こして狭い路地から脱出した。次は集合場所のナイトクラブ「ネオンリーク」に向かう。


 あの後、長官の方から無線で連絡が入り、エルハを探しているがまだ見つけられていないと報告を受けた。エルハはどこへ行ってしまったのか。犯罪に巻き込まれていないといいんだけど…………。


 長官からの連絡の際にネオンリークの場所を聞いて、俺とテリヤは移動を始めた。10分ほど歩くと、青や緑に発光する看板に「ネオンリーク」と示されたレンガ造りの建物に辿り着いた。


 ルルード長官とイヌヌの姿は見当たらない。長官たちよりも早く着いたらしい。俺たちはこの建物の前で長官とイヌヌが来るのを待つことにした。二人でレンガの壁に背中を預ける。


 俺は壁を背にして地面に座り込み、俯いて目を瞑る。昨日の朝からずっと寝ずに起きているので疲労が溜まっていた。見張りをテリヤに任せて少し仮眠をとる。


「…………ん? おお!?」


 目を瞑ってからすぐに、テリヤが何かに気づいて声を上げる。


 俺は声に反応して顔を上げた。


 目の前に、行方不明だったエルハがいた。


「エルハ!?」


 相変わらず感情があまり映らない無表情で俺たちを見ていた。


「エルハ、お前どこ行ってたんだよ?」

「…………いや、ちょっと迷子に……」


 俺の問いに、表情は変えないまま少し気まずそうに言葉を紡ぐエルハ。


「ハハッ! 意外とおっちょこちょいなんだな!」


 テリヤが能天気にへらへら笑っている。さっきまでダークネスフライギアに惨敗したのが悔しい、強くなりたいと顔を歪めて嘆いていたくせに。


「みんなーーーッ!」


 遠くからイヌヌの声が響く。


 振り向くと、イヌヌとルルード長官が肩を並べてこちらに近づいていた。赤い縁で派手なハート形のサングラスをかけて。


「みんなお待たせ! あ、エルハも見つかったんだね! じゃあ行こっか!!」

「お前ら遊びに来たわけじゃねぇんだぞ」


 エルハも探し出せなかったくせに悠長にサングラスを用意してきた二人と合流。全員揃った俺たちは犯罪グループ「クラガリ」の捜査のため、ナイトクラブ「ネオンリーク」に足を踏み入れた。




 暗い屋内を赤く点滅するミラーボールが無尽蔵に照らす。息切れした心臓の鼓動のような低音でハイテンポな電子音楽が爆音で俺たちを出迎えた。


 眩い閃光が瞳を刺激して視界がぼやける。激しい音楽が鼓膜を震わせる。人が密集した屋内空間。人生で初めてクラブに入った俺には耐えがたい空間だ。体が拒否反応を起こして吐き気を催す。入って間もないが、もうすでに帰りたい。


 そんなクラブ童貞の俺にもわかる、明らかに他の一般的なクラブとは違うであろうこの会場の特徴があった。


――会場のど真ん中に鎮座した正方形の巨大な汚泥。赤い閃光に照らされた水面。その沼にふんどし姿で田植えをする男たちがいた。束にして腰にさげた苗を少しずつ手に取り、低音ドラムのリズムに合わせて泥沼に突き刺していく。その姿を端から眺めてご満悦な表情の女性陣。


