第5話 一月後

「はぁ、はぁ、はぁっ。なんで僕、あんなことを・・・」


 森に入り、冷静に考えると、自分が何故あんなことをしたのか分からない。今まで、他人を傷つけたいと思ったことも、ましてや殺したいと思った事も無い。


「あの時はまるで、自分の意思じゃないみたいに、どす黒い感情が溢れてきて・・・」


 見えない誰かに向かって言い訳をするが、当然返事も何も無い。魔王の力が扱えるようになるにつれ、その力を揮う事に違和感が無くなってきている。


「だけど、僕にとってはその方が都合がいいかもしれない。勇者を殺すことをためらわずに済む」


 僕はそう思い直して、うつむいていた顔を上げる。しかし、この判断が間違いだったとは、この時の僕は全く分かっていなかった。


 それから一月ほど、森の奥へ奥へと魔物を探し、殺し、進む。貴族を殺したことで、追手が来るかと思ったけれど、さすがにこんな森の奥までは探しに来れないようだ。


「ま、来ても殺すけど」


 すでに命を奪う事に対して、忌避感は全くなくなっていた。と言っても、人間を殺したのはあの貴族と騎士が最後なんだけど。


「僕は、強くなったよね? そろそろ、勇者にも勝てるかなぁ?」


 僕は、椅子代わりに座っている、すでに息絶えたドラゴンに尋ねる。ドラゴンは、魔物の中でも上位に位置する強さを持っている。そして、こいつはこの森の主だと思う。今のところ、こいつよりも強い魔物に出会っていない。


「勇者の強さってどれくらいなんだろうね? アシュレイ」


 空を見上げ、勇者と戦った、今はいない魔王アシュレイに尋ねる。街で見た勇者は、強そうに見えなかった。体重の軽い僕とぶつかった程度でダメージを受けるようなやつだ。そして、あの時の魔法使いも、今の僕より魔法を使えるとは思えないし、他の2人も同様だ。むしろ、どうやって魔王に勝てたのか教えて欲しいくらいだ。


「一度、街に戻ろうかなぁ。当然、指名手配されているだろうけど」


 風魔法を使い、自分の体を空に浮かせる。夜を待てば、闇魔法で体を覆い見つかる事は無いだろう。それまで、街の近くに潜伏しよう。


「まだ街に居るといいなぁ、勇者。さて、街はこっちの方角だったかな?」


 僕は、遠くに見える城壁に向かって飛ぶのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る