神の国から来たって、本当ですか?

風葉

プロローグ

――風は語る。忘れられた約束を。


遥か昔、山の向こうに「神の国」と呼ばれる地があったという。豊かな水と緑に恵まれ、空には光の柱が立ち昇り、大地は黄金の実りをもたらした。そこに住まう神の末裔たちは、人の身でありながら不思議な力を操り、火を灯し、水を引き、大地を鎮めることができた。彼らは争いを嫌い、しかし争いに巻き込まれ、静かな地を求めてこの地へとやってきた。


彼らは山を越え、幾つもの川を渡り、この地にたどり着いた。そして語った。「我らは神の子孫である」と。


人々は彼らの力に畏敬の念を抱き、やがてその末裔を「皇」と呼ぶようになった。皇の血を継ぐ者は特別な存在とされ、国は彼らを中心に築かれていった。神の血筋は清らかで尊いとされ、皇国はその神話を礎に、広大な土地を支配する国家として育まれていった。


――これが、皇国に伝わる建国神話である。


しかし風は、もう一つの物語を知っている。


深い森の奥に、静かに息づく人々がいた。狩りをし、火を囲み、精霊に祈るその暮らしは、皇国の者から見れば粗野で未開に映った。だが彼らには彼らなりの信仰があり、歴史があった。語り部が伝える古い歌には、はるか遠くの土地の風景が織り込まれていた。果てしない平原、冷たい風の吹きすさぶ山々、太陽が沈まぬ地の伝説――


彼らの記憶の奥底にも、山の向こうから来た誰かの影が差している。


けれども時の流れと共に、それは朧げになった。いつからか、彼らは皇国にとって「異質な民」とされ、神の血を継がぬものとして迫害されるようになった。


神の子孫とされる一族と、精霊を敬う異民族――両者の間に流れる深い断絶は、やがて制度や習慣に根を張り、忘却の土に覆われていった。


そしてある時、一人の少女が森へやってきた。皇国の姫として生まれながら、政から遠ざけられた彼女は、偶然にも森の村で、一人の少年と出会う。


少年は森の民の子。頭の回転が速く、誰よりも森を愛する者。少女は皇の血を引く者。規律と神話の中で育てられた者。


ふたりは反発しながらも、互いの違いに惹かれ、語り合い、やがてひとつの問いに辿り着く――「この国の神話は、本当にすべてを語っているのだろうか?」


風は、忘れられた声を運ぶ。人々の記憶からこぼれ落ちた断片を、森の奥から、山の彼方から、静かに吹き込む。


それはただの昔話ではない。やがて未来を変える、小さな目覚めの兆し。


この物語は、少年と少女がその声に耳を澄ませ、かつて失われた約束と向き合い、世界の輪郭を変えていくまでの軌跡である。


すべては、風が覚えている。忘れ去られた真実を、静かに運びながら。


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