 テリヤがぽかんと口を開く。


「これがクラブか。なんかイメージとだいぶ違うな―」

「テリヤ、ここが特殊なだけだと思うぞ」


 大人の社交場ともいえるクラブハウスがこんな泥臭いはずがない。


 泥沼の田植えに興味津々のイヌヌが声を上げる。


「わぁ! 楽しそう!! エルハ、一緒に行こ!!」

「あッ! ダメ――――」


 イヌヌが振り返ってエルハの手を掴む。その瞬間、エルハがイヌヌの手を引き、イヌヌを背負い投げて泥沼に叩きつけた。


 立ち上がる濁った水飛沫。周りの一般客の視線が集まる。


「ご、ごめんなさいイヌヌッ……わ、わざとじゃないの……」


 慌てた様子で謝罪するエルハ。


「あー、人に触ると怪力が勝手に作動しちまうっていうあれか……」


 俺がレストラン・タシマでエルハに投げ飛ばされたのが、今度はイヌヌの身で起きたということだ。こうやって客観視してみるとわざと投げ飛ばしてるようにしか見えないけど。


「ハハッ! 絶対わざとだろ今の!」


 隣でテリヤがヘラヘラと笑っている。


「うげぇ……ひどいよエルハぁ、口に泥入った………………ってナニコレ」


 苦い顔で舌を出していたイヌヌが表情を変える。泥に塗れたサングラスを外して両腕を泥沼の底に突っ込む。その状態でイヌヌが立ち上がると、巨大な泥の塊が引き上げられた。


「きったねぇ! なにやってんだよイヌヌ!」


 イヌヌの奇行に俺は野次を飛ばす。


 よく見ると泥の塊は人の形をしているようにも見える。泥が流れ落ちていって次第にその全貌が露わになっていく。これは…………


「お、女の子だ……」


 泥の中から現れたのはまだ小学生くらいの女の子だった。俺たちの間に緊張した空気が走る。


 顔色を変えたルルード長官がイヌヌの元に駆け寄る。泥沼に足を踏み入れることも顧みずに。


 長官が女の子の首元に右手の指を添え、口元に左手の指を近づける。


「おぉ! 長官がセクハラを!? これがミセイネンインコ―ってやつか!!??」


 泥の中から女の子が現れたことよりも長官の行動に対して慌てふためくテリヤ。


「安否確認だ。脈はある。わずかだが息もある」


 テリヤとは対照的に冷静な長官。長官のハート形のサングラスに赤い閃光が反射する。


 女の子はまだ生きているようだ。でもなんで泥沼の底に…………


 女の子の髪や顔についた泥を優しく撫で落とすイヌヌが小声で呟く。


「この子、どこかで見たような……」

「……メイちゃんだ」


 一拍の沈黙の後、瞳孔を見開いたエルハが小さく声を漏らす。


「え、メイちゃんって……」


 メイちゃん。たしかレストラン・タシマに来た家族客の女の子だ。泥にまみれた女の子をよく見ると、たしかにあのメイちゃんだ。でも、なんでこの子がここに…………


「やめて! 誰か助けて!!」


 女性の悲鳴が響く。クラブハウスの奥、影になった薄暗い空間から声が聞こえた。


 声のした方に目を凝らすと、レストラン・タシマに来た家族客の女性、メイちゃんのお母さんの姿があった。地面に崩れ、何か訴えながら遠くのものに手を伸ばそうとするお母さん。お母さんの視線の先には黒いスーツを身に纏った屈強な男の姿があった。小学生くらいの男の子を肩に担いで早々と立ち去ろうとしていた。あの男の子はお母さんの息子、たしか名前はケンだ。


 今まさに、目の前で堂々と行われているのは児童誘拐。犯罪グループクラガリも児童誘拐を行っていると長官が言っていた――――おそらく、あの男はクラガリの人間だ。


 俺が男を追おうと動き出すよりも一歩早く、ルルード長官が駆け出した。泥沼から上がって、死角の暗闇に姿をくらませた男へ一直線に走り出す。


 長官に続いてテリヤとエルハも後を追う。


「イヌヌ! メイちゃんを見といてくれ!」

「うん! りょーかいイズミ!」


 メイちゃんをこのまま放置しておくわけにもいかない。メイちゃんのことはイヌヌに任せて俺も長官の後を追う。


 薄暗い空間を突っ走り、突き当りの角を左に曲がる。


 先には真っ暗な廊下が続く。その奥で、屋外へと抜ける扉を走り抜けるエルハとテリヤの姿が見えた。二人を見失わないよう、俺も急いで後を追う。


 暗い廊下を駆け、扉を突破する。


 ――月明かりに照らされた屋外。爆音轟くクラブ会場から離れ、静かで閑散とした駐車場に出た。


 長官たちは――――


 数人の黒スーツ男と戦っていた。テリヤが勇猛果敢に小柄な黒スーツ男に飛び掛かる。エルハと長官は近接格闘で黒スーツたちを容易く蹴散らしていく。


 俺が介入する暇もなくエルハと長官だけでほとんどの敵を片付けてしまう。ケンくんを救出し、長官が最後に残った屈強な男の首元にスタンガンを押し付ける。男は一瞬だけ陸に打ち上げられた魚のように跳ねて、それ以降動かなくなった。


 一方テリヤは――――


「――ッ! ……クソッ!」


 小柄な男の肘打ちを顎にくらってよろめくテリヤ。その隙に男は走り去る。駐車場の端にある、車高は低めで車幅の広い車に向かっていた。黒いボディにタイヤホイールが赤い乗用車だ。


「おい! 逃がすなよテリヤ!!」


 何もしてない俺はテリヤに野次を飛ばした。


 今から奴を追っても間に合わないだろう。男は既に車のエンジンをかけていた。


 唸りを上げて動き出す黒い車。赤光を放つホイールが回る。スピードを上げた車が駐車場の出口へとハンドルを切って、タイヤが鼓膜を劈く摩擦音を響かせた。


 加速して出口へと一直線に突き進む車――――その直線状にエルハとケン君がいた。


 黒い鉄の塊は速度を落としたり進路を変える様子もない。このまま二人をはねるつもりだ。


「逃げろエルハ!!」


 俺は咄嗟に叫ぶ。声に反応して振り返ったエルハが猛進する車の接近に気づく。


 車のヘッドライトと視線を合わせたエルハ。隣には怯えた様子で目を見開いたケンくんがいる。エルハは逃げることなく、後ろに細い脚を振り上げた。


 車が目の前に迫ったその瞬間、エルハが前方に脚を振り上げる。車を蹴り上げた。


 けたたましい衝撃音が響く。黒い鉄の塊は瞬きの間に、一瞬で遥か上空に打ち上げられた。


 打ち上げられた車はその勢いを留めることなく夜空の先へと飛んでいく。次第にその姿は遠く小さくなって夜空を彩る星ほどの点となり、空の彼方へ消えていった。


「うわぁ………………」


 エルハだけは怒らせないようにしよう。そう心に誓った俺はエルハとケン君の方に歩み寄る。


「大丈夫だったか?」


 俺はケン君に声を掛ける。


「うん! ――――ありがとうお姉さん!」


 先程までの怯えた様子とは打って変わって、笑顔でエルハに手を伸ばすケン君。手を繋ぎたいらしい。


 エルハはそれに応えようと一瞬手を差し出すも、すぐに手を引っ込める。


「…………ごめんなさい」


 言葉を詰まらせたエルハはただ一言、謝罪の一言だけを捻り出した。


 人に触ると無意識に怪力が発動してしまう体質がのせいで、エルハは握手を拒むことしかできなかった。


「エルハは男の子と手を繋ぐのが恥ずかしいんだよ」


 俺はエルハをからかってケン君の頭を撫でた。


 気まずそうに目を逸らしていたエルハが異議ありと言いたげに眉を顰める。


「そ、そんなことは――」

「本当なんだ! 信じてくれぇ!!」


 エルハの弁明を遮って男の悲鳴染みた声が響く。


 振り返ると、ルルード長官がケン君を攫った屈強な黒スーツの男を地面に押さえつけていた。男の両腕には手錠。長官は右手に持ったスタンガンを男の首元に添えている。


「じゃあ、お前はもう用済みだ」


 長官がそう言い捨てるとスタンガンが青白い閃光を放つ。黒スーツの男は呻き声と共に一瞬だけ体を痙攣させ、そして意識を失った。


「長官、何してるんですか?」


 俺は長官の方に近づいて尋ねた。


「ああ、尋問してクラガリの本拠地の情報を吐かせたかったんだ。一度気絶した奴をまた叩き起こしたから時間がかかってしまったよ」

「アンタは鬼か」


 やってることからして警察よりも悪役の方がお似合いだ。


「それで、本拠地の場所はわかったんですか?」

「当然。奴らの拠点は――――」

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